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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第三章:流浪剣士編】
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第40話:挫折の先

 夕刻。ソルは自室にリュンヌを呼び出した。

 恭しく頭を下げるリュンヌに、ソルは訊く。


「リュンヌ。ちょっと頼みたいことがあるんですけれど。あなた、人捜しは出来るかしら?」

「人捜しですか? どういう人を探すのかといった手がかりが無いことには何ともお答えしかねますけど。誰をお捜しなのですか?」

「カンセル=グランという名の男よ。リオンの騎士学校での先輩だそうだから、年齢は二十代半ばから後半くらいだと思いますわ」

「ああ、リオンが腕試しにここに来た理由の人ですか」

 そうだ。と、ソルは頷いた。


「でも、それならエトゥル様に訊いてみては如何です? 騎士なら、エトゥル様に訊いた方がどこを任されているのかとか、詳しく分かると思いますけど」

「それは、もう訊いてみましたわ。けれど、知らないっていうのよ。聞いたような覚えはあるような態度ではありましたけど。お父様の記憶がいい加減な可能性を疑って、管理用の書類も見せて貰ったけれど。本当に名前がありませんの。どうやら、騎士としてここにいる訳ではなさそうですわね」

「それは、ちょっと不思議ですね。住んでいるところとか、リオンからは聞き出せそうになかったのですか?」


「残念だけれど、話の流れ的に無理でしたわね。どうやら、近くの村とかじゃなくて、この街に住んでいることは間違いなさそうでしたけれど」

「へえ? それだと、今は何をしているんでしょうね?」

 リュンヌにも、そこは疑問のようだ。


「でも、どうしてその、カンセルという男を捜そうということに?」

「今日、リオンの相談に乗ってみましたの。それで、リオンが色々と考えを整理していって。結果、リオンの中では色々と答えがまとまってはきたようなんですけれど、もう少し相談する相手として、カンセルにも会って話をしてみたいって言いましたの。リオンの知り合いですから、おかしな男ではないとは思いますけれど」


「なるほど。リオンの知り合いとなると、やっぱり少し気にはなりますね」

 ふむ。と、しばしリュンヌは虚空を見上げた。

「確か、この街には一箇所、剣術の稽古場があったと思います。元騎士見習いで、今も剣術をやっているようなら、顔を出しているかも知れません。そこから、探ってみればあるいは何か分かるかも知れません。あとは、リオンを尾行するとか。リオンがいつそのカンセルと会うかとか、そういう予定については聞いてませんか?」


「相手の都合もあるから、そこまでは分からないわね。ただ、近日中とは言っていましたわ」

「分かりました。ならしばらく、僕は時間が許す限りリオンの様子も探ってみます」

「頼まれてくれるかしら?」

「はい。微力ながら、精一杯に勤めさせて頂きます」

「そう、助かるわ」

 信頼出来る協力者がいるというのは、こんなにも心強いものかと、しみじみ思った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ソルと相談をした日の夕方に、アポを取り。

 その翌日の夜更け。カンセルはリオンの宿に現れた。

 宿の一階では、その片隅はバーカウンターといくつかのテーブル席が設けられ、軽く飲み食いが出来る造りになっている。


 「よう」と手を挙げるカンセルに、リオンは席から立ち深々と頭を下げた。

 最後に会ったときに比べて、いくらか若さが抜けているように見えるが、逆に落ち着いた精悍さが加わったように見える。体格も、ずっと鍛えているのか、衰えているようには見えない。


「久しぶりだなあ。リオン。もう何年も顔を合わせていないが。元気そうで何よりだ。それに、随分と鍛え上げたみたいじゃないか」

「そんな。カンセル先輩の方こそ、お元気そうで」

 ただ、それだけでも嬉しいものを感じる。


 軽く何か一杯。と、リオンは手を挙げて酒の名を出したが、カンセルは軽くそれを制した。

「すまない。悪いけど、あんまり長くここにはいられないんだ。出来れば早く家に帰ってやりたくてな。酒は勘弁してくれ」

 そう言って、カンセルは給仕にお茶を注文した。


「あ、そうでしたか。すみません。気が利きませんでした。ご結婚されたんですよね?」

「そうなんだ。ここにお前がいることは妻から聞いた。いい女だろう?」

 その問いに、リオンは苦笑を浮かべた。


「生憎と、扉越しに声しか聞いていないものでして。でも、声からは落ち着いた雰囲気を感じました」

「ああ、そうだった。知らない男が来たら絶対に戸を開けるなって言い聞かせていたんだった」

 照れくさそうに、カンセルは頭を掻いた。


「人目に付く場所でなら、子供だけで遊んでいても大丈夫なくらいに治安のいい街なんだけどな。それでも念のためにって」

 軽く、カンセルは息を吐いた。


「だが、たまに野盗くずれのような流れ者が来ることもある。先日も、そういう連中が出て、領主様のお嬢さんが危ない目に遭ったっていう話だしな。そのときは偶然、腕のいい騎士見習いが駆けつけて、お嬢様のお付きと一緒に撃退出来たそうだが」

 ふと、カンセルの目が細められる。


「ひょっとして、その駆けつけた騎士見習いってお前のことか? 俺達の職場でも少し噂になったんだが」

「あ、はい。それは私のことです」

「おいおい。本当かよ」

 カンセルは感嘆の声を上げた。


「じゃあ、野盗の腕を折ったのもお前か? 恐ろしいほど綺麗に折れていて、骨を接ぐのが楽だったって医者の先生が言っていたんだが」

「いえ、それは私ではありません。お嬢様のお付きの少年が、木刀でやったものです」

 そう答えると、カンセルは神妙な表情を浮かべた。


「あれをお付きの少年が?」

「どうかしましたか? 私は嘘偽りなく、この目で見たことを話していますが」

「ああいや。すまない。別に疑っている訳じゃないんだ。ただ、それが本当だとしたら――」

 一呼吸、唸ってカンセルは続けた。


「その少年、実はとんでもない手練れなのかも知れないな」

「まさか、王都の近衛騎士団に匹敵するほど?」

 そう訊くと、カンセルは眉をしかめた。


「まあ、俺も本物の近衛騎士団の技量がどの程度なのかは分からないし。その一撃だけで推し量れるものでもないとは思うから。すまん、ただ深い意味も無くそう思ってしまっただけの話だ。忘れてくれ」

「この街の剣術道場とかで、噂になったりはしないんですか?」

「いや? 全くそれらしい少年の噂は聞いたことが無い」


 だとすれば、全くの我流で? だとすれば、とんでもない剣の才能だ。しかし、それにしてはこう、どこかで学んで身に付けたもののように思える。我流にありがちな無駄や癖のようなものが無く、徹底して合理化された動きだったような気がするのだ。一瞬の出来事だし、うろ覚えに過ぎないのだが。

 リオンは首を捻った。


「と、それはともかくとしてだ。お前、何か俺に相談があるって訪ねてきたんだろ? どんな話なんだ?」

「はい。そうでした。あの、すみません。ひょっとしたら、これはカンセル先輩にとって失礼な質問かも知れませんが。教えて欲しいんです」

「うん?」


「あの? カンセル先輩は、近衛騎士団に入る夢をどう思っているのでしょうか? まだ、くすぶり続けるものなのでしょうか? 諦めていないものなのでしょうか? それとも、諦めて後悔しているのでしょうか? あるいは、諦めて納得のいくものだったのでしょうか? そういう話を教えて欲しいんです。色々と、今年の試験を控えて悩んでいて」

「そういうことか」

 カンセルは小さく笑みを浮かべた。それは、色々な感情が交じって一言では表せないと言いたげな。そんな笑みだった。


「懐かしいな。俺にも覚えがある。近衛騎士団に入ることだけを夢見て、がむしゃらに突っ走って。叶わなかったらどうしようかと恐くて、眠れなかった日々があった」

「先輩にも、そんなときがあったんですね」

「そりゃあな。俺だってただの人間だ。物語に出てくるような騎士じゃない。人並みに悩んだり落ち込んだりもする。そんな、ただの人間なんだよ」

 しみじみと、カンセルは呟いた。


「俺は、何年かかろうと絶対に近衛騎士団に入団してやる。そう思っていた。でも、どうしてもダメだった。焦りながらあちこちを彷徨って、辿り着いたのがこの街というか。ここで、ちょっとやらかしてしまってな?」

「やらかした? 何をですか?」


「憂さ晴らしに大酒飲んで、ぶらついていたら。嫌がる娘に無理矢理絡んでいる連中を見掛けてな。こりゃ丁度いいと連中をぶちのめしてやったんだよ」

 そう言って、カンセルはばつが悪そうな顔を浮かべた。

 同時に、リオンは当時のカンセルがどれだけ精神的に堪えていたのかと思った。リオンの記憶の限り、彼は間違ってもそんな風に荒れた真似はしない男だった。


「ただ、酔っていたせいか、俺も連中に結構やられてな。あちこち大怪我してしまった。腕と肋骨が折られて、身動き取れなくなった。んで、守ってくれたお礼にと、別にいいって言ってんのに、助けた娘が足繁く見舞いに来て。入院して修練出来ずに体が衰えていくのに耐えられず、ときには八つ当たりもしちまったけど、愚痴を聞いてくれたりもして。そうこうしているうちに、俺はその娘を嫁にしてしまった」

 カンセルはお茶を啜った。


「何だかんだいって。俺はこの結末をそう悪いもんじゃないと思ってる。後悔はしていない。俺にとって、守りたいお姫様はあいつなんだって。騎士じゃなくて、警備隊に勤めているけど、これだって人々の平和を守る大事な仕事だ。俺は、家族がいるこの街を守っている。そう考えると、俺が本当に叶えたかった夢っていうのは、小さいかも知れないが、全部ここにあるんだ」

「つまり、先輩は夢を叶えたと、そう思っているっていうことですか?」

 カンセルは頷く。


「そういうことだ。確かに、王都の近衛騎士団に入れなかったのは挫折だ。何とも思わないと言えば嘘になる。けれど、夢が砕けても、また別の形で、本当に叶えたかった夢が叶う。そういうこともある。俺は、そう思ってる」

「たとえ夢が砕けても――」


「そうだ。まずは目の前のことに全力を尽くすこと。そう、騎士学校でも教えられただろう? だから、その後のこと何てごちゃごちゃ考えるな。っても、そうもいかない心境だからこうして俺に話を聞きに来たんだろうけど。つまりはそういう事だ。良くも悪くも、人生そこで終わりじゃない。だから、思い詰めすぎなくていいんだよ。ここまで一生懸命にやって来たお前なら、どうなろうとその時になれば道は拓けるものさ」

 笑顔を浮かべるカンセルの言葉に、リオンも胸のつかえが取れた気がした。


「有り難うございます。大分、迷いが晴れたような気がします」

「そうか。それはよかった」

「でも、もしまた悩むようなことがあったら、また相談に乗って貰っていいですか?」

「お前なあ。そんなに甘えんなよ。まあ、いいぜ? 可愛い後輩の頼みだ。俺でよければ、相談に乗ってやるよ。そんなにしょっちゅうって、訳にはいかないけどな」

 これで時間だと、カンセルはお茶を飲み干した。


「ああそうだ。最後に俺からも訊きたいんだが」

「はい。何でしょうか?」

「もうすぐ、この街で剣術大会が開かれるんだが、それに、ひょっとしてお前も出るのか?」

「はい。その通りです。カンセル先輩が出るかと思い、腕試しにと。王都に向かう途中でもあるので、寄らせて貰いました。カンセル先輩も、出るんですよね?」

 そう訊くと、一瞬だがカンセルの顔が強張った気がした。


「ああ、勿論出る」

 すぐに不敵に、笑みを返してきたが。

「よかった。私は、カンセル先輩ともう一度仕合えることを楽しみにしています。胸を借りるつもりで、全力で行きますので、その時はよろしくお願いします」

「分かった。俺も楽しみにしている。全力で来い」

 そう言って、カンセルは踵を返した。

人生、良くも悪くも、どんな絶望や挫折を味わうことになっても、続いていくんですよね。

そんなときは、自分が何のために生きているのか? 叶えたい夢は本当は何か? 他の夢は無いのか?

そういう事を考えると、新しい生き甲斐を見付けられる。そうしてまた、生きていく。

そんなものだと思うのです。


まあ、自分にも度々言い聞かせているのですが。


あと、カンセルにはまだ子供いません。

書いていたときの設定ミスが残っていたので、削除修正しました。

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