第39話:夢の在処
リオンは瞼を閉じ、寝台の上に仰向けに寝っ転がっていた。夕食も済ませている。
日中にいじめ抜いた体は、こうして夜は徹底的に休ませるようにしている。体力が回復しないままに修練を行っても、それはかえって体力の低下を招くこととなる。
深く深呼吸をしながら、頭の中も空っぽにしようとする。こうして、疲れた頭も休ませるのだ。いっその事、そのまま朝まで眠ってしまってもいい。
しかし。
「参ったな」
溜息を吐いて、リオンは瞼を開いた。
頭の中が、どうにもすっきりしてくれない。次から次へと雑念が渦巻いて消えてくれない。
剣を振っている間はまだいい。その間はそういった雑念は消えてくれる。
けれど、修練から離れると、こうして色々な雑念に襲われてしまう。
果たして自分は、本当に近衛騎士団に入れるのだろうか? そもそも、強くなれたのだろうか? 仮に近衛騎士団に入れたとして、それでやっていけるのか? 試験に落ちたら、どうしていこうか?
自信が無い。不安で堪らない。
今考えても仕方の無いことだ。そんなことはよく分かっている。けれども、考えてしまうのだ。
「私は、弱いな」
ウジウジと悩んでばかりだ。
物語に出てくる騎士達が、こんな体たらくだったものかと。彼らはいつも、もっと堂々としていた。たとえ死地にあっても勇ましく笑うような。そんな男達だった。
そんな、憧れの背中には遠い。
なら、諦めるか?
それも無理だと自嘲する。
ここに至るまででも、険しい道を歩いてきた。それを諦めて手放すことはとても出来そうにない。そんな、これまでの人生を否定するような真似は、一時は楽に思えるかも知れないが、後で絶対に後悔する。嫌と言うほど、よく分かっている。
ふと、ソルの顔が浮かんだ。
昼間はガラにもなく、彼女に愚痴をこぼしてしまった。これも、自分の弱さが招いたものだと思うが、彼女は自分のそんな姿を見ても、幻滅しなかったようだ。
むしろ、真剣に聞いてくれて、それだけでも嬉しかった。我ながら、甘えていると思うが。
こういうとき、彼女ならどうするのだろうか? あの子は、賢い子だ。あと、ほんの少しだけ甘えて、聞いてみようか? あと、ついでに気分が落ち着くような薬とか香とか、そういうものを知っていないか聞いてみたい。
そんな考えが浮かんだだけでも、少し気が楽になった気がした。
リオンは、目を閉じる。ようやく、頭を休めることが出来そうな気がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日は、リオンの様子がいつもと違う。そう、ソルは思った。
これまでは、朗らかに笑いながら差し入れを食べてくれていたのだが、今日は口数少なく表情も固い。
作った料理が失敗作だったのか。実は嫌いなものを混ぜてしまったのか。そんな不安が浮かぶが、どうもそういう訳でもないらしい。
憂い顔は憂い顔で、庇護欲をそそる感じがして、胸を熱くさせてもくれるのだが。
「悩んでいることでも、ありますの?」
訊いてみると、リオンは気恥ずかしそうに頷いた。
「すまない。気を遣わせてしまって。実はそうなんだ。昨日話した、夢と現実の話について色々と思い悩んでいる。それを聞いて欲しかったんだけれど、どう言い出したらいいのか思い浮かばなくて」
「そうだったんですのね。でも、それはそれだけリオンにとって深い悩み事なのでしょうから、無理もありませんわ。力になれるか分からないけれど、少しでもリオンの気が晴れるのなら、私は喜んで相談に乗りますわ」
にっこりと、ソルは微笑む。
脳裏に、昨夜の出来事が思い出される。胸中ではくっくっとほくそ笑んでいた。
これは、間違いなく好感度アップのチャンスだ。
「頼る」という手について訊くため、リュンヌを呼び出したのだが。それはそれで、匙加減を間違えなければ効果的だと説明された。軽く甘える程度なら、男の庇護欲をそそり好感度アップに繋がるらしい。ただ、依存するレベルにまでいくと、マイナスになるのでそこは注意だそうな。
そんな話のついでに、「甘えさせる」「慰める」というのも有効な手なのだとリュンヌに言われた。
リオンが将来について不安に思っている事を伝えると、リュンヌは「有益な情報ですね」と言った。
つまりは、今の状態はリオンとしては精神的に弱っている状態なのだ。人間、精神的に弱っているときに、そこに精神的に支えとなってくれるような異性が現れたらどうなるか?
好感度アップは間違い無しである。弱っている異性は狙い目なのだ。
それを聞いて「うふふ。リュンヌ? あなたも、なかなかに悪よねえ」「いえいえ、ソル様には適いませんよ」「なぁんですってえ!?」という茶番が続いたのはともかく。
ただ、真面目に男性の相談に乗る場合は、根拠を示し、論理的な理屈を冷静に説明するのがコツだと言われた。逆に、そこで非論理的な理屈を感情的にぶちまけると、一気に好感度が下がるとも。
まあ、リオンの場合は適当に相づちを打っていれば自分で考えを纏められる賢さがあるだろうし、真面目に質問に答えていけばそれで済むというのが、リュンヌの主張だ。なので、そういう作戦でいくことにする。
他には「どんなに薄っぺらい胸でも、おっぱいが嫌いな男はいない」「だから取りあえず抱き締めてよしよししてやれ」という、巫山戯てんのか恥ずかしすぎる、という手も伝えられたが。これは言葉も出ないくらいに落ち込んでいる状態の相手に使うのが一番有効らしい。なので、間違っても今回は採用しない。
「ソルは、何か悩み事があるとき、自分ではどうしたら分からないとき、どうやって解決するのかな? 教えて欲しい。参考にさせて欲しいんだ」
ふむ。と、ソルは顎にて手を当てて頷いた。
取りあえず、直接「僕はどうしたらいい?」などと訊いてこないこないあたり、リオンはあくまでも自分の問題は自分で考えて解決したいようだ。ならば、下手に「ああしたらいい」「こうすべきだ」などと言うのは避けた方がいい。自分で考えを決めたいという欲求を否定すると、そこで機嫌を損ねてしまう可能性があるし、提案を論理的に説明するだけの情報も足りない。
やはりここは、リュンヌが言ったとおり、まずは情報収集と、真面目に質問に答えるのが正解だろう。
「そうですわね。私なら、悩んで悩んで、それでも考えが纏まらないときは、紙に書き出してみたり。人に相談してみたりしてみますわ。そうすると、上手く整理出来なかった情報が上手く繋げられて整理出来たり、自分には思い付いていなかったアイデアを教えて貰えたりすることが多いと思うもの」
もっとも、人に相談するというのは、前世ではやっていなかった。何故なら、そんな風に付き合える存在がいなかったから。
なので、相談する有効性を確認したのは、ここ最近のリュンヌとのやり取りぐらいのような気がする。この辺、もしも前世にリュンヌのような存在がいたならば、自分はあんな最後を迎えなくても済んだのだろうかと、少しだけ思う。
「そうか。紙に書き出すか。それはまだやっていなかったな。試してみるよ。相談は、今お願いしているところだけど」
そこで、リオンは苦笑した。
「でも、考えてずっとこれも、自分一人で思い悩んでいたな。昨日の晩まで、考えもしなかった。馬鹿だよなあ。本当に」
「そんなことはありませんわ。だってそれは、それだけリオンにとって重くて大切な話だったっていうことで。それに、これまでずっと一人で旅してきたんですもの。仕方ないじゃありませんの」
「ん。まあ、そうかも知れないね。ありがとう、そう言って貰えると、少し気が楽になるよ」
落ち着いた息を吐くリオン。
そんな彼の手の甲に、そっとソルは手を置いた。自然と、体勢的に上目遣いにリオンを見上げることになる。
「あざとさは大事」とリュンヌは言っていた。抱き締めてよしよしは流石に無理だが、これくらいならやれる。これも、相当に恥ずかしいけれど。
驚いたように、リオンが息を飲む。
よしっ! 効果は抜群だ! 畳み掛けて正解だった。
「あとは、情報の整理の仕方が大事だって思いますの」
「情報の整理の仕方?」
ソルは頷く。
「例えば、優先順位を付けて情報を考えるんですの。リオンが悩んでいるのは、そもそも何ですの? 何が本当に叶えたい夢で、どうして近衛騎士団に入ることを目指したのか? そういう、大事なものが何かを確認して。大きな目的から、その下にある実現の手段を段階的に分けていって。そういうものに、それぞれの答えはきっと、リオンの心の中にあるはずですから。それが整理出来れば、自ずと悩みの解決方法も見えてくるのではありませんこと?」
ソルはリオンに説明する。
真剣な眼差しで、リオンも見詰め返しながら聞き入っていた。
ドキドキと心臓が高鳴る。
こんなにも殿方と視線を近くで交差させるなんて。思わずそのまま目を瞑ってしまいそうに――
「ご、ごめんなさいっ! 私ったらつい、説明に熱が入ってしまって」
我に返って、慌ててソルはリオンから手を離し、顔を背けた。
項垂れて顔を真っ赤にする。「いや、我に返らなくてよかったじゃありませんの」と、激しい後悔をしながらも。
「い、いや。とんでもない。とても、よく参考になったよ。ありがとう」
「そそ、そうですの? それなら、よかったですわ」
心なしか、自分だけではなくリオンの声も上擦っていたような気がした。
「あの。でもよかったら、もう少し詳しく教えてくれないかな? あ、ちょっと紙とペンを宿から持ってくるよ。今すぐ試してみたいんだ。待ってて貰っていいかな? すぐに戻るから」
「はい。待ってます」
急いで立ち上がり、リオンはソルの元から駆け出していった。
その背中を視線で追いながら、ソルは頭の中がくらくらしているのを実感した。これはきっと、理由は夏の日差しのせいなんかじゃない。
ソル「計画通りっ!(暗黒微笑み)」
リュンヌ「ですから、その笑顔は止めて下さいって。自分でアドバイスしておいて何ですが」




