第38話:欠ける決め手
ベッドの上に腰掛けながら、ソルは頭を捻った。
昼間にリオンとした話を思い返す。
リオンはもう、今年で王都の近衛騎士団を受験するのは最後にするつもりだと言っていた。ここを発ったら、そのまま王都に向かって試験に挑むのだと。
ここに寄ったのは、初めて受験したときに彼を破った男がこの地にいるからだと言っていた。その男も、惜しくも最後まで残ることは出来なかったが、対戦した当時は本当に強いと思ったそうだ。更に言えば、リオンの先輩にもあたる人物らしい。
その人に挑んで、自分がこの数年間でどれだけ、いや、本当に強くなれたのか? そういうことを確認したい。そのために、おそらくその男も出場するであろう剣術大会に参加しに来た。
勝っても負けても、王都には受験しに行くつもりだと、苦笑を浮かべながら、リオンはそう言っていたけれど。
もしも、また試験に合格出来なかったら? そのときはどうするのか?
その質問は、口に出すことは出来なかった。そんな未来は、彼にとってなるべく考えたくないものだろうから。
けれど、幾らかの予想は付く。故郷に帰るか、あるいはリオンを破った男のように、どこかの地で騎士として生きられる口を探すのだ。
リオンは強い。少なくともソルにとっては、それこそ物語に出てくる登場人物のような強さを持っているように思える。そんなにも強いリオンが、果たして試験に落ちるなんて事は有り得るだろうか?
自分がこの手の話に対して見識が足りないことは自覚している。ひょっとしたら、リオン並に、あるいはもっと強い男が他にも沢山いるのかも知れない。けれども、そんな可能性は低いように思えるのだ。
だからきっと、リオンはこのままなら近衛騎士団に入団するはず。
その場合に、愛を育むことが出来るだろうか? 仮に首尾良く、彼に想いを受け入れられたとして。
ソルは首を横に振った。リオンに対する想いは揺らがない。それは確信出来る。けれど、彼と離ればなれになって、それで日々を生きることが出来るだろうかと考えると、とても耐えられそうにない。彼を追って王都に行こうにも、それは流石に家族が許してはくれないだろう。アプリルのように転校するのも手ではあるが、それにも時間がかかる。王都で、彼を誘惑する女の存在も恐い。
つまりは、リオンをここから逃がしてしまってはいけない。何としてでも、この地に留まりたいと思わせなければならないのだ。
「王道では、あるんですけれどねえ」
そう、確かに王道なのだ。リュンヌが提案し、自分がやっている方法は。
剣術大会までに出来るだけリオンに対する自分の好感度を上げて、その上で告白する。告白の方法は、どういう手段が最適かまた後で考えるが。
「確実性に欠けますわね」
出来ればあともう一つ、何か決め手が欲しい。告白したら絶対にリオンが自分を受け入れて、この地に留まってくれるような。
丁度、騎士を招きたい土地があるというのだし、そこに来て貰えば彼の家族も安心するだろう。
けれど、それが厳しいように思うのだ。リオンにとって、近衛騎士になるのは子供の頃からの夢。それを納得させて諦めさせられるほどの存在に、自分はなれるのかと。
いや。彼には悪いが諦めて貰わないといけないのだ。納得した上で。
でも、そう簡単に納得するだろうか?
まず、彼が剣術大会で負けた場合。正攻法でやって、リオンが負ける可能性は考えにくいが、何か策を使って負けてもらうことは可能かも知れない。そこで自分は彼を慰めつつ、「お願い、どこにも行かないで」とか頼み込んで。
「無理ですわね」
半眼を浮かべて、ソルはそう判断した。
彼が言ったとおり、それだとリオンは最後の悪足掻きと王都に行って受験することを選ぶだろう。子供の頃からの夢が、負けて素直に折れてくれるとは思えない。
「となると、まずは勝って貰わないといけませんわね」
そうすれば、少なくとも近衛騎士相当の力は付けられたんだという自負、納得感は得られるはずだ。
その上で、自分を選ばせるには?
「そうね? 例えば、別の形で夢を叶えさせるみたいな?」
リオンが王都に向かい、近衛騎士になろうというのは、子供の頃からの夢だ。
では、その子供の夢とは。騎士のロマンとは何か?
それこそ、物語に出てくる主人公のようなものだろう。悪い怪物をやっつけて、囚われのお姫様を救い出す。あるいは、困っている人達を助けて回る。心ある主君に忠義を尽くし、共に領土の平穏を守り豊かにしていく。
そういうものが、彼の目指している夢であり生き甲斐なのだろう。
では、それは王都の近衛騎士団でなければいけないものなのだろうか?
今の彼にとってはそうかも知れない。そう、思っているのかも知れない。
けれど彼にとって、近衛騎士団に入ることは、それそのものが夢ではない。夢を叶える方法に一番近いと思われる手段に過ぎない。夢と手段はイコールではない。
なら、現実にこの地でもその夢が掴める。そんな、実感が得られたら? ここに、自分が彼にとって理想の守り慕う姫君として存在したのなら。
彼が追い求めていた夢はここにあったのだと、そんな風に考えて残ってくれるかも知れない。
では、差し当たって彼の生き甲斐を刺激する方法は?
「殿方に頼る女って、どう思われるものなのかしら?」
ちょっとそこのところ、リュンヌに訊いてみようかと思った。




