第37話:夢と現実
ソルは約束していた時間に、昨日と同じ河川敷へと向かった。
眼下には、昨日と同じように剣を振っているリオンの姿があった。
その姿を見るだけで、ソルは胸が締め付けられるような高鳴りを覚えた。少し苦しいけれど、この感覚は不快じゃない。
駆け足気味に、河川敷へと降りていく。
「リオン。こんにちは」
「やあ、ソル。来てくれたんだね。こんにちは」
「ええ。昨日の約束通り、お昼ご飯と疲労回復の薬。あとは飲み物を持ってきましたわ」
笑顔を浮かべ、ソルは籠を顔の横へと掲げた。
彼が、約束通りにここにいてくれたというだけで、嬉しかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
河川敷に、二人で並んで腰掛ける。
すぐ隣にリオンがいるというだけで、頬が熱くなりそうだ。
欲を言えば、もう少し近付きたい。肩とか触れるくらいに。けれど、今の時点でそこまで密着するのは、流石に恥ずかしさの方が勝るし、はしたない女と思われないか恐い。
籠の中から、リオンは揚げた鶏肉を挟んだサンドイッチを取り出し、頬張った。
つい気になってその様子を注視していると、気恥ずかしそうにリオンが苦笑を浮かべた。
それを見て、慌ててソルは目を背けるが。
一分ほど、そうした後。
「うん。とても美味しいよ。ありがとう」
その言葉に、ソルは思わず彼に向き直り、表情を輝かせた。
「本当ですの?」
「うん、本当だよ。美味しい」
「よかったですわ。私、本当は少し不安でしたの。お母様に教えて貰いながら作ったんですけれど、こういう料理は初めてでしたから。クッキーとかなら、作れるんですけれど」
「そうなんだ。うん、でも本当に美味しいよ」
リオンは満面の笑顔を向けてくる。その言葉に、嘘は無いだろう。
「まだまだありますわ。その、騎士見習いの方ならきっと沢山食べるって言われて、沢山作ってしまって。その、作りすぎていないか心配ですけれど。あのあのっ! 多すぎたら、遠慮無く残して貰って構いませんわよ? 持って帰って、食べますから」
何とか気持ちを抑えようとしたが、一辺に色々と言おうとしてしまって、早口になってしまったかも知れない。
「いや。大丈夫だよ。実際、体力作りもあって、私はこのくらいなら軽く食べてしまうんだ。丁度いいくらいだよ」
「そうなんですのね。よかったですわ」
これも、張り切りすぎたかと不安を覚えたのだが、杞憂だったようだ。
いい手応えを感じる。これを作っているときの、ティリアの妙に優しい視線に耐えた甲斐が有ったというものだ。
「喉が渇きましたら、こちらの水筒にお茶が入っていますわ」
「そうなんだ。ありがとう。頂くよ。練習で喉が渇いていたんだ」
はい。と、ソルはお茶を淹れた水筒をリオンに手渡す。こちらも、かなりの量が入るものを用意している。
「熱くはないと思いますけれど、念のため。気を付けて下さいませ」
「うん。分かったよ。気を付ける」
リオンは水筒の栓を外し、口を付けた。
実際に、喉が渇いていたのが、グビグビと喉が鳴っている。
水筒にリオンの唇が触れるのを見ながら「ああ、この水筒に私はなりたい」などとソルは夢想した。後でこっそり、自分もそこに唇を当てようかと、そんなことを思ってしまう。
「っはぁ~。美味い。このお茶も。ソルが淹れたのかい?」
「ええ。母に教えて貰いましたの」
「そうなんだ。ソルはきっと、将来いいお嫁さんになれるよ」
「そんなこと。恥ずかしいですわ」
あなたが、夫になるんですのよ?
にこやかに笑いながらも、心の中で伝える。
「大丈夫だよ。私が保証する。それに、他にも薬を作って分けたり、独自に投資もしているんだろう? 立派だと思うよ。エトゥル様達にとっても、自慢の娘なんじゃないかな」
「だと、いいですわね」
白状すれば、いずれも切っ掛けは自分本位な都合だ。
しかしそれが、誰かの役に立つというのは、悪い気はしていない。
「でも、それを言ったら、リオンだってそうじゃありませんの? 騎士仕官学校を優秀な成績で卒業して、各地で武功を立て、私を初めとした人々を助けていて。近衛騎士団に挑戦しようというんですのよね? 立派だと思いますわ」
心から、ソルはそう言ったつもりだった。
しかし、リオンは曖昧に苦笑を浮かべた。
「立派……かあ。それは、どうなんだろうな?」
自嘲気味なその口調に、ソルは引っ掛かるものを感じた。
「何か、ご自分に思うところでもありますの?」
数秒、悩んだような素振りを見せて。リオンは頷いた。
「そうだね。こんな事を聞かされても、ソルは困ると思うけれど、聞いてくれるかい?」
「ええ、あなたの話なら何でも。喜んで聞きますわ」
「ありがとう」
リオンは肩を落とした。
「近衛騎士団に入団するために全国を武者修行していると言えば聞こえはいいかも知れないけれど、実際のところの私はただの受験浪人だ。何年もそうやって、ふらふらしているだけの男なんだよ」
「そんなこと、ありませんわ。だって、リオンは努力しているじゃありませんの」
ソルは否定する。しかし、リオンは首を横に振った。
「うん。私も何度も自分に言い聞かせている。『そんなことはない』って。『努力している』って。けれど、学校を卒業して以来、どこに定まることがなく、家族を心配させて、期待を裏切り続けているのも、事実なんだ。あからさまに私を責めたりはしないけれどね。でも、たまにやり取りする手紙を見ると、出来ればもうそろそろ、いい加減にどこかに落ち着いて欲しいっていう思いが見て取れるんだ」
「ご家族が、重荷になっているということですの?」
「彼らは何も悪くないんだけどね。私が不甲斐ないだけさ」
そう言って、リオンは自嘲の笑みを浮かべた。
「だから、そろそろ現実を見るべきなんだろうと、そう思ってる」
「現実?」
「入団試験を受けるのは、今年で最後にするつもりなんだ」
寂しげに笑うリオンに、何て言えばいいのか。言葉が見付からず、ソルは口をつぐんだ。
おかしい。まるでソルが正ヒロインのようだ。
ソル「どういう意味ですの?」
暗黒笑顔を浮かべながら、吐き薬構えてにじり寄ってくるのは止めれ。
あと、これまではお昼に投稿していましたが、明日は私用のため別の時間の投稿になると思います。




