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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第三章:流浪剣士編】
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第35話:偽りの奇遇

 朝。

 時刻は朝食を摂って、一時間経つかどうかといったところ。

 ソルの視線の先遠く。町の中を突っ切る川の、三つ先の橋の下。そこにリオンはいた。リュンヌの報告通りである。


 橋の上で、ソルは双眼鏡を顔から離した。ちなみに、双眼鏡はユテルが趣味で作ったものを借りている。借りる理由は、珍しい鳥を見掛けたから探してみたいと、適当にでっち上げた。

 しかし、この双眼鏡。素人の作。しかも、子どもが作ったものにしては、良く出来ていると思う。


「あなたの言った通りでしたわね。リュンヌ」

 上機嫌に、ソルは頷いた。

「はあ。そりゃどうも」

 一方で、隣に立つリュンヌはというと。くあぁと大きな欠伸を返してきた。

 途端、ソルの上機嫌は消え失せ、彼女は眉をひそめる。


「何ですのその態度。人が折角、褒めて差し上げようと思ったのに」

「いや、そんな事言われても仕方ないじゃないですか。ソル様もご存じの通り、僕は早朝からリオンの見張りをしていたんですよ? しかも、昨夜はソル様との打ち合わせに遅くまで付き合わされて、あまり眠れていないんです」

 それは、確かにその通りなのだが。

 ソルは苛立たしげに嘆息した。


「分かりましたわよ。それじゃあ、適当にどこかで休んでていいわ」

「ええ。お言葉に甘えて。そうさせて貰います。ソル様も、僕の目があると気になるでしょうから」

 下手に屋敷に戻ると、今度は別の仕事を押し付けられかねない。特に、ヴィエルの遊び相手にさせられる危険性が高い。

 もう一度、リュンヌは大きく欠伸をした。


「ソル様」

「何ですの?」

 リュンヌが、笑顔を向けてくる。

「ご武運を」

 ソルは激励に大きく、無言で頷き返した。気合いはばっちりだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 リュンヌの話によると、騎士見習いなら鍛錬は欠かさないという話だった。日中なら、だいたいの時間を自己鍛錬に費やすのが騎士見習い達であると。

 それで体を壊しては元も子もないので、適度に休みは取るが。

 となると、日中は町のどこかで鍛錬をしているはずだと。しかも、人の邪魔にならない場所となると、ここらでは河川敷くらいしか無い。なので、そこらを探せば、遭遇出来る確率は高いはず。


 リュンヌの読み通りである。リオンは、早朝から河川敷に降りて、鍛錬に励んでいた。

 川沿いの道を歩きながら、ソルは昨晩に行った、リュンヌとのシミュレーションを思い返す。大丈夫、きっと上手くやれるはずだ。

 リュンヌが側にいないのは少し心細いが、だからといって、一緒にいられては意味が無い。

 ここは、勇気を出して一人で立ち向かうべきところだ。

 河川敷へと降りれば、もうすぐそこにリオンが。というところまで近付く。

 ソルは軽く咳払いをする。喉の調子、問題なし。


「あら、そちらにいらっしゃるのは、リオンさんではありませんの?」

 え? と、リオンは周囲を見渡し、すぐにこちらの姿を見つけた。

 それに対して、ソルは軽やかに手を振って返す。

 リオンは、頭を下げて返してきた。

 ソルは、河川敷へと降りて、リオンの側へと駆け寄った。


「剣術の練習ですか? 随分と、頑張ってらっしゃるんですのね」

 軽く汗を流しながら、リオンは笑顔を向けてくる。

「いやいや。こんなのは序の口です。大会も近いですから。ソルお嬢様は、どちらに? 今日は、リュンヌ君はご一緒ではないのですか?」


「ソルでいいですわ。お嬢様は結構です。私は所詮、片田舎の男爵の娘に過ぎませんし。リオンさんの方が年上ですから」

「そ、そう……かい?」

 少し戸惑ったように、リオンは頭を掻いた。


「う~ん。分かったよ。それじゃあ、ソル。これで、いいかな?」

「はい。それでいいですわ」

「なら、代わりに私のこともリオンと呼んでくれないかな? 『さん』はいらないよ。私も、しがない騎士見習いでしかないしね」

「ええ。分かりましたわ。リオン」

 にこやかに、ソルは笑顔を浮かべた。


 なお、計画通りである。まず、敬称を取り払い、形からでも砕けた関係に持っていく。これだけで、距離間を縮める訳である。

 騎士を目指す以上、礼儀には拘るだろうが、それ故にこうして言われれば、断りにくいだろうという。そんな性格を読んだものであった。


「それと、さっきも訊いたけれど。今日は一人なのかい? 取り調べによると、先日の賊は三人ですべてだそうだけれど、それが本当だってまだ確認が取れていないって聞くよ」

「大丈夫ですわよ。今日はちょっと、町の散歩に出ただけですもの。裏通りにも行きませんし、お昼には戻るつもりですから」

「そうか。地元の人間がそう言うのなら、大丈夫かな。私は、ここには来たばかりだから、さっきはああ言ったけれど。確かに、治安も良さそうだ」

 うんうんとソルは頷いた。


 決して、豊かとは言えないが、生活が荒み、ひいては心が荒むような統治をエトゥルは行っていない。革新的に生活を豊かに出来る様な才は無いが、平穏無事を維持出来るのなら、それはそれで悪くないように思える。

 そして、そんな土地だからこそ、怪しい人間に対しては警戒心が強い。ともすれば、排他的な側面があるとも言えるが。


「でも、今日は奇遇とはいえ、こうしてリオンと会えて良かったですわ」

「何でだい?」

 ソルは微苦笑を浮かべた。


「だって、昨日はきちんと私の口からはお礼を言えなかったんですもの。気付いたら、お父様やリュンヌも、一緒になって剣術の話に夢中になってしまって」

「あ、ごめん。ソルやティリア様には退屈だったかな。どうにも、剣術の話になってしまうとつい。男の魂が疼くというか、そんなところはあったかも知れない」

「リュンヌと同じ事を言うんですのね」

 くすくすと、ソルは笑った。


「同じ事って?」

「昨日、そのことでリュンヌを窘めたら『男の魂が疼いた』って、そう言っていたんですのよ。そんなにも、剣術って男心を刺激するんですの?」

 照れくさそうに、リオンは頭を掻く。


「そうだね。子供っぽいって思うかも知れないけれど。やっぱりこういうのは、男の夢かな。物語のような立派な騎士になって、悪者をやっつけたり、お姫様を守ったりっていうのは」

「だから、近衛騎士団を目指しているんですの?」

「ああ、子供の頃からの夢なんだ。そろそろ、夢にも決着を付けないといけないととは、思っているけどね」


「でも、素敵な夢だと思いますわよ」

「ありがとう。そう言って貰えると、私も嬉しいよ」

 男が興味を持っているものに、理解と興味を示す。


 これで結構、男は心のガードが緩むものである。というのが、リュンヌの言であった。なので、この場合は剣術や近衛騎士団の夢ついて共感する態度を見せると、効果的だろうと。場合によっては、これで勘違いする相手も出てくるので、無差別にはやらず、そこはきちんと相手に合わせて態度を変える必要があるとも言っていたが。

 ともあれ、リオンの明るい声色に、ソルは確かな手応えを感じた。


「でも、それじゃあひょっとして、子供の頃は物語の騎士を真似て遊んだりもしていたんですの?」

「うん、よくやったよ。特に、龍殺しルフ=アーナートが使う必殺剣。"首落とし"とか。実際には、無理だと分かっていてもね。何度もやったなあ」

 懐かしげに、感慨深く頷いて、リオンは言ってくる。


「"首落とし"? それは、どんな必殺剣なんですの?」

 騎士に憧れる男の子は、大抵本に出てくる必殺技を真似た思い出があるもの。そういう思い出から語らせると、気分良く乗って語るものだと。これもまた、リュンヌの言である。

「うん。それはね――」

 この手応え。リオンはガッツリと、食い付いたようだ。少し早口気味に、説明を初めてくる。

 さて、あとは。どこで「お礼の申し出」をするか? そのタイミングを伺うのみである。

ソル「計画通りっ!(暗黒微笑み)」

リュンヌ「間違っても、人前でその笑顔は止めて下さいね。死神の道具を使って、人殺ししているみたいな顔ですから」

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