第34話:剣術大会までの話
その晩、自室にて。
ソルはリュンヌを呼びつけた。
そして、召喚に応じた彼を睨み付け、不機嫌に命令する。
「リュンヌ。何とかしなさい」
「いや、何がですか?」
「リオンのことに決まってますわっ!」
「そんな、何とかしろといきなり言われても」
「五月蝿いですわね。あなた達のせいで、こんな事になったんですのよ? 責任取りなさいっ!」
「僕が、何かしましたか?」
全く心当たりが無いと言わんばかりに、リュンヌは首を傾げた。
その態度に、ソルはますます怒りをつのらせる。
「自分のしでかしたことが分かってませんの? 日中、ずっとお父様と一緒に剣術についての話ばっかりしていたじゃありませんのっ!」
「エトゥル様はともかく、僕は相づちを打つ程度で、それ程でもなかったと思うんですけど?」
「どこがですのっ!? あれだけ話し込んでいて、自覚無いんですの?」
リオンの目の前でなければ、二人をその場で絞め殺していたかも知れない。
リュンヌは目を背けた。
「それはその。つい、男としての魂が疼いてしまったところはあるかも知れませんが」
「まったく。どうしてくれるんですの? 剣術大会まで、残り半月も無いんですのよ? 好きな女性のタイプとか、髪型とか服装とか。色々と聞き出したいことが沢山ありましたのにっ!」
もうっ! とソルは肩を怒らせて見せた。
「見合いの席じゃないんですから。ほぼ初対面で、いきなりそんな話を聞き出すのは不自然すぎませんか?」
「さり気なく聞けば、きっと何とかなりましたわ」
「発想が脳筋じゃないですか。僕はそれを聞いて、話題が剣術の話ばかりになって、正解だったと思い直したんですが?」
リュンヌが半眼を向けてくる。ソルは睨み返すが。
威嚇するように、ソルは唸った。
「とにかく。リオンがこの町に滞在するのは、剣術大会が終わるときまでよ。公然とお話が出来る機会なんて、ほとんど無いのよ。というか、下手したら日中のあのときくらいじゃない。そんな貴重な機会が、あなた達のせいで、ぶち壊しにされたんですのよ?」
ギリギリとソルは爪を噛んだ。
「こうなったらせめて、時間が欲しいわね。剣術大会を延期させる方法とか、無いものかしら? お父様宛てに匿名の脅迫状を出すとか」
「何を馬鹿なことを考えているんですか?」
「ダメよね?」
「当たり前です」
「じゃあリュンヌ? リオンを大会までに闇討ち出来ないかしら? そうしたら、リオンは大会に出られないし。私が、お見舞いと称して、看護に通えば彼に良い印象も与えられる。一石二鳥の策だわ」
「無茶苦茶な事言わないで下さい。どこの世界に、愛する人を闇討ちしよう何てヒロインがいるんですか」
「そうね。ダメね。そもそも、リュンヌじゃリオンに勝てるはずも無いし」
「ンだとこら?」
リュンヌから怒気を孕んだ低い声が発せられた。その目は完全に据わっている。どうやら、本気で怒っているようだ。
昨晩の反応もそうだが、彼も剣術には譲れない思いがあるのかも知れない。
ソルは嘆息した。このままリュンヌに臍を曲げられては、話し合いにならない。
「分かったわよ。軽い挑発のつもりだったけれど、言い過ぎたわ」
そう言うと、リュンヌは怒気を引っ込めた。
「でも、本当にどうしたらいいのかしらね?」
「ああ。でも? リオンの好きな料理は聞き出せましたよ?」
リュンヌが人差し指を立てて、言ってくる。
「それが何になるって言うんですの?」
確かに、旅で巡った先でどこのどういう料理が美味かったかとか、そんな話はあった。
リュンヌは軽く頭を掻いた。虚空を見上げながら、考えを整理しているようだ。考えがまとまるのをしばし待つ。
「ええと。要するに、大会当日までの間、自然な理由を作って、リオンに接触出来るようになればいいんですよね?」
「まあ、そうね」
それでも、半月足らずという期間を考えれば短いが。
「昔から、男の心を掴むには、まず胃袋を掴めと言います。ティリア様も、エトゥル様を射止めた切っ掛けが、そうだったんですよね?」
「まあ、確かに?」
そう言われると、身近な実例があるだけに、昔から言い伝えられるだけの説得力も感じる。
「特に、リオンはそんなに難しくない、家庭的な料理が好きなようなので、ティリア様に頼めば覚えるのも簡単だと思います。クッキーを作るのも、大分上手になられましたし」
「ふん、まあね。ちょっとコツを掴めば、薬の調合よりもずっと簡単だわ」
むしろ、薬の調合の感覚でやろうとし過ぎたが為に、泥沼に嵌まっていたかも知れない。
「そうそう。確か、滋養強壮のお薬も作ってましたよね?」
「そうね。夏になって、ちょっとバテたりもしたから」
他にも、ちょっと疲れを早く取りたいときとか、便利なのだ。あまり使い過ぎると体も慣れてしまったり、それ前提での生活を考えたりしてしまうので。多用は控えるように気を付けているが。
「で? それがどうしたっていうんですの?」
「それらを『先日の恩返し』とか『少しの間だけでも、あなたの力になりたい』とか言って、差し入れに行くんですよ。訪れる理由としては自然だと思います。あとは、それを切っ掛けに色々と話を広げて、聞き出すことも出来ますし。上手く距離を縮める切っ掛けにもなると思うのですが。どうでしょうか?」
「なるほど」
些か、捻りは足りない気がするが、それ故に効果的にも思える。正攻法の強みだ。
「悪くは、無いわね。いいわ。それでいきましょう。その案に免じて、日中のことは許してあげるわ」
「それはどうも」
「あと、どんなことを聞けばリオンが喜びそうかとか、相談に乗ってくれませんこと?」
「はい、分かりました」
少し、勝機が見えてきた気がする。であれば、あとは全力を尽くすのみだ。
『没シーン』
ソル「そうね。ダメね。そもそも、リュンヌじゃリオンに勝てるはずも無いし」
リュンヌ「ンだとこら?」
ソル「…………………………(ふ~ん? っていう視線)」
リュンヌ「やってやろうじゃねえかこの野郎っ!」
※なお、実際にこれをやらかしたキャラが、漆沢刀也が書いている別の連載(この異世界によろしく)にいます。
『滋養強壮剤について』
ソル「はぁ。この疲労がポンと取れる薬は、よく効くわ~♪ 堪んないわね♪」
リュンヌ「その言い方だと誤解を招くから、止めて下さいっ!」
※ソルが作っている薬は、正真正銘、用法用量を間違えなければ体に無害なものです。




