EX7話:図書室の出会い
学友編の最終話となります。
薄暗い図書室の片隅で、アプリルは百科事典を開いていた。
王都の学校には無事に編入出来た。支援してくれた領主様やソルの期待を裏切る結果にならなくて、良かったと思っている。
それと、ここには両親に買って貰った百科事典と同じシリーズの別の巻がすべて揃っていた。それどころか、もっと詳細な専門書さえ置いてある。それらを心ゆくまで読み、知識を吸収出来るというのは、楽しくて仕方が無い。
「すまない。ちょっといいかな?」
不意に、声を掛けられた。
熱中していたところに水を差される形となり、アプリルは眉をひそめた。
「何?」
一呼吸置いて、不機嫌な素振りが微塵も出ないように気を付けて、返事を返す。
机を挟んで、目の前に金髪碧眼の少年が立っていた。
ここにいるのは、地方からの奨学生も含めて、自分以外は皆、上流の家の出だ。ソルに言われたとおり、身なりに気を付けることで比較的衝突は避けられているが、それでも絡んでくるような輩が何人かいた。
また、そういう手合いだろうか?
しかし、そんな疑いはすぐに消えた。難癖を付けて絡んでくるような連中と、目の前の少年は何かが違う。そう感じた。強いて言えば、目が濁っていない。
真に高貴な者が持つ気品。そういうものを感じる。
「君は、アプリル=ナシアであっているかな? ソレイユ地方からの奨学生で、編入試験で満点を取って入学してきたって噂の」
見ず知らずの人間にいきなり名前を言い当てられ、アプリルは少し緊張する。
一瞬、すっとぼけるかと躊躇したが。止めた。どうせ、バレているのだ。嘘を吐いてもその場凌ぎにしか成らないだろうし、その場合は後で面倒なことが増えるだけだと判断した。
それに、害意を感じない。
「その、アプリル=ナシアであっているよ。満点だったっていうのは初めて聞いたけど。僕に何か用?」
そう答えると、少年は自身の顔の前に手を合わせた。
「頼む。私に勉強を教えてくれ! 少し、分からないところがあるんだ」
頭を下げてくる少年に、アプリルは沈黙した。
数秒後、恐る恐るといった感じで少年が頭を上げてくる。
「ダメか?」
その声に、アプリルは我に返った。
「あ、いや。そういう訳じゃないんだ。ごめん。ちょっと意外だったのと、既視感を覚えたものだから。つい、ぼうっとしていただけだよ。だから、僕でよければ、構わない」
「そうか。感謝する」
少年は笑みを浮かべた。心の底から嬉しそうな、力を貸すことをむしろ喜びたくなるような。そんな笑顔だった。
「しかし、そんなにも意外か?」
「そりゃそうだよ。君も知っていると思うけれど、僕は辺境の片田舎から出てきた平民。それも、色々と縁があってこうした格好が出来ているけれど、どちらかというと貧しい家の出なんだ。この学校に真っ当に来れるような、そんな身分の人間が、僕みたいな身分の人間に頭を下げるなんて、考えられないよ」
答えると、少年は白い歯を見せてきた。
「なんだそれは。そんなことで頭を下げられない者はだ。誇りとは何たるか、まだまだ理解が足りていない者だ。くだらん。家柄や身分などというものは、己を支え、また自らが背負い支えるべきものであって、依存するものじゃないぞ。そういったものに依存しかしていない者が、他に己の価値を知らないから、そんなことで己の価値が下がるのではないかと、やるべき事を果たせないのだ」
「それはそうなんだろうけどね」
アプリルは苦笑を浮かべた。
けれど、そこまで出来た人間が、そうそういるとも思えない。しかし、そんなことを堂々とやってのける目の前の少年は、そこに至った希有な存在なのだろう。やるべきこと、つまりは自分に教えを請い勉学で至らないところを補うことに最善を尽くすことに躊躇いが無い。
アプリルは少年に好感を抱いた。
「しかし、君はさっき既視感を覚えたと言っていたな。ひょっとして、以前にもこういう、誰かにものを教える経験があったのか?」
「うん。故郷でね。同じクラスの女の子に、頼まれたことがあったんだ」
「ほほう?」
興味深げに、少年の瞳が光った。
「それは、ひょっとして君の恋人だったりするのか?」
その問いに、アプリルは苦笑を浮かべ、首を横に振った。
「少し、憧れていたとは思うよ。けれど、僕はそういう方面には疎くて。馬鹿な真似をして彼女を傷付けてしまった。仲直りは出来たと思うけど。ほろ苦い思い出さ」
アプリルはそう言って、自分の頭を撫でた。髪は、彼女の助言に従って、早々に短く刈っている。手紙の返事も、王都に着いてから、既に書いて送っている。
一方で、少年は神妙な表情を浮かべてきた。
「そうか。すまない。不躾であったな。立ち入った話を訊いてしまった。想った女と別れる胸の痛みは、私も少しは分かるつもりだ」
「いいよ別に。僕が、勝手に話してしまっただけだから」
むしろどこか、話してしまいたかったのかも知れない。
「それで、君の名前をまだ聞いていないんだけれど。教えてくれないかな?」
「ああ、そういえばそうだったな」
うむ。と、少年は頷く。
「私の名前はアストル=レジェウス。アストルと呼んでくれ」
その名を聞いて、アプリルは絶句した。少し、尊大な言葉遣いだとは思っていたが。
辺境の田舎者でもその名前は知っている。目の前の少年は、この国の第一王位継承者。つまりは、王子様だった。
アプリル「あのさ? 僕はこんな性格だし、そもそも礼儀作法とかには疎いから、こんな言葉遣いしか出来ないけど。いいの?」
アストル「私は一向に構わんっ!」
アストル「あと、礼儀作法が気になるのなら私が教えるぞ? 私も君に教えられるものがあるのなら、むしろ気が楽だ」
アプリル「アッハイ」
次話から次章になりますが、私用により2~3日投稿が空きます。
章管理の都合というか。まあ、スマホでもやれなくはないと思うんですが。




