第28話:時間切れ
意外なことに、成績の順位は変わりが無かった。
一位はアプリル=ナシア。そして、二位が自分、ソル=フランシア。
試験当日間際になって、試験勉強に身が入っていたとは思えない。更に言えば、ヴィエルの試験勉強の手伝いもしていて、その分自分の勉強時間は減っていた。
丁寧に教えれば、ヴィエルは存外、物わかりが良く、勉強が分かるようになる事を喜び、笑顔を見せてくれて。それが、少し心の救いになったが。
二位を維持出来たのは、これまでにアプリルから教えて貰っていた内容が下地になっていたように思う。
とはいえ、一位と二位の点数差は、これまで以上に開きが出来ていた。
アプリルは遂全教科に対してに満点を取り、一方でソルは前回に比べて20点近く落としていた。全教科で考えれば、この点数差は誤差の範囲であるのかもしれないが。あともう一歩で、三位に転落していてもおかしくはなかった。
これまで通り、ソルは拍手に包まれていた。
「流石ですわソル様」
「凄いですわソル様」
「ソル様って、本当に頭が良いんですのね」
代わり映えのしない、そして心の籠もらない賛辞。しかし、今はそんなものですら、心に染みる気がする。
ソルは、自分を取り巻く少女達に向き直った。そして、にこやかな笑顔を浮かべる。
「皆さん。有り難うございますわ」
その反応に、彼女らは驚いた表情を浮かべてきたが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その知らせは、試験の発表が終わった数日後の事だった。
「この度、私達のクラスのアプリル=ナシアが王都へと進学することになりました。我が校始まって以来と言っていいほどの優秀な成績を修めたことにより、またその才能の開花を期待され、校長先生の推薦と領主様の承認を経て奨学生として旅立つ事になります」
途端、教室中がざわめく。
本当にこんな片田舎から、そんな風に王都に出ていく生徒が現れるなんて。
しかも、幾ら頭が良いとはいえ、アプリルのような見窄らしい平民が。
いやでも、確かにアプリルなら、それぐらいは不思議ではなかったのかも。
驚愕や称賛の声が湧き上がる中で、ソルはただ、思考が現実から乖離していた。
ソルはアプリルの席へと視線を向ける。
彼は、こちらを一顧だにしない。あれからずっとそうだったように、人を寄せ付けない厳しい表情を浮かべているだけだ。
もう、ここには何の用も未練も無い。そう言わんばかりに。
「先生、アプリルはいつ王都に出立するんですか?」
「今度の創陽日に、王都行きの連絡馬車で行くことになります」
嘘でしょ? ソルは目を見開いた。
それは、あまりにも突然の別れだった。
彼の旅立ちは、三日後。しかも、明日は創星日で、創陽日と同様に学校が無い。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
放課後になって。
結局その日も、ソルは百科事典をアプリルに返すことは出来なかった。
何度も、何度も、何度も返そうと思った。
けれども、最後の別れの日だからと。せめて、挨拶くらいはと思ったのか。クラスメイトが代わる代わる、彼に話しかけていた。
このときばかりは、最近にしては少しアプリルの表情は、少し緩んでいたように思える。
ともあれ、ずっと彼の周囲には人目があったため、返す機会が無かった。
そして、彼が村へと帰っていくときも。
彼はさっさと、早足で教室を。校舎を出て行って。
ソルも急いでその背中を追ったけれど。何故か、駆け寄ることは出来なくて。
夕暮れの向こう側へと、消えていくのを見送ることしか出来なかった。




