第23話:ルート出現
ベッドに腰掛けて、ソルは大きく溜息を吐いた。
何度も決心はしたつもりだったが、同じく何度も躊躇した。
でも、やっぱり避けては通れないだろう。大事の前の小事にひるんでいてはいけないのだ。自分は、こんなにも決断力に鈍る女だったかと、自己嫌悪が募るが。
「リュンヌ、来なさい」
名を呼ぶと、即座に彼は召喚に応じ、目の前に姿を現した。恭しく、一例を返してくる。
一呼吸置いて、ソルは口を開いた。
「リュンヌ? ちょっと、確認したいことがあるんですの」
「はい、何でございましょうか?」
「ええと、うん。何と言ったら良いものかしらね? これ」
「はい?」
リュンヌが首を傾げてくる。
ソルもまた、半眼を浮かべた。
「最近、ちょっと気になって、『回想記録』を見てみたんですの」
「はい」
「そうしたら、アプリルとの出来事が枠の中に収まっていて。こう、町へ視察に行ったときに、髪型に色々と言ったりしたときの」
「ほほう?」
途端、興味津々という笑顔をリュンヌが浮かべてきた。
一方で、ソルは顔をしかめた。予想通りの反応なのだけれど。だからこそ、彼を呼ぶのが躊躇われたわけである。
「あなたのその反応。やっぱりこれ、そういう事なんですのね?」
彼と出会ったときに受けた説明から、何となく察してはいたが。
「ええまあ、そういうことですね。アプリル攻略可能ルートに入りました。おめでとうございます」
「おめでたくないわよっ!」
思わず枕を掴んでリュンヌに投げつける。
いつぞやのように、余裕綽々と言った態度で、リュンヌはそれを受け止めたが。
「私の本命はアストル様だけでしてよ。あ、あんな奴、好きでも何でもないんですからねっ!」
「ツンデレ系と考えたら、正統派ヒロインっぽいと言えなくもない反応ですね」
「何を訳の分からないことをっ!」
うんうんと満足げに頷くリュンヌに、ソルは吠えた。
「へっへっへっ。そんなことを言ってもソル様? 回想記録は正直ですねえ。アプリルのことを憎からず思っているっていう証拠じゃありませんか?」
「その人をからかうような態度を止めなさい。癪に障ります」
「分かりました。真面目に話をしましょう」
リュンヌは肩を竦め、軽く枕を投げ返してきた。
「でも実際のところ、ソル様が彼のことを少しは意識したからこそ、こういうことになったのですよ。それは確かです」
「でも私は、そんな――」
「本命はアストル様であって、アプリルのことは嫌いではないけれど、そこまで強い想いで好きかどうかと訊かれると分からない。そういうことでしょうか?」
「ええ、そうね」
ソルは項垂れた。
「ねえ? こういうものが現れたということは、私はもうアプリルと結ばれるしか無い。そういうものだったりするのかしら?」
「いいえ、そんなことはありませんよ」
「そうなの?」
リュンヌは頷いた。
「申し訳ありません。これは、僕の説明不足でした。こういう回想記録が現れたから、必ずその相手と結ばれるとは限りません。ソル様と相手とのお付き合い次第で、結ばれなかったりもします。アプリルについては、あくまでも、結ばれる切っ掛けが強く現れました。とまあ、そういう段階でしょうね」
「そ、そうなのね」
「ええ、ですから。気持ちが少し揺れたというのなら、それでもいいと思います。迷って、考えて、その上で結論を出していけばいいと思いますよ。今はまだきっと、そういう時期だと思いますから」
「そう」
ソルは小さく息を吐いた。それが、安堵によるものか、残念さによるものかは判断が付かなかったけれど。
「そういえば、リュンヌ? あなた、確か私の手助け役としてこの世界に送り込まれたんですのよね?」
「はい、そうですが?」
「その? 相手の攻略方法みたいなものとかって、知っていたりしませんの? 例えば、この殿方はどういうものがお好きかみたいな? ここで、こういう行動を取ったら落とせるみたいな情報、持っていませんの?」
「あー、そうきますか」
リュンヌはしばし、虚空を見上げた。
「実を言うとモデルになった遊戯では、僕の役どころは攻略相手の好感度とか、そういうのを教えるものらしいんですけど」
「好感度?」
「告白して、それを受け入れてくれるかどうか。あるいは、向こうから告白してくるかどうかの目安です」
「それは便利な情報ですわね」
「でも、生憎と僕にはそういう能力、与えられていないんですよね。更に言うと、誰はどうやって攻略していけばいいのかという情報も与えられていません。あくまでも、ソル様の相談に対して助言は出来ますけど、確定情報としては教えることは出来ないんです。ですから、視察でアプリルと出会うなんてものが、今回のフラグになるとかも全然知りませんでした」
ソルは舌打ちした。
「使えないわね。あなた」
「そんな事言われても。神としては、そんな安直な真似で相手と結ばれるんじゃなくて、ソル様ご自身が悩んで、考えて、選んだ末の結果で無ければ意味が無い。だからこそ、選択が尊く価値がある。そういう事なのではないでしょうか?」
「有り得そうな話ね」
やれやれと、ソルは頭を掻く。
「まあ、何にしても、確認したい話は聞けましたわ。下がってよろしくてよ」
「畏まりました」
一礼を返し、リュンヌは姿を消した。
ソルは天井を見上げる。
アプリルへの想い。結局、それはどう処理すればいいのだろう? 淡くとも想いがあるのは、その通りなのかも知れない。でもだからこそ、その先をどうすればいいのかは、分からない。
悩みは、尽きなかった。




