第21話:視察と助言
馬に乗り、ソルはリュンヌと共にアプリルが住む村近くの町へと訪れた。
町とは言っても、本当に小さな町だ。ここ周辺の村の中心として、商店が並んではいるが。人口は100人にも満たないだろう。
リュンヌを連れてここに来ることは、出立前に家族には伝えてある。ソルは薬草の採取やらなんやらで、学校の無い日はとかく出歩くことが多いのだが、その度に護衛役兼雑用係としてリュンヌを使っている。
歳の近い男女二人が、何かと一緒に行動しているとなれば、下世話な噂も出てきそうなものだが。そんなものは全く出ていない。
リュンヌもまた、前世の因縁でこちらに来ている以上、転生してきた者なので、これはどちらかというと生い立ちと言うよりは、「設定」という話になるのだが。
リュンヌは元々、修道院前に捨てられていたものの、当時の神父やシスターが老齢なため、とても育てられないとソルの屋敷に相談され、そのまま預けられた。
屋敷としても、ソルの遊び友達から初めて、身の回りの世話をさせられるようになればよいという具合で、リュンヌを受け入れた格好となる。ティリアが、幼い子どもを見捨てられない性格だったから、という点も大きいが。
そんなこんなで、彼は召使いとしての分は超えないながらも、屋敷の中では家族同然に育てられてきた訳である。
普段見せている、彼らの態度そのものが「主人と召使い」でありながら同時に「家族」という具合のため、大凡色気のある雰囲気というものが皆無なのだ。
だからこそ、父親であるエトゥルもリュンヌを信用しているし、こうして連れ回すことに文句も言ってこない。むしろ、逆に「出歩くのならリュンヌを護衛に付けなさい」とまで言ってくる。
もっとも、弟や妹にしても、リュンヌは便利に使える存在のため。ソルがリュンヌを使いすぎると、彼らから文句が出てくるのだが。
「結構、遠かったですね」
「そうね」
ゆっくりと、馬は歩かせて来たのだがそれでも1時間くらいかかった。アプリルの住む村はここよりもまた更に遠い。彼が学校が終わると、すぐに帰らないといけないのも、納得出来る。
お世辞にも手入れが行き届いているとは言えない馬繋場に馬を停める。予算の都合なのかも知れないが、この様子も父に報告しておいた方がいいだろう。ひょっとしたら、既にもうご存じかも知れないが。
父から頼まれているわけではないし、どちらかというと自身の目的のためなのだが、薬草の採取以外には、ソルはこうして近隣の集落の視察を行っている。ついでに、気付いたことを父に報告しているだけなのだが、それでも父にとっては結構、嬉しいらしい。
服装は、見窄らしくもないが、そこまで上等ともいえない格好を選んでいる。
如何にも上等な格好をすることで、絡まれたり警戒するリスクを避けるためだ。屋敷から離れれば、直にソルの顔を見た人間なども、そういないので、身分がバレる事も無い。
大通り。と呼んでもいいのかは少し疑問ではあるが、それなりの広さを持った道が十字を作り、この集落を4つの区画に分けている。簡単に言って、そんな作りの町だ。
その通りをソルはリュンヌと連れだって歩く。
町の雰囲気、商品の価格、施設の手入れ加減。そんなものを確認していく。
痩せた町だ。それが、ソルの評価だった。
活気があるとは言えない。どの商店も、呼び込みといった集客努力はしていない。なので、静かだ。人通りも、皆無では無いが多いとは言えない。通りを眺めて、端から端で5人から10人程度の姿が見えるかどうか。そんな程度だ。
それでも、ここ周辺の物流拠点であり、近隣の住民にとってはここが生命線なのだから、どの店も競争することなく漫然と客を捕まえられると。つまりは、そういうことなのだろう。
商品の価格を見ても、それは明らかだ。屋敷や学校がある街にくらべて、概ね割高だ。街からの移送料も考えれば、理屈としては分かる。しかしこれではここに住んでいる者は誰も、働けど働けど暮らしは楽にならないだろう。
無事で有る限り、停滞し平穏な毎日を送る。そして、何か不幸が訪れれば、そこで生活は終わる。そういう場所に思えた。
ふと、ソルは立ち止まった。
「どうしました?」
「いえ、別に何でも……ありませんでしてよ」
何事も無かったかのように、再び歩き出そうとするが。
「ああ、アプリル=ナシアですか」
ソルは顔をしかめた。
僅かな逡巡で、リュンヌに気取られてしまったらしい。つくづく、こういうところは、勘のいい男だ。
「ええ、ちょっと。見知った顔を見つけたものだから」
「へ~え?」
「なっ!? 何ですのその目は?」
にまぁ、とした笑みを浮かべるリュンヌをソルは睨んだ。
「いえ別に? 普段と違う場所で見掛けた男の子を見つけて、慌てて立ち去ろうとか。何だか乙女な反応だなあとか思ってませんよ? ええ?」
「そういう人を煽るような言い方をするなら、後で特製吐き薬を飲ませますわよ」
「すみません。それは流石に勘弁して下さい」
途端、リュンヌは真顔に戻った。
「でも、いいんですか?」
「何がですの?」
「折角ここまで来たんです。挨拶くらいしても、いいんじゃないですか?」
「そう、ですわね」
それくらいなら、不自然には思われないはずだ。
視察にわざわざこの町を選んだ理由の、ほんの少しには、彼の様子を確認するという目的もあったのだから。不自然に思われないのなら、少し話をするくらいは問題ないだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アプリルが店番をしている露天の前へと訪れる。
立ち止まる人影に気付いたのか、彼は顔を上げた。
「いらっしゃいま――」
あれ? と言わんばかりのきょとんとした視線を浮かべてくる。
「ええと?」
「何ですの? まさか、まだ私の顔を覚えていないとでも言うつもりですの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。まさか、ソルがこんなところに来るとは思わなかったから、意外で」
気恥ずかしそうに彼は首の後ろを掻いた。
「別に? 大した理由じゃありませんわ。個人的な視察に来てみたら、見知った顔を見つけたので、挨拶に来ましたの。それだけですわ」
「ああ、そうなんだ。視察って、他のところにも見て回ったりしているの?」
「そうですわね。休日は、雨でもなければ、こうして視察や薬草採取をしていますの」
「薬草の採取?」
「ちょっと、薬学に興味があるんですの。その材料集めですわ」
「へえ。そうなんだ」
小さく、アプリルは笑った。
「何がおかしいんですの?」
「いや、ごめん。ソルを馬鹿にしたつもりじゃないんだ。僕も思い込みがあったなって。てっきり、ソルみたいなお嬢様やお姫様は、屋敷に籠もってばかりなものだって。そう、思い込んでいたから。ちょっと、意外に思っただけなんだ」
「悪いですの?」
「ううん、むしろ、いいと思うよ。領主様。ソルのお父さんもだけど、足を使って直に僕達の生活を見知ってくれて、その上で治めてくれているのなら、その方が納得出来る」
「そ、そう?」
「しかも、その上で学校の勉強だけじゃなくて、薬学の勉強までしているんだよね? ソルは、立派だと思うよ」
ソルは、顔から力が抜けるのを自覚した。
成績では、全然勝てそうに無いけれど。そんな相手から、こうして褒められるのは、悪い気はしない。
「人の上に立つ者として、当然のことをしているまでですわ」
素直に喜ぶような真似は恥ずかしいので、平静を装うけれど。
「ところで、あなたは何を売っているんですの?」
「うん? これ、僕の家が作っているチーズと牛乳だよ。牛乳は、もう少し暑くなったら保たないから、売りに出せなくなるんだけどね」
「へえ」
ソルは並べられているチーズの塊を眺めた。
その隣には、水の入った桶があり、中に金属製の缶が沈められている。この缶の中に、牛乳を入れているということだろう。
「折角ですから、少し喉も渇きましたし、頂いていきますか?」
「そうですわね。お土産にチーズも買っていきましょう」
リュンヌの提案に、ソルは賛成した。チーズはティリアに渡せば、お菓子に使うか晩酌のワインのつまみにでもなるだろう。
リュンヌが懐からお金を取り出し、アプリルに手渡した。
「ありがとう」
お金を受け取ったアプリルが、桶から牛乳を取り出し、手渡してくる。
缶の蓋を開けて、軽く匂いを嗅いで確認するが、腐ってはいないようだ。
口を付けると、些か温いが、その分甘みがました感じがする牛乳が、喉を潤した。
「ごちそうさま」
一気に飲んで、空になったコップをアプリルに返す。
「ああ、それと前々から言おうと思っていたんですけれど」
「何を?」
「あなた、もう少し髪をどうにかした方がよろしくてよ?」
「というと?」
鼻息を大きく吐いて。
ソルはおもむろに、アプリルの頭を掴んだ。
ソル「リュンヌ?」
リュンヌ「何でしょうか?」
ソル「飲みなさい。この特製吐き薬」
リュンヌ「何でですかっ!?」
ソル「顔がにやにや気持ち悪かったから」
リュンヌ「理不尽っ!」




