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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第二章:学友編】
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第20話:何のために

 アプリルから勉強を教えて貰うようになって、一月が過ぎようとしていた。

 放課後は、いつも彼がさっさと帰ってしまうのだが。それ以外の時間なら、質問する度に的確に答えを返してきた。

 しかも、その教え方というものが分かりやすい。というより、上手く情報が整理されている。

 正直言って、教師以上に勉強をしているのかも知れない。


 実際、授業のノルマのために省略されるような些細な疑問をまとめては、図書室に行って確認したりしていた。ソルもそれに付き合ったりしている。

 そして、流石に最初から何でも知っているという訳でもなかった。

 遠い先の部分までのカリキュラムの範囲までは、理解が浅かった。しかし、そこはソルの方が詳しいと見抜くや否や、質問して理解を深めていった。叩き潰す手のつもりだったが、かえって力を与えてしまった格好だ。その理解力に、ソルは戦慄を覚えた。

 ほんの少しの時間だけれど、彼にものを教える立場という経験が新鮮で、ついつい調子に乗って教えすぎた。という気もしなくはないが。何にしても、失策だったと思う。


 認めたくはなかったが、認めなければいけない。アプリル=ナシア。彼は間違いなく、天才だ。

 しかも、努力までする天才だ。

 これが、己の才を鼻に掛け、あからさまに他人を見下すような態度の輩だったなら、まだ憎悪や憎しみを抱き続けることが出来たかも知れない。けれど、色々と配慮が欠けてはいるものの、その性根に悪意は無い。

 知識に対して、どこまでも貪欲で、誠実なのだ。

 狡いと思った。こんなの、どうやったって勝てないじゃないか。


「ねえ? アプリル?」

「うん?」

 昼休み。今日の質問が終わったところで、ソルはもう一つ、彼に訊いた。

「あなた、何のために、そんなにも勉強をしているんですの?」

 それが、理解出来なかった。

 こんな辺境に生まれた平民にとって、ここまで勉強をして優秀な成績を取ることに、何の意味が有るのかと。


 アプリルは口を閉ざした。

 そんな彼をソルはじっと見詰めた。彼は迷っている。その対処は、逃がさないように「待つ」だけでいい。

 数十秒後、根負けしたように、彼は口を開いた。


「そうだね。切っ掛けは、この本だよ」

 そう言って、彼は机の中から一冊の本を取り出した。

 その本は見知っている。彼が、暇さえ有れば眺めている本だ。かなりボロボロになっているが、装丁はしっかりとしており、厚みもある。


「何ですの? それは」

「百科事典だよ。とは言っても、自然科学の分野しか載っていないし、それもきっと、基本的で重要なところしか書いていないけれど」

「それが、どうかしたんですの?」


「これはね。僕の宝物なんだ。小さな子どもの頃、誕生日祝いに初めてこの町に来たとき、両親に買って貰った。何でよりによって、遊び道具とかじゃなくてこんな本なんだって、自分でも思うけれど。この立派な装丁が、僕の何かを変えてくれる。そんな気がして、惹き付けられた」

 懐かしむように、優しく彼は本の表紙を撫でる。

「親は、これを買うためにかなりの無理をしてくれたんだと。後になって気付いた。これを買って貰ってから一年近く、親の食事の質が落ちていたから」


 確かに、平民がこれだけの本を買おうとするなら、それくらいは無理をしないといけないのかもしれない。

「僕の家。というか、僕の生まれた村は、この街からも遠い寂れたところなんだ。ソルは、知ってる?」

「いいえ、知りませんでしたわ」


「うん。だから、いつも学校が終わったら、すぐに家に帰って家の手伝いをしている。まあ、それは僕だけじゃないけれどね。学校が休みの日に、隣町に働きに出るのも、みんなやっている話だし」

 自嘲気味に、彼は笑った。

「でも、僕はそれを当たり前だなんて、思いたくないんだ」

「どういうことですの?」


「親は、お祝いとはいえ、僕の我が儘のために一年間、食費を削ってくれた。僕は、分からないながらも、少し偉くなった気がするっていうだけで、夢中になってこの本を読んでいた。気付けば、知りたいことはどんどんと増えていった」

 アプリルは小さく、溜息を吐いた。


「そして、ある日。限界を感じたんだ。僕は、こうして知識を手に入れた。けれど、それはどうやって活かせばいい? 活かせるのなら、僕の生まれた村のようなところを豊かにしたい。こんな本を買うのに、親がそんな苦労をしなくて済むようにしたいし、この恩を返したい。そして何より、もっと色々な事を知りたい。でもそれはきっと、ここにいる限り、叶わないんだ」

 そう。だから、多くの人間は分相応というものを知り、諦め、その中で一生を終えるのだ。

 だというのに、彼はそういう生き方をしていない。無駄だとは、思っていないのか?


「僕はね。王都に行きたいんだよ」

 俯いて、両手の握り拳を震わせながら、彼はそう言ってきた。

「王都に? 行って、どうするんですの?」


「学者に、なりたいんだ。まだ、何を専攻するかは決めていないけれど。みんなが、もっと経済的に楽に生活出来るような。そんな方法を見つけたいと思ってる」

 ふと、ソルの脳裏に閃くものがあった。


「まさか、あなた本気で飛び級進学を狙っているんですの?」

 地方でも特に優秀な成績を修めた者は、学校の推薦によって王都の学校に行くことが許されている。能力さえ有れば、この国は立身出世の道は用意されているのだ。その道は無論、平坦なものではないが。

「例が少ない話だけれど、成績如何によっては、領主様から奨学金だって出して貰える。僕は、この道に賭けたい」

 静かに、落ち着いた声で、彼はそう締めくくった。


 平民が、本気で立身出世を狙う? そんなものは、夢物語だ。そう、笑うとしたら、それは凡百の人間の考えだろう。

 しかし、アプリルの声から判断するに、彼は本気だ。覚悟が決まっている。そして、それだけの実力もある。

 だから、ソルは彼を笑ったりは、しなかった。

 理解した。彼は、身の丈というものを弁えない夢を抱えて、それに突き進む大馬鹿野郎だ。

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