第18話:学ぶべき課題
その晩、ソルは親指の爪を噛み、渋い表情を浮かべていた。
「今度は、何にお悩みですか?」
召喚に応じたリュンヌが、訊いてくる。その声には、半ば呆れたような色が混じっていた。
勉強机の椅子に座ったまま、彼に姿勢を向ける。
「あなたの言うとおり、アプリルと話をしてみましたわ」
「ああ、今度はきちんと面と向かって話が出来たんですね。それで、どうでした?」
ふん、とソルは鼻を鳴らす。
「どうもこうもありませんわ。あいつ、ずっと本ばかり読んでいると思っていたら、この私の顔と名前も覚えてなかったんですのよ」
「それだけ、勉強に打ち込んでいるっていうことなのでは?」
「そうかも知れませんけど。この私が眼中に無いなどというあの態度。ますます腹が立ちます」
拳を握り、わなわなと震わせる。
「その上、私がソル=フランシアだと教えても態度が変わらないどころか。『苦手なところがあるのなら、勉強を教えるよ?』などとっ!」
「いや、本人としては別に、ソル様を格下に見ているとか、そんなつもりは全然無いように思うのですが? 僕も彼に詳しい訳でも無いですけど。基本的にあまり、他人と関わらないようですし。コミュニケーションに癖があるだけだと思いますよ? 勉強についても、恐らくは親切心から出た言葉かと」
「分かってますわよっ!」
ほんの少し話をしただけだが、その程度は理解しているし。他人を見抜く目も持っていると自負はある。あの少年は、基本的に自分の価値観が何よりも優先で、その上で他人を陥れようだとかそんな思考回路は持っていない。
いずれ、世渡りでコケるような輩だ。
「分かっているのなら。何が問題なんですか? 僕を呼んだ理由が、愚痴を言いたいだけというだけなら、それならそれでお付き合いしますけど」
宥めるように、笑顔を浮かべてリュンヌが優しげな声を出してくる。
その申し出に、ソルは少しだけ気分が落ち着くのを自覚した。
軽く嘆息する。
「アプリルは、あくまでもあの成績は寸暇を惜しんで勉強に励んだ結果だと言っていましたわ。それで、『勉強を教える』という件についても、申し出を受けることにしました。これはこれで、相手の手口を知ったり、他にも何か使えそうな気がしましたの」
「流石というか、そこは感情的に切り捨てたりはしないんですね」
「当たり前ですわ。私、使える物は最大限、使う主義ですの」
感心するリュンヌに、ソルは鼻を高くする。優雅に、自分の髪を撫でた。
「ですが。それはそれで、問題あるんですのよね」
「何がですか?」
ソルは目を細めた。
「勉強で、教えて貰う必要がありそうなところ。全然見付からないんですのよ」
「流石は、ソル様ですね」
「まあね」
自信たっぷりに。うんうんと、ソルは頷いた。
「それで結局、どこをどう教えて貰えばいいか、そこの案が思い浮かばないと。その相談に、僕を呼んだというわけですか?」
「そうよ。何か無いかしら?」
「そうですねえ」と、リュンヌも考え込む。
「先日のテストで間違えたところを見て貰うというのは?」
「それも、とっくに自分で見直したわよ。今更、教えて貰う事は無いわ」
「それでも、何故彼はそこを間違えなかったのか? どう考えたのかぐらいは、参考になるかも知れませんよ?」
「まあ、それもそうかも知れませんわね」
何もしないよりは、マシか。
「あとは、その日の授業の復習とか。彼の視点からも教えて貰うというのはどうでしょうか?」
「なるほど。それも、あいつの考え方、学び方を分析するのに使えるかも知れないわね」
「他には、ソル様って予習もされているんですよね」
「していますわ。生まれ変わったこの身にとっては、ある意味ではほとんど復習ですけれどね」
「その、まだ習っていないところについても、聞いてみてはどうです? 何をどこまで理解しているのか、把握出来るかも知れません」
その手があったか。
ついでに、そっちに時間を費やして、彼に当期の勉強時間を削らせるという真似も可能かも知れない。もっとも、それは自分にも言えることだが。条件によっては、既に学習済みの自分の方が有利にも立てるかも知れない。
「リュンヌ。あなた、なかなかやるわね」
「お褒めに預かり、光栄です」
彼は恭しく頭を垂れた。
まったく案を思い浮かばなかったと言えば嘘になるが、彼の説明で実行に移す気になったのは確かだ。ダメ元でも、相談してみるものだ。
あと、自分も少々、頭に血が上っていたかも知れない。
「それでは、御用がお済みでしたら、僕はこれで失礼しようと思うのですが。よろしいですか?」
「ええ、よろしくてよ」
さっと、リュンヌの姿がかき消える。
それを見送って、ソルは再び勉強机に向かった。




