第17話:接触開始
1限目の授業が終わった休み時間。ソルはアプリルの席へと近付いた。
いつものように、脇目も振らずに本を取り出して読む彼を見下ろす。
「アプリル。放課後、ちょっと時間を貰えまして?」
声を潜め気味に、尚且つ早めに言う。
彼は顔を上げるが。
突然の話に、何が何だかさっぱり訳が分からない。と、雄弁に表情が物語っていた。
「それは、僕に何か用があるっていうこと?」
「そうですわ」
彼は露骨に渋い顔を見せてきた。
「それ、時間長くなる? 僕は、早く家に帰らないとマズいから、そんなに時間取れないんだけれど」
「それは、あなた次第ですわね。まあ、用件が手短に済むように協力してくれるというのなら、数分で終わると思いますわ」
「ああうん。それならまあ」
やっぱりこいつは、馬鹿じゃないかとソルは思った。
約束はしていない。だから、本当に話が数分で終わるなんて確証、どこにも無い。だとというのに、こんな申し出にホイホイと乗っかってくるとは。
面倒が無くて気が楽ではあるが。
「それで、待ち合わせとか。そういうのは?」
「校舎の出入り口で先に待っています。そこから、校舎の角まで移動して、話をします。よろしくて?」
時間帯的に、人気の無い場所というのも把握しているが。そういう場所に男女二人で向かい、しかも下手に見付かると、ろくでもない邪推が出てきそうなので避ける。
「うん。分かったよ」
これで話は終わりだよね? と、勝手に察して彼は再び本へと視線を落とした。
実際、これで話は終わりなのだが。
マイペース且つ、自分を全く何とも思っていないという態度に、ソルは苛立ちを感じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
放課後、さっさと教室を出たソルに少し遅れる形で、アプリルは約束通り合流してきた。
くいっと顎で指図する形で、彼を連れて校舎の角へと向かう。ここなら、人目もある上に、人通りからの距離は離れているから、身の危険は感じさせなずに、話も漏れにくい。
「それで、僕に何の用?」
「そうね。早速本題に入りましょう。あなた、どうやってあの成績を取っているんですの?」
「成績?」
「そうですわ。前も、そのまた前も。あなたがテストで一位でしたわよね? どうやって、そんな真似を可能にしたっていうんですの?」
訊くと、困ったように彼は首を傾げた。
「いや。単に物凄く頑張って勉強したっていうだけなんだけど?」
「嘘おっしゃいっ!」
「嘘じゃないし。本当なんだけどなあ」
大きく溜息を吐いて、アプリルは天を仰いだ。
「なら、どれだけ勉強しているっていうんですの?」
「休み時間を含めて、学校にいるときはずっと。あとは、家に帰ったら、働きに出ないといけないし、それが終わってから寝る前に少しだけ」
到底信じられないと、ソルは彼を睨む。
「えっと、そもそもさ。何でそんなことを訊くの? 勉強、分からないところがあるなら教えてもいいけど?」
「はあっ!? あなた、私を誰だと思っていますの?」
訊くと、彼は露骨に目を背けた。
「ごめん。同じクラスの女の子だっていうのは覚えているんだけれど――」
「こっ……のっ!」
ソルは怒りで肩を震わせる。
自分の成績以外、まったく興味なし。自分のことは眼中に無し。領主の娘だとか、そんなこともお構いなしかと。
朝から聞いてみれば、彼の言葉遣いに遠慮だとか敬意の様なものがかけらも無いと。そこも軽く神経を逆撫でていたのだが。それも納得した。
「ソル。ソル=フランシアですわ。ここの領主の長女で。……成績も、あなたに次いで二位ですのよ」
「あ、うん。そうなんだ」
それがどうしたの? と言わんばかりの平然とした口調が返ってくる。
ソルのこめかみに青筋が浮かぶ。
もはや、我慢の限界だ。
「ええと。あのさ?」
「何ですの?」
「さっきも言ったけれど、分からないところとか、苦手なところがあるのなら、教えるよ? 僕も、疑われっぱなしは嫌だし、人に教えるのも勉強になるって聞いたことがあるから」
ソルは歯を食いしばり、激情を押さえ込んむ。
落ち着け。激情に流されて行動するのは、特に人目につく場所でそんな真似をするのは、碌な事にならない。
深呼吸して、冷静に考える。このアプリルという奴は、お人好しにも、こともあろうに自分の手口を教えてくれようというのだ。
損得勘定で考えて、損な話ではない。やりようによっては、好都合とも言える。
「いいですわ。なら、あなたがどのように勉強しているのか、直に教えて貰いますわね」
「うん。それじゃあ。そういうことで。僕は、朝にも言ったけれど、すぐに家に帰らないといけないから、もう帰るね。また明日」
軽く手を挙げて、話は終わりだと彼は校門へと駆け出していった。
憮然とした表情で、ソルはその背中を見送った。
リュンヌ「流石に、放課後校舎裏に呼び出して『ジャンプしてみ?』とかはしなかったんですね」
ソル「あなた、私を何だと思ってますの?」
リュンヌ「えっ!?」
ソル「えっ!?」




