第16話:相手を知る
勝つにはどうすればよいのか?
まず、相手を知ること。
そして、己を知ること。
そうすれば、百戦しようと負けることは無い。
「この言葉で、本当に大切なのは『己を知ること』なんですけどね」と、リュンヌは付け加えていたが。
ともあれ、戦いにおいて相手を知ることが大事というのは、確かだ。
これまで、アプリル=ナシアのことは何も知らなかった。情報不足、分析不足。その上で戦おうとしていたのだから、負けるのは不思議ではない。
だから、今度は知るのだ。アプリル=ナシアという少年のことを。
それとなく、ソルはアプリルの情報を周囲に聞いてみたり、観察してみることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その晩、ソルはむくれた。
ベッドの上に座り、枕を抱きかかえながら、リュンヌを睨み付ける。
「ダメじゃないですのっ!」
「いや、何がですか?」
「あなたの策のことですわ。今日一日、あの男の情報を集めてみましたけど、全然使えそうなものがありませんでしてよ?」
「アプリルのことですか? そんな、一日やそこらでそんな事言われても。というか、『使える情報』って、どんなものを期待していたんですか?」
「カンニングの疑惑とか、教師への賄賂とか、そういうものですわ」
リュンヌが半眼を向けてくる。
「そんなもの。あるわけないでしょうが」
チッとソルは舌打ちをして歯がみする。
「おかしいですわね。あんな凡夫風情が。不正の一つや二つ、やらなくてどうしてあの成績なんですの?」
「おかしいのは、ソル様の頭の中じゃないでしょうか?」
「何ですってっ?」
衝動的に、枕をリュンヌに投げつける。
彼には、余裕な態度でそれを左手で受け止められたが。
軽く肩を竦めて、リュンヌが枕を投げ返してくる。
「ちなみに、実際にどうやって勉強しているのかとか、そういう話を直接、彼に聞いてみたりはしたんですか?」
ソルは唇を尖らせる。
「別に、それはしていませんけど」
「それじゃあ、何も分からなくても仕方ないんじゃないですか? だってそうでしょう? これまでも、ソル様が興味を持った相手は、直接確認していたんでしょう?」
「まあ、そうなんですけど」
他人の評価、何てものはあくまでも他人の評価だ。参考情報には成り得ても、最終的な判断を下すのは自分である。自分の目こそが、自分にとって最も確かな情報源だ。
「ひょっとして、恥ずかしいんですか?」
にやりと、リュンヌが煽るような笑みを浮かべてくる。
「別に、そういう訳ではありませんわ」
ただ、ちょっと。他の人間に見られて、変な詮索されないかと、そういうリスクが気になっただけだ。
それだけだというのに、今まさにおかしな邪推をされるというのが、うざったい。
「ああもう、分かりましたわよ。直接、聞いてみますわ」
これが、リュンヌの煽りにまんまと乗った形だと分かってはいたけれど。
リュンヌ「ソル様。何を見返しているんですか?」
ソル「今日一日、アプリルを観察した内容ですわ」
リュンヌ「ちょっと、見せて貰っても?」
ソル「まあ。いいですわよ?」
〇○時〇〇分:クシャミをした。
〇○時〇〇分:頬杖をついた。
〇○時〇〇分:●●と話をしていた。
〇○時〇〇分:トイレに行った。
〇○時〇〇分:トイレから戻って来た。
〇○時〇〇分:自分で自分の肩を揉んだ。
〇○時〇〇分:伸びをした。
〇○時〇〇分:目を指で押さえて疲れを取っていた。
・
・
・
・
リュンヌ「恐っ!?」




