第15話:雪辱戦
2025/09/09
イラストを追加染ました。
春は穏やかに、そして瞬く間に過ぎようとしていた。
ソルの生活は変わらない。平日は弟や妹、リュンヌと共に学校へ行き。「お友達」に囲まれて過ごす。
休日は、多少なりと家族の相手はしつつも、勉強に精を出した。
「根を詰めすぎではないか?」。そんな言葉は、家族からも聞こえるようになった。彼らから見ても、無理をしているように見えるというのか。そう、見せられないくらいに余裕が無いというのか。
リュンヌが、上手いこと取りなしてくれたおかげで、それほど干渉されなくて済んだけれど。
だが、そんな毎日ももうすぐ終わる。
期末試験。手応えはあった。
今度という今度こそ、抜かりは無かった。
学生達の賑やかな喧噪。
雲一つ無い、晴れやかな空。
久しぶりに、空気が美味しいと感じた。
ソルは苦笑を浮かべた。なるほど、「久しぶり」と感じてしまうくらいには、確かに余裕を失っていたのかも知れない。
軽やかな足取りで、結果発表が張り出された場所へと向かう。
心配掛けてしまった分、今夜は少し、家族に甘えてみるというのも、悪くないかも知れない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結果を眺めるソルは、拍手に包まれていた。
「流石ですわソル様」
「凄いですわソル様」
「ソル様って、本当に頭が良いんですのね」
わなわなと左手が震える。
人差し指と親指を顎に添えて、優雅に微笑む。胸を張る。
目の前の光景が、信じられない。
結果は、またも僅差で二位だった。
そして、その上にはアプリル=ナシア。
どうして? どうしてこうなるの?
笑顔の仮面を被ったまま、ソルは呆然と結果を見上げ続けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからの一日は、どう過ごしたのかよく覚えていない。
帰りの馬車に乗り込んでからは、あまり話をしていなかったと思う。そんな余裕は無かった。
前のときと同じく、家族は成績を褒めてくれた。そして、それ以上に何があったのかと心配してくれた。本当に、優しい家族なのだと思う。
けれど、どう返したら良いのか分からなくて。それらはすべて突っぱねた。しばらく独りにして欲しいと。でなければ、彼らに当たり散らしてしまいそうだったから。
ベッドの上で、膝と枕を抱えながら座る。
枕に顔を埋め、ソルは声を押し殺して泣いた。
本気だった。前の中間試験以来、本気の本気で頑張った。だというのに、凡庸にしか見えない根暗な男に負けた。
こんな事で負けるのも、こんな事で泣くのも、我ながらみっともないと思う。
自分はこんなにも弱かったのか? 温かい家族とやらにあてられて、弱くなったというのか? それとも、転生して体が若返ったことで、精神までこの姿に引っ張られたとでもいうのか?
「うっ……うぅっ。うぁっ……ああっ……うぅ」
嗚咽が、止められない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ソルは目を開けた。
頭がはっきりしない。
ああそうか。と、数秒考え込んで思い至る。どうやら、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
今が何時かは分からない。ただもう、外の様子を見るに深夜なのだろう。
嘆息が漏れる。
お腹が空いた。耐えがたい空腹感が襲ってくる。
もう一度、このまま朝まで眠ってしまおうか? そんなことを考えるが、この空腹感は、少し辛い。眠りにつけそうにない。
数秒迷って、ソルは彼の名を呼んだ。
「リュンヌ。来なさい」
「お呼びですか?」
直ぐに、彼は現れる。ソルは頷いた。暗がりで、見えているとは思えないが。
「少し、お腹が空きましたの。軽いものでいいから、何か、食べ物と飲み物を持ってきて」
「畏まりました」
恭しく、リュンヌの陰は頭を下げ、姿を消した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
命じてから数分と経たないうちに、リュンヌはパンと果物。そして温めた牛乳を持って戻って来た。
机の上に並べられたそれらにソルは手を伸ばす。
堪えがたい空腹の上で食べる夜食は、この上なく美味かった。
「泣いたら、少しはすっきりしましたか?」
「なっ!? あなた、見ていましたの?」
「いやまさか? そんなことしていません。そんな気がしていたっていうのもありますが――」
リュンヌは、微苦笑を浮かべた。
「そんな、泣きはらした目を見て、気付かないわけありませんよ」
ソルは呻いた。
そうだ、今は食事を摂るために燭台に灯りが点いている。そうなれば、リュンヌから今の自分の顔が見えるのも、当たり前の話だ。
羞恥心に、顔が熱くなる。
「ソル様。僕から一つ、提案があるんですが。お聞き下さいませんか?」
提案?
それは、アプリルに勝つための方法ということだろうか?
「言ってみなさい」
どうせ、今の自分に良い案など思い付かないのだ。ならば、聞くだけ聞いてみるのも、悪くないだろう。
こういう、悪役令嬢みたいな子が、人に認められたくて猛烈に努力していたり、心が折れて涙を流すシチュって萌えだと思うんですが。自分だけですかね? こう、ゾクゾクッとしたものを感じるのですが。
なんか頭の中で、ソルちゃんがもの凄え冷たい目で見てくるんですけど?




