第162話:夕暮れはもう違う色
気まずさに、ソルは頭を掻いた。
次の休みの日、ソルはリュンヌと待ち合わせをして、彼の新しい友達が現れるのを待っていた。
けれども、約束の時間を過ぎても彼女は広場へ姿を見せなかった。
最初は、ちょっと遅刻しているだけなのだろうと、ソルもそんな風に思っていたが、リュンヌから聞いていた話から考えてその可能性は低いように思える。
「ごめんなさい」
ぽつりと、リュンヌに視線を合わせないまま、ソルは謝罪の声を漏らした。
「何がですか?」
「その、エリシアって子が来ないのは、ひょっとしたら私のせいかもしれないって。そう思いましたの」
「何でそうなるんですか? ソル様が、一体何の関係があるんですか?」
リュンヌは困惑した声を上げる。
「ねえ、リュンヌ? 私達って、知らない人から見たら、どんな風に見えているのかしらね?」
「それは――。いや、他人がどう見ているかなんて、分からないですが? すみません。僕はいちいち、他人のそういったことを気にしないので」
「そうね。あなた、そういうところあるものね」
ソルは微苦笑を浮かべた。
「ここしばらく、私はあなたに顔を見せなかったでしょう? どうしてだと思う?」
「そんな事訊かれても。てっきり、アストル王子とのお付き合いが順調で、僕の助けが要らなくなったものだと。そう、思っていました。違ったんですか?」
「半分正解。けれど、もう半分は違いましてよ」
「どういうことです?」
ソルは、小さく溜息を吐いた。
「あの人、あなたに嫉妬していたんですの。前に、お父様のお仕事を手伝って貰ったでしょう? そのときの私達の様子で」
「そんな。どうして?」
「それを訊いても、意味はありませんわ。きっと、理屈じゃありませんもの。ただ結果として、あの人からは私達はそんな風にも見えてしまっていたのよ。勿論、あの人も分かってくれていますけれど。でも、心配させてはいけないと思ったし。少し、あなたから距離を置く付き合い方を学ぶべきかも知れないって、そう思ったんですのよ。だから、あなたに会わなかったんですの」
「そうだったんですね。いえ、アストル王子とのお付き合いとかを考えれば、それはいいことだと思います」
「あなたは何も、気にしていませんでしたの?」
少し躊躇ってから、リュンヌは答えた。
「何も気にしていないと言えば。嘘になります。正直、心配でしたし。少し、寂しかったです。僕が気付かないところで何かやらかしていて、ソル様の不興を買っていたのかも知れないと、不安でした」
「悪かったわ。本当に勝手な真似をして」
「いいですよ。こうして、理由を説明して貰えましたから」
ぼんやりと、目の前の雑踏をしばし眺めて、ソルは続ける。
「でも、そんな風だったから。ひょっとしたら、その子からも私達がそんな風に見えてしまって。その子が、変に遠慮してしまったのかも知れませんわね。私が、邪魔してしまったのよ」
「そんな。ソル様が邪魔だなんて。そんなことは――。きっと、急用が入ったとか。風邪を引いたとか、そんな理由ですよ」
「そうね。その可能性が一番高いとは、私も思うのですけどね」
リュンヌは笑う。
けれど、その笑顔が痛々しくて。ソルは彼のそんな顔を直視することは出来なかった。
「リュンヌ。私は、もうお父様のところへ行きますわ。あまり待たせても、悪いもの」
「そうですか。僕は、もう少しだけ待とうと思います。気にせず、先に行っていて下さい」
ソルは頷いて、リュンヌに踵を返した。
結局、夕方になってリュンヌはエトゥルの見舞いに合流したが。とうとう彼の友人は姿を見せないままだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
黄昏の暗がりに包まれて。
彼女――エリアナは自室で静かに、膝の上に乗る猫を撫でた。
「そう。リュンヌ。あなた、あのリュンヌでしたのねえ」
今更ながらにその名前を思い出したことに、我ながら相当に愚かだったと思う。
リコッテから、ソルの関係者だと一度聞いていたはずだ。彼は別の学校に行くことになり、ソルとも接点が無くなるので、何も使い道が無い情報だと切り捨て、忘れていたが。
日中、待ち合わせの場所へと向かって、遠目から彼の姿を見付けて。そして、全身が硬直した。あまりにも想像からかけ離れた光景に、意識が遠のいた。
リュンヌの隣に、ソル=フランシアが立っていた。彼らが何を話していたのかは、知らない。だが、とても楽しそうに話をしていた。
その光景を思い出す度に冷たく、黒い感情が、静かにエリアナの心を染めていく。自分では既に、これ以上なくソルに対しては情けも容赦も無くなっていたと思っていたが、まだこんなにも上塗り出来る余地があったのかと、彼女は感動を覚えた。
"いい子だから。いつまでも、今のあなたでいて下さいまし"
いつか、ソルが言った言葉を思い出す。だが今度は、そんな言葉に苛立ちも覚えない。そうやって、揺さぶられることももはやない。
エリアナは仔猫の首筋を掴み、摘まみ上げた。これから何が起きるのかも知らず、きょとんとしている猫の顔を見ながら、彼女はにたりと唇を歪める。
「後悔なんて、しませんわ。ええ、決してしてやりませんわ」
エリアナは嗤った。新たな自分の誕生を祝って、高らかに嗤った。




