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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第157話:第一種接近遭遇

 気怠さを覚えながら、エリアナは目を覚ました。

 軽く目を擦って、滲んでいた涙を拭き取る。

 折角の休日の朝だというのに、嫌な夢を見てしまった。忘れてしまいたい、子供の頃の出来事の夢だ。


 上半身を起こすと、待っていたと言わんばかりに、サバトラ模様の仔猫が脇に寄ってきて頬を擦り付け、甘えてくる。

 それに応え、猫の頭を撫でてやりながら、彼女は溜息を吐いた。


 あんな夢を見たのも、きっとこの猫のせいだ。

 まだ小さな子供の頃、実家の屋敷に迷い込んできた野良猫を隠れて世話したことがあった。白と黒のブチ模様で、如何にも野良猫といった風体の猫だった。

 けれども、小さな動物が持つ特有の可愛さに惹かれて、その猫と友達になりたいと思った。

 最初はなかなか、近寄れなかったけれど、こっそりと持ち出したおやつをあげたりしたら、徐々に慣れてくれた。

 嬉しかった。習い事や勉強に追われる日々の中で、その隙間を縫って猫と遊ぶのは、心の慰めだった。


 けれど、そんな関係は長くは続かなかった。

 子供の隠し事なんて、長く隠し通せるものではなかった。

 ある日、猫と一緒にいるところを見咎められ、捕まった猫は処分されてしまった。処分したのが、両親だったのか家庭教師だったのかは、あまりよく覚えていない。あるいは、その両方だったかも知れない。

 ただ、どれだけ泣いて訴えても、ダメだったということだけは覚えている。


 どうして、そんな事をしたのかという問いに対して、答えは「貴族が相手するには相応しくない」「立派な淑女になるための勉強の妨げになる」とか、そんな理由だった。

 一流のものを身に付けてマウントを取り合うのが、貴族の常識なのだから、その常識に照らし合わせて考えれば、そうもなるだろう。


 だから、この猫も、元々はこうして引き取るつもりは無かった。それこそ、生徒会や風紀委員に所属する誰かに頼むつもりだった。

 しかし、誰もが寮生だったり、家の事情やらなんやらで、引き取ってはくれなかった。そもそも、エリアナとリコッテくらいにしか懐かなかった。相手がソルだけではなく、他の友人達にまで暴れ回る始末だった。

 なので、やむなく自分で引き取ることにしたのだった。


 エリアナは小さく笑みを浮かべる。

「安心なさい。あなたを見殺しにはしませんわよ」

 この、通学用の別邸には両親も教育係もいない。いるのは、使用人達だけで、彼女に逆らえる者はいない。両親は遠くへ追いやっている。 

 それ以前に、今では家の実権はほぼ彼女が握っている。仮に両親がここにいたとしても、何も言わせやしないのだ。


「あの女にも、手出しはさせませんわ」

 あの女。ソル=フランシアは「その子を死なせるような真似だけはするな」と言ってきた。これの意味は、恐らくは婉曲的な脅迫だろう。「これ以上、自分に手出しをするようなら、あなたに懐いたその猫がどうなるか覚悟しておけ」といった意味合いの。

 たかだか、少し懐いた素振りを見せただけで、この猫をそういう嫌がらせの材料として見出そうとは。本当に、抜け目の無い女だ。


 猫を抱いた自分を見て、意外そうな反応を見せてきたあたりから考えても、ソルが疑いの目を向けているのは間違いない。そう、エリアナは判断した。

 流石に、自分の手によるものだという証拠はまだ掴んでいないだろうが。もしも、こうも彼女の身の回りで事件が続いていて、まだ何も感じていないとしたら、相当にお目出度い女だとしか言いようが無い。


 ソルの事を考えると、先日の会話を思い出してしまった。思わずエリアナは呻き、歯を食いしばる。


"いい子だから。いつまでも、今のあなたでいて下さいまし"


 そんな言葉は、屈辱でしかない。たかだか、片田舎の男爵の娘風情が。上から目線で、まるっきりの子供扱いの物言いではないか。一体、何様のつもりだというのか。アストル王子の月婚相手として選ばれているからといって、増上慢が過ぎる。


「見てなさい。ソル=フランシア? 私は必ず、あなたからその場を奪い返してみせましてよ」

 虚空を見上げ、彼女は誓った。


 と、猫が鳴くのを聞いて、彼女はそちらへ視線を戻す。

「ごめんなさいね。別に、あなたのことを忘れていたわけではないんですのよ」

 いつの間にか撫でる手が止まっていた事に気付いて、彼女は再び撫でるのを再開する。


「今日は、一緒にお出かけするから。いい子にしているんですのよ?」

 目的は、猫を飼うために必要な道具や玩具の購入と、獣医師への躾の相談だ。

 本当なら、両者ともに、屋敷に呼びつけるものなのだが。保護したのが野良猫というのが、色々と問題になっている。


 かつて、猫を処分した大人達の理屈に倣うのも面白くはないが、飼っているのが元野良猫だと、他の貴族から物笑いの種として使われるのも避けたい。商人や獣医師の口を呼ぶと、彼らの口から話が漏れるリスクがある。

 アシェットについても、まだどこまで信用していいのかは、探っている最中だ。今のところ、彼女がソルと接触している様子は無いし、友人達同様に情報を提供してくれてはいるが。


 そして、使用人達に任せるというのもダメだった。リコッテを除いた友人達同様に、誰一人としてこの猫からは、懐かれることがなかった。

 リコッテはリコッテで、ソルと接点があるので、やはり下手に猫を預けることは出来そうになかった。

 なので、残る手段は――


「この私が、お忍びで街に繰り出すなんて。こういう真似をするのは、娯楽小説の登場人物くらいかと思っていましたけどね」

 とはいえ、冒険心がくすぐられて、少しだけ楽しみでもある。

 微苦笑を浮かべ、エリアナはベッドから降りた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 リュンヌはふと、脚を止めた。

 エトゥルの見舞いに向かっていたのだが、気になるものを見掛けた。

 商店が立ち並ぶ通りとは少し外れ、人通りも少ない場所を通っていたのだが。街路樹の下で、黒髪の少女がおろおろと周囲を見渡している。また、籠を持つ手を掲げたりしていた。


 何故彼女がそんな真似をしているのかは、リュンヌにもすぐに分かった。恐らく、彼女の飼い猫なのだろう、仔猫が木の上に昇って身を縮めていた。木の高さから考えて、彼女にはとても昇れそうにはないし、また猫に手も届きそうになかった。

 放っておく気にもなれず、リュンヌは彼女へと近付く。


「君の猫が逃げたの?」

 少女に声を掛けると、彼女は切羽詰まった表情を見せて、頷いてきた。

「はい。私の猫が。ああもう、いい子にしなさいって言ったのに。突然この籠から飛び出して、逃げた挙げ句にこの木に登ってしまったんですの。しかもそれで、降りられなくなってしまったみたいで」


「なるほど」

 リュンヌが見上げると、仔猫は木の上で心細げに鳴いていた。

「こんな事を見ず知らずの方にお願いするのも不躾かも知れません。ですが、助けては頂けないでしょうか?」

「それは、まあ。僕も何とかはしてあげたいんだけど」


 どうしたものかと、リュンヌは頭を掻いた。

 取りあえず、近くに何か使えそうなものは無いかと探してみることにする。

 と、持ち歩いている木剣の存在を思い出した。


「そうだ。君、ちょっとその籠を貸してくれないかな?」

「いいですわ。でも、これをどうするんですの?」

 リュンヌは籠を受け取り、地面に置いた。ポケットから、ハンカチを取り出し、籠と木剣の切っ先を結び付ける。


「よし、これならきっと」

 リュンヌは木剣を掲げ、籠を猫の傍へと寄せた。それで、ぎりぎり届くかどうかといった具合だった。

「お願い。いい子だから、籠に入って」


 少女の訴えに応え、仔猫は震えながらも、そろそろと前脚を動かし、籠の中へと入る。

 猫が籠に入った手応えを確認し、リュンヌは木剣を下ろした。

 少女は籠の中を覗き込んで、胸を撫で下ろす。


「有り難うございます。あなたは、この子の恩人ですわ」

「いや、助けることが出来て、よかったよ」

 リュンヌもまた、安堵の息を吐いた。苦笑を浮かべ、まだ籠の中で震える猫の頭を軽く撫でてやった。


「あら?」

「? どうかした?」

「いえ、この子。私と限られた友人以外、全然懐かない子なんですのよ? それが、こんなにも大人しくしているだなんて」

「へえ? それだけ、恐かったって事なんだろうね」

 リュンヌは苦笑を浮かべた。


「それで、お礼なのですけれど」

「ああ、別に気にしなくてもいいよ」

 朗らかに、リュンヌは笑みを浮かべた。

 しかし、少女は首を横に振った。


「いいえ、そんなわけには参りませんわ。このご恩は、させて頂かないと私の気が済みません」

 リュンヌは僅かに顔をしかめた。

「とはいってもなあ。気持ちは嬉しいんだけど。僕は、これから人と会う約束があって――」

「あ、そうなのですね。そうですわ、私もでしたわ。時間がもう」

 少し迷った表情を見せた後、少女は頷く。


「では、失礼を重ねますが。あなたは、またこちらに来ることは出来るでしょうか? そう、例えば来週とか」

「え? はい。まあ、それなら、大丈夫だけど」

「では、私も来週にまたこの時間に、ここに来ます。そのとき、お礼を致しますので。必ず来て下さい。約束ですよ?」


「分かりました」

「それと、あなたのことは何とお呼びすればいいのでしょう? お名前を教えては頂けませんか?」

「名前? リュンヌ。リュンヌ=ノワールです」

「リュンヌ?」

 少女は小首を傾げた。


「どうかした?」

「いえ? 何でも? どこかで聞いた名前のような気がしたのですけれど。きっと気のせいですわね」

 そうに違いないと、少女は頷く。


「それなら、僕からも君の名前を聞かせて貰ってもいいかな?」

「あ、そう。でしたわね。失礼致しましたわ。私はエリ……ア。ええと。そうじゃなくて、その――」


 こほんと、少女は咳払いをする。

「私はエリシア。エリシア=ゼルミーニですわ」

 胸に手を当てて目を瞑り、優雅に彼女は頭を下げた。

【エリアナが見た夢?】


ランラララランランラン♪ ランララララ~♪

エリアナ(幼女)「来ちゃダメーっ! 何もいないわ、何もいないったら!」

エリアナ(幼女)「っ!? 出てきちゃダメっ!」

猫「にゃあ」

エリアナ父・エリアナ母・家庭教師『やはり、猫と隠れて遊んでいたか』

エリアナ父・エリアナ母・家庭教師『さあ、渡しなさい』

エリアナ(幼女)「嫌っ! 何も悪い事してない」

エリアナ(幼女)「殺さないで!」


ソル「どこの名作アニメ映画のヒロインのつもりなんですのあなた?」

エリアナ「あなたに言われたくありませんわ(思い出し涙)」


※前回の後書きにネタ追加してます。

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