第156話:猫と少女
学食での昼食を終えて。
その日、ソルはリコッテと校舎の周りを散歩していた。
と、校舎裏の片隅で、少し意外な姿を見付けた。ソルは目を丸くする。
その姿があまりにも興味深かったので、ソルは彼女へと近付いた。足音を立てずに。
「あなたも、そんな顔をするんですのね」
落ち着いた声で、ソルは彼女へと話しかけた。自然と頬が緩んでいたかも知れない。
しかし、彼女。エリアナは小さく悲鳴を上げ、頬を引き攣らせながらソルを見上げた。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたわね。でも、あなたがそんなにも優しそうな目で、その子を抱いているものでしたから。つい」
エリアナはその胸にサバトラ模様の仔猫を抱いていた。仔猫は目を瞑って、彼女に身を委ねている。
「うわぁ。仔猫。本当に、いたんですね。可愛い」
ソルの隣で、リコッテが歓声を上げる。
その一方でエリアナは、目を吊り上げ顔を真っ赤にした。
「あ、あなた達。どうしてここに?」
「あなたと、その子を探していたんですのよ。でも、手間が省けてよかったですわ」
「どういう意味ですの?」
「ちょっと、校内で気になる噂を聞いたものですから。最近、この学校に猫が紛れ込んでいるっていう。ですから、ひょっとしたらその猫を見付けられるかも知れないし。もし見付けて捕まえることが出来たら、生徒会に相談しようと思っていたんですの。本気で探していたとか、そういうつもりでもなかったんですけれどね」
だから、これは本当に偶然だったのだが。予想外に貴重なものを見たと、ソルは眼福に思う。
「エリアナ――会長は、猫がお好きなんですか?」
リコッテの問いに、エリアナは顔をしかめ、顔を背けた。
「別に? 好きでも嫌いでもありませんでしてよ? 強いて挙げれば、有能なものは好ましく思いますけれどね。ええそうね。鼠を沢山捕まえるとか、そんな風に働くなら、評価はして差し上げますわ」
「ふぅん。そうなんですねえ」
にやにやと、楽しそうに笑うリコッテに対し、エリアナは呻く。
そんな彼女らの様子に、ソルも口元へ手を当てて笑った。
リコッテはエリアナの胸元へと手を伸ばし、仔猫を撫でた。猫は気持ちよさそうに、されるがままとなっている。
「あなたは、どうしてここに?」
「風紀委員の手伝いですわ。猫が備品に悪戯しないか、気になる箇所があったら教えて欲しいと言われたんですのよ」
「そう、仕事熱心なんですのね」
リコッテが撫で終わるのを見て、ソルもまた仔猫へと手を伸ばした。
「――っ」
ソルは顔をしかめた。ソルが手を伸ばした途端、仔猫は目を見開き、ソルの指へと噛み付いたのだった。じゃれ合いの域を超えて、本気で強く噛まれた。
「ソルさん?」
「心配しなくても、大丈夫ですわ」
ソルが手を引こうとすると、それで仔猫は口を開けて手を解放した。それでも、仔猫は全身の毛を逆立て唸り、ソルを激しく威嚇する。
「ふ、ふふ。ふふふふ。あらあら、嫌われてしまいましたわねえ」
上機嫌に笑いながら、エリアナは仔猫を撫でる。それで、少しだけ猫は怒気を引っ込めた。
「悪い人だって、思われてしまったのかしら?」
エリアナの揶揄に、ソルは苦笑する。
「そうかも知れませんわね。この子はきっと、勘が鋭い子なのでしょう。あるいは、前世か何か、因果でもあるのかも知れませんわね」
だから、ソルは撫でるのを諦めることにした。
「エリアナ? あなたに、その猫の処遇について、一つお願いがありましてよ?」
「何ですの?」
エリアナはソルを睨み、仔猫を抱く手に力を込めた。
「くれぐれも、その子を死なせるような真似だけは、しないでくださいまし? それだけは、約束して欲しいんですの」
エリアナは、訝しげに目を細めた。
「あなた、何が言いたいんですの?」
「別に? 何も勘ぐらなくていいですわ。その通りの意味ですもの。ただ――」
真剣な表情をソルは浮かべた。
「これは、本当の本当に、絶対に守って下さいまし? 無いと信じますけれど、もしも、その子の命が、あなたの意思によって奪われるような選択をあなたがしたとしたら。あなたは、いずれ必ず後悔することになりますわ。私は、あなたにそうはなって欲しくないんですの」
ソルの言葉に対し、エリアナは睨んできた。
そんな彼女に、ソルは優しく微笑む。
「いい子だから。いつまでも、今のあなたでいて下さいまし」
そして、ソルはエリアナとリコッテに踵を返した。
「私がいつまでもここにいると、その子も落ち着かないでしょうから、私はお先に失礼致しますわ」
後ろの二人へと手を振って、ソルはその場を立ち去った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
真夜中。
城の一室で、まだ子供と言ってもいい彼女は、目の前に横たわる猫を眺めていた。
この猫が、いつの頃からいたかは少女はよく覚えていない。しかし、少女にとってのそれまでの人生で、多くの年月を共にしていた。
猫は少女に見下ろされながら、泡を吹いて痙攣している。
その顔は苦悶に歪み、恐怖と絶望の表情を浮かべていた。その様子を眺めながら。少女は、猫という生き物は実に表情豊かな生き物なのだと、そう思った。
猫に盛った毒は、彼女が近くの森で採取した。図鑑を見て、入手のしやすさと、他の食材へのカモフラージュのしやすさ、毒の強さ。そういった条件から選んだ。
そしてこれは、その確認。
少女はこの猫を実験台に。また、殺しの練習台に使うことにしたのだった。
毒の効果は上々だった。少女が期待していた通りの効果を発揮している。努めて冷静に観察して、少女はそう判断する。
そんな冷静さの一方で、別の感情がわき上がってくるのを彼女は自覚した。
目の前の命に対して、自分は圧倒的な強者であるということの優越感。戯れに命を奪うという、禁忌的な快感。そんな、冷たく、どす黒い喜悦が自分の心を染め上げていく感覚。
今、自分は生まれ変わろうとしている。
そんな思いが浮かんで、自然と少女の口元は歪んだ。生まれてこの方、感じたことの無いような歓喜に打ち震える。世の中には、こんなにも甘美な楽しみがあったというのか。
我が身を抱き締めながら、抑えきれない興奮に身悶えしつつ、少女は荒く息を吐く。
いつしか、冷たく動かなくなってしまった猫の首を掴み。少女は部屋の窓から、猫の死骸を黒い森へと投げ捨てた。
「次は、あの女ですわね」
母親の姿を思いながら、少女は呟く。
これは、やがて多くの人間を殺す事になった少女の記憶。
書いている奴「ああ、猫になりたい」
リュンヌ「ですねえ」
ソル「あなた達、いったいどこを見て言っているんですの?(怒)」
・NGシーン
猫「ガブッ!」
ソル「恐くない」
猫「フシャーっ! ガルルルルル!」
ソル「ほら、恐くない(笑顔)」
エリアナ「どこの名作アニメ映画のヒロインのつもりなんですのあなた?」
ソル「ちょっと、やってみたかっただけですわ(赤面)」
猫「ガジガジ」
ソル「というか、いい加減本気で噛み続けるの止めて(涙)」
エリアナ「(イイ笑顔)」