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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第155話:歪な友情

 夕刻になり、ソルはアストルと馬車へと向かった。楽しいデートの時間は、あっという間に過ぎてしまったと、ソルは残念に思う。

 馬車の前に来て、ソルは怪訝な表情を浮かべる。


「あら? この子、うちの馬ではありませんわね」

「分かるのか?」

「それはまあ。何年も見てきましたもの。区別は付きますわ」

 アストルに、ソルは頷く。


 馬と馬車は、ソレイユ地方からの移動でも使った、フランシア家のものである。

 ソル達のように、遠方から来た貴族の場合、王都に滞在する間は馬や馬車を郊外の牧場に預けることがほとんどだ。しかし、ソルの場合は、こうして王城へ訪問することも多いので、王城の方で預かって貰っていたりする。

 今朝も、王城の方から迎えに着て貰った。


「特にあの子ったら、性格なのかしらね? ここの馬達に馴染むのも早くて、生活も水が合っているようですし。段々暑くなってきているというのに、食欲旺盛だっていうじゃありませんの。あんなに、日に日に丸くなっていく子は、見分けも簡単ですわ」

 ソルがそう言うと、アストルは苦笑を浮かべた。

 そんな、やがては牛みたいになりそうな馬が、大きく逞しい馬に代えられていた。


「申し訳ありません。その件ですが。私も詳しくは知らないのですが、一度お嬢さんの馬をよく診てみたいと先生が言ってきて。それで、この馬に代わったんです」

「代わった? うちの馬は無事なんですの?」

「はい。恐らく問題無いけれど、念のためとかいう話でした」

 ふむ。と、ソルは顎に手を当てた。

 そして、その場にしゃがみ込み、地面に頭を寄せ、馬車の下を確認する。


「おい? ソル?」

「お嬢さん? 一体何を?」

 突然のソルの行動に、アストルと御者が驚きの声を上げる。


「ちょっと聞かせて欲しいのですけれど。馬車の方は、何も手が付いていないんですのね?」

 軽く髪をかき上げながら、ソルは立ち上がった。

「え? ええ、馬車の方は何も。馬だけです」

「そう、分かりましたわ」

 御者は嘘を言っていないとソルは判断した。


「それじゃあ、アストル。名残惜しいですけれど、今日はここまでですわね。また、明日。学校で」

「ああ、また明日」

 手を振って踵を返し、ソルは馬車へと乗り込む。


「あなたも、帰りはよろしくお願いしますわ。それと、()()()()()()()()()()()。朝も言いましたけれど、座席のベルトは、ちゃんと忘れずにするんですのよ?」

「はあ、まあ。分かりましたけど。でも、なんでこんなものを? こんなもので体を固定してしまったら、いざという時に逃げられなくて、危なくありませんか? お嬢さんの弟の考えだっていうのは、聞きましたが」


「ここが、田舎道だったならそれでもいいのですけれどね。兎に角、それはちゃんと使って、体を固定するんですのよ?」

 困惑と不満の態度を見せながらも、大人しく従う御者を確認して、ソルは安堵する。

 また同時に、内心で同情した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 異変は、王城を発って十分もしないうちに起きた。

「うわあああああぁぁぁっ! た、助け、助けてくれえええええええええええぇぇぇっ!」

 馬車の前から、御者の悲鳴が聞こえてくる。

 ソル達を乗せた馬車は、休日で往来が活発な街中を猛スピードで駆け抜けていった。

 窓の外の景色が、目まぐるしく移り変わっていく。


「これは、一体何事ですの?」

「分からないですっ! 何だこいつ? 一体、急にどうしたっていうんだ? くそっ! 大人しい奴だと思っていたのに」

 素人目で見ても分かるくらいに、馬は暴れ狂いながら走っていく。


「ブレーキは?」

「やっていますが。全然ダメですよこんなもの。焼け石に水です」

 御者の声は、泣き声すら混じっていた。

 座席の固定ベルトをソルは握りしめる。今となっては、これが命綱だ。


 馬が暴れた場合、咄嗟に馬車から飛び降りて逃げるというのは、常識だ。いつまでも馬車の中に留まって、何かの弾みで横転してしまってはそれこそ大怪我の元になる。

 しかし、それは舗装もされていない道での話だ。そういう道なら、馬車の速度もそれほど出ず、脱出が現実的な話となる。

 だがこれが、王都のような舗装された道が続く場所となると、また別の話となる。激流のような速さで疾走する馬車から、ましてや固く舗装された道路に飛び降りるなど、自殺行為でしかない。


「その隣のレバーの方を引きなさい。早くっ!」

「わ、分かりましたっ!」

 途端、馬車の速度ががくんと落ちる。ソルは大きく前につんのめった。ベルトで体を固定していなければ、前に放り出されていたかも知れない。


「やった。遅くなりました。しかし、すみません。まだ? まだ止まりません。本当に、どういう力しているんだよ!」

 喚き立てる御者に、ソルは次の指示を伝える。


「さっき引いたレバーの、もう一つ隣のレバーを引きなさい。仕方ありません。最終手段ですわ」

「最終手段? なんですかこれは」

「いいから早くっ! 説明は後でしますわ」

「はいっ!」

 馬車の底から反動が伝わってくる。そして、今度こそ馬車は完全に止まった。


「止まった? やった。止まった。止まりましたああああぁぁぁぁっ!」

 御者の歓喜の声を聞きながら、ソルは座席の固定ベルトを外し、馬車の外へと出た。

 それに倣って、御者もそそくさと馬車から降りてきた。

 ソルは来た道を振り返る。ほんの僅かな時間だったというのに、王城は遙か遠くになっていた。

 ソルの脇で、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、御者がへたり込む。


「あの? これはいったい、どういうことなんでしょうか? どうやって、止まったんですか? この馬車」

 息も絶え絶えに、御者が訊いてくる。


「この馬車には、特別製のブレーキがあるんですの。弟の発明品ですわ。普通の、車輪に木を押し当てて止めようとするものの他に、油の圧力を利用して、車輪を挟み込む仕組みのものがあるんですの。ほら? ごらんなさい。ここ、車輪が他の馬車と違うでしょう?」

「確かに。いや、これは何だろうと、気にはなっていたんですが。ただの珍しい、車輪用の装飾かなと」

 知らなければそう思うのも無理はないと、ソルは苦笑する。


「それでも、この馬は本当に力が強い馬だったみたいですわね。車輪が回らなくても馬車を引き摺るくらいには。だから、最終手段を使いましたわ。馬車の底に備え付けた弩弓で矢を地面に打ち出して、無理矢理固定したんですの。地面が柔らかいところだったり、あまりにも速すぎるときは、効果的では無いかも知れませんけれど。何にしても、上手くいって良かったですわ」

 勝算はあったつもりだが、不安が無かった訳ではない。ソルは胸を撫で下ろす。

「しかし、こいつも本当に、どうして急にこんなにも暴れたんだか」


 未だに半狂乱となって嘶く馬をソルは眺める。

「どうやらこの馬は、立派な体格の割に、とりわけ臆病な性格をしているようですわね。そして、警戒心も強い。街を歩いていて、大きな犬か、熊の毛皮を見てしまったとか。それで怯えたという事ではないかしら?」


「ええ? このガタイでですか? 馬が臆病なのは、知っていますが、いくらなんでもこいつ、臆病すぎるでしょう。そんなのが、どうして、こんなところに? そういうのは、調教の先生がきちんと見て選んでいるはずなのに――」

 途中から、自問へと変わっていく御者に対し、ソルは「さあね」と答えておく。

 とはいえ、こうなるのは、馬が代わったと聞いた時点で確信はしていた。だから、念のため馬車も確認した。


 しかし、もう一つ。引っ掛かることが浮かぶ。

 虚空を見上げ、ソルはしばし考える。

 やがて――


「ああ、そういう事ですの」

 寂しげに、ソルは笑みを浮かべた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 生徒会室の中で、エリアナは大きく溜息を吐いた。

 彼女の前には、友人の一人が立っている。俯いて、なかなか口を開こうとしない。昔からの付き合いで、彼女が心優しいことは知っているし、そういうところは好きだが、こういうところは見ていて苛立たしさを感じるようになった。


「用件は何ですの? 私も、暇じゃありませんの。いつまでもそうしていないで、さっさと言ってくれませんこと?」

「は、はい」

 蚊の鳴くような小さな声で言って、彼女は頷く。


「あの。ソルさんが。昨日、馬車が暴走して、大事故を起こしそうになったって聞きました」

「そうね。大変な騒ぎになったようですわね」

「はい。でも、下手をしたら。あの。一歩間違ったら、本当に、ソルさんも。御者の人も。街の人だって、死んでしまっていたかも知れない」


「ああ、そう。それで?」

 エリアナは、冷たく言い放った。

「『それで?』って、そんなの。ねえ、エリアナ――」

 彼女の声を遮って、エリアナは再び大きく溜息を吐いた。


「ねえ?」

「はい」

 びくりと、目の前の少女は肩を震わせる。


「あなた、どっちの味方なんですの?」

「そ、それは勿論――」

「あなたは、私の友達なんですのよね?」

「ええ。私は、エリアナのことを大事な友達だって思っている」

「嬉しいわ。私もあなたのことを――」


 と、不意にノックの音が響き、部屋にまた別の少女が飛び込んできた。その様子に、エリアナは額に手を当てた。

「スーリエ? あなた、いつもノックをした後は、返答を待ってから入りなさいって言っているでしょう? いつになったら、その癖治るんですの?」

「ごめん。またやっちゃった。何しろ私、元不良だから。ええと、その子? 取り込み中だったかしら? 後にした方がいい? すぐに終わる話なんだけど」


「まあ、いいですわ。それで、用件というのは?」

「うん。どうもね? ここ最近、学校の敷地に猫が紛れ込んでいるみたいで。備品とかに悪さしないように、生徒会からも手伝って欲しいのよ。猫が潜り込みそうな穴があったら教えて欲しいとか。どこで、猫に花壇を悪戯されていたとか。風紀委員だけだと、ちょっと手が足りなさそうで。気が向いたときとか、頭に留めておいてくれるだけでいいから」

「なるほどねえ。それくらいなら、いいですわよ。大した手間でもありませんし」

 エリアナは頷く。


「ところでさ? エリアナ? この子、何かあったの?」

 スーリエが、先に来ていた方の少女へと視線を向ける。

「別に? 何でもありませんわ。ねえ? リコッテ?」

 無言で、リコッテは頷く。その姿を見て、エリアナは満足げに微笑んだ。

スーリエ「というわけで、猫よけペットボトルを用意して――」

エリアナ「それ、まるで意味がありませんわよ」

リコッテ「というか、世界設定無視したものを用意しようとしないで下さい」


馬車について補足。ネットで調べたうろ覚え知識と、AIの回答ですが。

史実では、馬が暴れた場合は馬車からすぐに脱出するというのが常識でした。

舗装もされていない道のため、馬車の速度も時速10kmから15km程度なので、脱出した方が危険性は低かったのです。

しかし、綺麗に舗装した道路の場合とか、作中のように条件を揃えると最大で時速30km程度は出るようです。

そんな馬車から、固く舗装された道路へ飛び降りるというのは、本当に危険で大怪我じゃ済まない可能性の方が高いです。

というわけで、ソルに仕掛けられた妨害工作の上を行くファンタジー要素として、油圧ブレーキとシートベルトを用意しております。

材料や技術の問題で、まだまだ改良の余地がある状態ですが。

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