第154話:寄り添って
王城に設けられた馬術場の片隅で、ソルトアストルは芝の上に座って一休みしていた。
今日は空も晴れ、デートをするのにも絶好の日和だった。
「それにしても、驚いたな。ソルは、馬に乗るのも上手いんだな」
「久しぶりでしたから、不安でしたけれどね。ソレイユでは、ほとんど乗っていなくて。それに、弟はもっと上手いんですのよ? 引きこもりで工作ばっかりしていて、久しぶりに乗ったって言っていたくせに。ああいうのを馬に愛されるって言うのかしらね? 子供の頃以来とか言っていましたけど、信じられませんわ」
「それは、凄い才能だ。私には、羨ましく思える」
「あら、何を言っていますの。アストルだって、馬に乗るのは上手じゃありませんの」
「一応、これでも小さい頃から仕込まれてきてはいるからな。でも、ああいうのを見ると――」
アストルは苦笑を浮かべた。彼の視線の先へソルも視線を向けると、遠くでリオンが見事に馬を駆って障害を飛び越えていた。そこから少し離れて、彼の恋人が拍手を送っている。
「あれは、ああいうお仕事の人の業ですわよ。気にしてはいけませんわ」
「それも、分かってはいるんだがな」
「本当に、アストルって向上心が高いんですのね」
口に手を当てて、ソルは笑う。
「いや。王室に生まれて、自分が背負った重みに潰されないように必死なだけだ。何度も、挫けそうになったし。これからも、時には挫けそうになるときだって。あると思う。そんな、立派なものじゃない」
「何を言っていますの。それは十分に、立派なことですわよ。時には挫けるなんて、当たり前じゃありませんの」
「それも、そうだな」
「ひょっとして、この前の小テスト、自信が無いんですの?」
ソルが訊くと、アストルは呻いた。
「いや。あれは、流石にそこまで酷い点数にはなっていないと思う。確かに、失敗したと思うところは色々あるんだが」
「あらあら、だったら同じ過ちをしないよう、復習しないといけませんわね」
よしよしとソルがアストルの頭を撫でると、彼は唇を尖らせた。ソルは、そんな彼の反応を可愛く思う。
「ところで、さっきから何を見ているんですの?」
いつしか、アストルは空を見上げていた。
「うん? ああ、あれだ」
彼は、空を指さす。
「あの、二羽の小鳥。一緒に飛んでいる」
「ああ、あの鳥ですわね」
すぐに、ソルも見付けた。
「アストルは鳥が好きなんですの?」
「好きというわけでもないが。でも、少し色々と考えていた」
「どんな?」
「本当にいるのかは分からないが。世界のどこかに、片翼の翼の鳥がいるという話だ。その鳥は、片翼しか無いから、つがいはいつも一緒に、寄り添って空を飛ぶんだという」
「変わった鳥ですわね」
「そうだな。それで、いつも一緒にいることや、互いに協力し合っていくことから、男女の仲がいいことの象徴とされているそうだ」
「素敵な話ですわね」
「私も、ソルとそんな風になりたいと思っている。互いに支え合っていく。そんな風に。すまない。ちょっと、重いというか。気障な言い方だっただろうか?」
「いいえ。本当に私を想ってくれているのが分かって。嬉しく思いますわよ」
ソルは笑みを浮かべる。アストルは照れくさそうに、頬を掻いた。
「実を言うと、私は不安だったんだ」
「不安?」
「本当に、ソルが私のことを見捨てないだろうかって。この前の、急にキスをしたのも。何というかだな。私は、リュンヌに嫉妬してしまったんだ。あの夜、二人が何を話しているかは分からなかったが。部屋の前まで来たら、随分と楽しそうに話をしているように思って。それでだ」
「あら? そうだったんですの?」
「ああ、本当に。楽しそうだった。ずっと、一緒に過ごしてきた家族同然の相手なんだから、当然だと頭では分かっていたのだがな」
ソルは首を横に振る。
「いいえ、謝らないといけないのは、私の方ですわ。不安な気持ちにさせてしまって。ごめんなさいね」
ソルはアストルから視線を逸らす。スカートを掴む手に、力が籠もった。でも、これからはその距離間も考えて、リュンヌと付き合うべきだろうと思い直す。
「それで、あれからソルはずっと、氷の魔女みたいな顔になっていたんだ。本当に嫌われたかと思って、恐かったんだからな?」
「で、ですから! あれは、私もいっぱいいっぱいになって、心に余裕が無くなってしまったせいだって、説明しましたでしょう? どんな顔をすればいいのか、全然分からなくて――」
そう言って、ソルが慌てた顔を浮かべると。アストルは苦笑を浮かべた。
「ああ、分かっている。私もそれを聞いて、安心したから」
さっきの意趣返しのつもりか、今度はアストルがソルの頭を撫でてきた。ソルは唇を尖らせる。
「でも。なあ、ソル。一つ、教えて欲しいことがある」
「何ですの?」
「私も、女心には疎い方なのかも知れないが。ソルのように、感情の制御が上手く出来ないばかりに、素っ気ない態度になってしまうということは、女性にはよくあることなのだろうか?」
ソルはその問いに、小首を傾げ、少し考える。
「さあ? どうなのかしらね? 私は、あくまでも私の事しか分かりませんわ。ですが、私がああなってしまったように。感情を抑えるのに精一杯で。おかしな態度を見せないようにって、取り繕うことに必死で。それ故にかえって素っ気なく見えてしまう態度を取ってしまう。そんな女がいても、おかしくはないと思いますわ」
「そうか。そうかも、知れないな」
どこか、遠い目を浮かべるアストルに対し、ソルは怪訝な表情を浮かべた。
「何か、ありましたの?」
「いいや別に。大したことじゃないんだ。あと、もう一つ訊かせて欲しい」
「ええ」
「もしもだ。もしもの話だ。さっき話した、片翼でいつもつがいで一緒に飛ぶ鳥が、相手を失うことになったとする。残された方は、どうなると思う?」
ソルは、どこまでも広がる青空を見上げた。
「それも、分かりませんわね。その鳥次第だと思いますわ。いつまでも、失った相手を想って飛ばないままか。それとも、新しい相手を見付けて、再び空の向こうを目指すのか。でも――」
「でも?」
「出来ることなら、新しい相手を見付けて、その相手を大事に想って、再び飛んで欲しいものですわね」
「そうだな。その方がきっと、いいんだろう」
アストルも同意し、頷く。
そして二人は、二羽の小鳥が、どこか遠くへと飛んでいくのを見届けた。
リオン「必殺! ジャックナイフスペシャル。ローリングエクエストリズムワンスアポンナタイム!」
リュンヌ「馬でそんな真似するんじゃない! というか、古いわ!」
ソル「ところで、ここでぶっ倒れているのは何ですの?」
リュンヌ「この話を書いている人です。慣れないものを書いているから、そのせいでこんな事に――」
ソル「そんな事で、この先、やっていけるんですの?(プロットを確認しながら)」
リュンヌ「下手に最終話までのネタのイメージが固まっている分、絶望してますね。前々から書きたいと言っていたシーンでもありますが」
書いている奴「(もっとギャグを!)」




