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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第152話:行き過ぎた想いの果て

 放課後。これまで通り、授業が終わったら四人で集まって勉強し、軽く雑談して遊んで。外が暗くなってきたら、二人で女子寮まで下校する。

 ただ、しかし――


「あ、あのだな。ソル。今日は小テスト対策に勉強したわけだけれど。やっぱり難しいな。ソル達のお陰で、何とかなりそうには思うけれど、まだ不安が残るよ」

「大丈夫ですわよ。アストルはきちんと理解していますわ。安心して、自信を持って下さいまし」

「だと、いいんだけどな」

 抑揚の無い声色の返答に、アストルは恐々としながらも頷く。


「そういえば、ソルがお金を出して借りた部屋と建物。火事で焼けてしまったわけだけれど。私からも、お金について手伝おうか? かなりの大金だろう?」

「その申し出は嬉しいですけれど。お気持ちだけで結構ですわ。確かに、痛い出費ではありますけれど、致命的な話ではなくってよ。私が、自分で賄いますわ。心配して頂かなくても、大丈夫ですわ」

「そ、そうか。それなら、いいんだ」

 強張った口調で、アストルは返事をする。


「そういえば、先日。興味があって、リオンに剣術で挑んでみたんだが。流石というか、当たり前だけれど強いな。全く歯が立たなかった。それでも。ああ、あいつは教え方も上手いんだな。色々と教えて貰って、動きを直したりしたら、我ながらぐっと良くなったような気がするんだ。リオンを相手に、少しだけ粘れる時間が増えた。それでも、ほんのちょっとなんだが」

「そうなんですのね」


「あいつの剣術に懸ける情熱は凄いものがある。話を聞いていて、私も男としての魂が疼いてしまうというか。聞き入ってしまうな」

「男の人って、ひょっとしたら、みんなそういうところがあるものなのかしらね。お父様やリュンヌも、リオンと初めて会ったときはそうでしたのよ? お陰で、私はリオンに助けられたお礼を言いたくても、ほとんど蚊帳の外でしたわ」

「ああ、うん。そういうのは、よくないな。私も、ソルと一緒にいるときは気を付けるようにするよ」

 乾いた笑いを浮かべ、アストルは冷や汗を流す。


「それにしても、最近は大分暑くなってきましたわね」

「そうだな。春も終わって、夏に入り始めてきたから。制服も、衣替えする時期になってきたし」

「そうですわね」

「ソルは、夏といえばどんなことを思い浮かべるんだ?」

 アストルの質問に、ソルは少しの沈黙の後、答えた。


「あまり、思い浮かびませんわね。というより、夏は少し苦手かも知れませんわ」

「え? それは、どうして?」

「ソレイユ地方は暑い時期が短いですし。それに、何より――」

「何より?」


「あの、黒い悪魔どもが、これまで以上に湧いて出てくるからでしてよ」

 抑揚が薄いのは相変わらずだが。それでも、どこか、冷たく不機嫌な声がソルの口から漏れる。

 アストルは「そうか」とだけ返し、夕焼け空を見上げた。涙が零れないように。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その翌日。

 アストルはアプリルを校舎裏へと連れだした。彼ら以外に、人の姿は無い。

「アプリル。頼む、相談に乗ってくれ。私はもう、限界だ」

 校舎を背に、アストルはへたり込んだ。組んだ両手を額に押し当てる。


「何だか、そうとうに参っているようだね」

「ああ、参っているよ。夜もまともに寝ていない」

 疲れ切った溜息をアストルは漏らした。


「明日、君のクラスは小テストの日だって聞いているけれど。大丈夫?」

「言わないでくれ。考えたくない」

 アストルは頭を抱えた。


「まあ、確かに小テストといえど、君してみればプレッシャーも半端ないとは思うけどさ。確か、ソルは気分が落ち着く香とか持っているとか言っていたから、頼んで分けて貰ったら?」

「いや待て? アプリル? 君は私が何に悩んでいると思っているんだ?」

「小テストだろう?」

「違う! ソルだ。おかしいと思わないのか」


 アプリルは小首を傾げた。

「ああ。まあ、最近の君達は静かだなあとは思っていたけど。テスト対策のために集中しているなあって」

「静かってもんじゃないぞ? 君のそういうところ、鈍いとは思っていたが。想像以上だな。リコッテと今後も上手くやれるのか、こっちが心配になるぞ?」

 人選を間違えたかと、アストルは軽く後悔した。あとは、リオンに相談してみるという手も考えたが。彼は彼で、やっぱりこういう話には疎そうではあるし、ならば同年代の友人に聞いた方がいいかも知れないと判断した。その結果がこれである。


「何を聞いても、どんな話題を振っても、反応が薄いんだ。無視はされていないけれど、避けられているようにしか思えない。手だって、繋いではくれるけど、ほとんど握り返してはくれないし。それに、何よりもあの声。物凄まじい冷たさだ。もうすぐ夏なのに、猛吹雪の中で遭難している気分になる。魂すら凍り付きそうだ」

 アストルは呻く。


「なるほど。だから、それを何とかしたいと」

「そうだ。力を貸してくれ。私はソルに、どうしたら機嫌を直して貰えるのか」

「まあ、話は分かったけどさ」

 ふぅむと、アプリルは顎に手を当てた。


「そもそもの話として、何かソルを怒らせるようなこと、心当たりがあるのかい?」

 アプリルに訊かれ、アストルの心臓が跳ね上がる。

「それは、その。まあ、うん」

「つまり、あるんだね?」

 目を細めるアプリルに対し、視線を逸らしながらも、アストルは頷いた。


「先日、その。ちょっと色々とあって、勢い余って、強引に行き過ぎたというか。昂ぶる感情を抑えきれなかったというか」

「強引に? 抑えきれなかった?」

「その。してしまったんだ。夜中に、彼女に対して無理矢理に」

 その時のことを思い出してしまい。アストルは耳まで赤くした。


「無理矢理に?」

「恥ずかしながら、私も初めての経験だったから。加減が分からなくて、余裕は無かったんだ。ソルは、抵抗はしなかったけれど。もっと、優しくムードを考えてするべきだったかも知れない」

 アプリルからの返答は無かった。そのまま、アストルは続ける。


「ああいった行為が、独り善がりなのはよくないっていうのは私も聞いたことはある。一方的にじゃなくて、きちんと互いの気持ちを確かめ合った上でやるべきだろうとは思う。ソルに、恐い思いをさせてしまったのかも知れないと思うと」

 と、アストルは気付く。背けた視線を戻すと、アプリルは肩を震わせていた。


「なるほど、つまり君はソルの都合を聞かずに無理矢理したというわけだね?」

「ああ、その通りだ」

「避妊は?」

「避妊? いや、していないが?」

 途端、アストルはアプリルに胸ぐらを掴まれた。


「ふざけるなっ! 僕は君を心底見損なったよ! 嫌がる彼女を無理矢理。抵抗しなかったからってそんな。最低の男だな!」

 その言葉に、アストルは慌てる。


「待てっ!? 君、絶対に勘違いしている。そうじゃない! 君が考えているような真似はしていない! するわけないだろう! キスだキス。キスしかしていない。キスなんだから、避妊とかあるわけないだろう」

「え? キス?」

 拍子抜けしたアプリルに、アストルは何度も頷く。


「当たり前だろう。君、私一体何だと思っているんだ。まだ学生だぞ?」

「ああ、うん。それもそうか」

 安堵の息を吐いて、アプリルはアストルの胸ぐらから手を離した。


「ともあれ、そういう訳だから。いや、何度か謝ろうとはしたんだぞ? しかし、あんな風に冷たい態度を取られると、どうにも恐くて。ほとぼり冷めるのを待つのも考えたけど。さっきも言った通り、これ以上はもう無理だ」

 大きく溜息を吐いて、アストルは肩を落とす。もしも時間を遡って戻ることが出来るというのなら、全力であの時の自分を止めたいと思う。


「アストル。取りあえず、僕から言えることは」

「言えることは?」

 アプリルは、親指を立てて歯を光らせる。


「頑張れ」

「もうちょっと考えてくれっ!」

 心の底から、アストルは訴えた。

アストル「あの、このP ≠ NP 問題っていうのは?」

ソル「ああ、それは――(以下略)」

アストル「暗黒物質・暗黒エネルギーの問題について教えて欲しいんだけど」

ソル「ええ、それはですわね? (以下略)」

アストル「意識のハードプロブレムについての考察なんだけど」

ソル「そうですわね。例えばですけれど(以下略)」


リコッテ「あの? それ、小テストの話じゃないと思うんですけど?」

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