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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第150話:深夜の二人。締め切りに追われる中で

 騎士士官学校から連れ出したリュンヌは、明らかにテンションが低かった。

「まったく。いつまで、そんな顔していますの? 泣きたいのは、私だって同じなんですのよ? 今回の一件で、どれだけの損害が出たと思っているんですの? それに、こういう事になるかも知れないって、前から言っていたでしょう?」


「そりゃまあ。言われていましたし、覚悟もしていましたけどね。でも、本当にこんな予感、当たって欲しくはなかったです」

 これでもう何度目か。ソルの隣で書類を作成しながら、リュンヌは大きく溜息を吐いた。

「私だって、当たって欲しくはありませんでしたわよ」

 これでもう何度目か。ソルも書類を作成しながら、舌打ちする。


「しかし、よくこうなるって分かりましたね」

「別に? 大したことではありませんわよ。私だって、こうしますもの」

「ああ、なるほど。経験者は語るってやつですか。凄く納得しました」

 リュンヌから乾いた笑いが漏れた。


「ただ、これで? これがエリアナの仕業だと確定したというのは、どういうことですか?」

「ごめんなさい。それについては、今は説明出来ませんわ」

「どうしてです?」


「あなたが『知っている』と、それはどうしても態度や行動に、不自然さとして出てきて。そこから、あの女に読まれて困ったことにもなりかねませんわ。ですから、今のあなたには『知らないまま』でいてもらいたいんですの。いずれ、全部終わったらちゃんと話しますわ」

「そうですか。なら、今は聞きません」

 軽い口調で、リュンヌは了承した。


「それにしても、こういうのも少し懐かしい気がします」

「何がですの?」

 夜も遅くなり、すっかり人気が無くなった庁舎の中をリュンヌは軽く見渡した。


「こんな風に、ソル様と二人でこういう仕事をするのがですよ。思えば、随分と扱き使われたというか。鍛えられたというか。そんな風に思います」

「そういえば。そうかも知れませんわね。投資先やら何やらでも、色々と打ち合わせもしたりしていましたわね。それこそ、夜遅くまで」

 その経験もあって、リュンヌの力量についてはソルも信頼している。


「少し、懐かしいですわね。最初の頃は、リュンヌもミスも多かったのに。頑張りましたわよね」

「ええまあ。そうですね。頑張りましたよ。はい」

 ソルは半眼を浮かべた。


「何でそこで、そんなに遠い目を浮かべて、感情を無くした声になるんですの?」

「罰として与えられた吐き薬の思い出が、強烈すぎるからですよ。言っておきますけど。ソル様? 将来、ソル様に子供が産まれても、絶対にアレは躾と称して飲ませたりしてはダメですからね?」

 リュンヌにそう言われて、ソルは首を傾げた。


「何でそこで、そういう反応なんですかあなたはっ!? 冗談ですよね? 冗談でやっているんですよね? その反応。本気で心配になるから、止めて下さいよ?」

 必死に訴えてくるリュンヌに、ソルは少し気圧される。


「し、仕方ありませんわね。あなたがそこまで言うなら――」

「ええ。止めて下さい」

「――最後の最後の手段にしますわ」

 そう答えると、リュンヌは額を机に叩き付け、突っ伏した。


「なんで、そんなにもアレを人に飲ませたがるんですか? 知りませんよ。お子様から仕返しされても」

 リュンヌの言葉に、ソルはふむと頷く。

「飲ませようとしたものが、私が母にしたような毒でない限りは、私は許しますわよ」

「それはまあ、流石に毒を盛られるほどってことには早々ならないと思いますけど。でも、そこまで言うなら、本当の本当に、最後の最後の手段にしてあげて下さいね? 本当の本当に、取り返しの付かない。人としてやってはいけない真似をしたときのような。約束ですよ?」


「分かりましたわ。約束しましてよ」

「そこで、如何にも残念そうな溜息が出てくるのが凄く不安ですけどね」

 やれやれと、ソルは肩を竦めた。


 顔を上げたリュンヌに、ソルは視線を向ける。

「そういえば、話は分かりますけれど。私からも一つ、あなたに対して前から気になっていたことあったんですのよね」

「何がですか?」

 ソルは目を細めた。


「あなた、私に何か、隠していることがあるんじゃありませんこと?」

 ずいっと、ソルがリュンヌの方に顔を近づけると、彼は身を逸らした。

「何ですかいきなり。言っておきますけど、秘戯画集の類いとか、買ってないですからね」

「ああ、それは大丈夫ですわよ」

 軽く、リュンヌは安堵の息を吐いた。


「そっちはもう『分かって』ますもの」

「え?」

 分かりやすく動揺したリュンヌに、ソルはにまぁと笑った。

「大丈夫ですわよ。『分かって』ますけれど、私が訊きたいのはそういう話とは別ですわ」

「どういうことですか?」

 しばし、ソルは人差し指を回し、虚空を見上げた。どう話を切り出したものかと考える。


「あなた、一体いつ休んでいるんですの?」

「はい?」

「リオンやカンセルからも聞いているけれど。騎士士官学校の訓練ってそんなに生易しいものではないわよね?」

「ええ、まあ」

「私が疲れて寝ている時も、家の仕事とかしていたりしましたわよね?」

「そうですね」


「何でそれで、まだそんな余裕がある顔しているんですの? 幾らあなたに体力があるといっても、私の見積もりで考えて人間の限界を超えているはずなんですけれど?」

「そう思っているなら、こんなに扱き使わないで下さいっ!」

 ソル達以外が居ない部屋に、リュンヌの声が響き渡った。


「限界そうなら、そこは流石に加減しましたわよ。非効率的ですもの」

 当然だと、ソルは頷く。

「でも、そうはなっていないから。どこかで休んでいるはずと思っているんですのよね。他にも、吐き薬とかからの回復が妙に早かったりしたときとかあったりもしましたし? でないと、辻褄が合わない気がしますの」

 そこまで説明すると、リュンヌは渋い顔を浮かべつつ、目を逸らした。


「本当に、鋭いですね。ソル様は」

「というと?」

 観念したと、リュンヌは頭を掻いた。


「まあ、実際。その通りです。"裁定を司る者"から与えられた能力で。使えるのは一週間につき1日程度ですが。この世界から隔絶された空間で、休んでました」

「やっぱり、そうだったんですのねっ!」

 ソルはリュンヌを指さした。


「そんな、ズルいみたいな顔されても。その分、僕は今みたいに働かされているんですからね?」

 そう、リュンヌは抗弁するが、ソルはむくれた。自分にも、そんな能力が与えられていたなら、どんなにも良かったことかと思う。

「それに、ほとんど何も無い殺風景な場所です。一面に白い空間が広がっている中に、粗末なベッドが置いてあるだけの」


「本当に?」

「本当ですよ?」

 ソルはリュンヌに更に顔を近づけ、その目を見詰めた。


「あ、目が泳ぎましたわね」

 リュンヌは呻いた。

「さあ、白状しなさい。他には、何があるんですの? やっぱり、秘戯画集の類いか何かですの?」


「違います。そんなのじゃないですから」

「じゃあ、何があるんですの?」

「ナビキャラをやるための。さ、参考資料が少々」

「参考資料? どんな?」


 リュンヌは顔を大きく歪め、ソルから背けるが。

 絶対に逃がさないと、ソルはリュンヌに詰め寄る。経験則から言っても、これは落ちる反応だとソルは確信していた。

 そして、事実。しばらく待つと、リュンヌは落ちた。


「ノベルゲーが、いくつか」

「ノベルゲー? この世界の元ネタのような?」

「そうです。"裁定を司る者"から、与えられて。女性向けの他に、男性向けのものも。ジャンルは色々と。いや、ほとんど休んでばっかりで、ろくにプレイなんて出来ていないですけど」


「あー。なるほど。凄く納得しましたわ」

「納得って、どういうことですか?」

 顔を赤くするリュンヌに、ソルは頷く。

「初めて会ったとき、あなたがノベルゲーについてあんなにも熱を込めて語った理由ですわ」


「別に、いいでしょうっ! 僕も初めてああいう娯楽に触れて、新鮮な面白さだと思ったんですから」

「別にいいですわよ。もう、馬鹿に何てしませんから」

 本人にとっては、秘戯画集以上に恥ずかしかったりするのか。なおも赤面し続けるリュンヌの頭をソルはよしよしと撫でた。


"ソルっ!"


 不意に、部屋の戸が開いて、第三者の声が響いた。

 ソルは驚いて、声の主へと視線を向ける。そこには、アストルが立っていた。

「アストル? どうしてここに?」

「ソルが頼んでいたところに、火事があったことを城で聞いたんだ。それで、ひょっとしたらここに来ているのかも知れないって、心配になった」


「まあ、そうでしたの。今日はあなたも、夜に外せない用事があるって言っていましたのに」

 アストルは、軽くリュンヌへと視線を向けた。

「それは、もう済んだよ。だから、私に遠慮して、彼に助けを求めたのか?」

「ええ。その通りですわ」

 そう答えると、アストルは笑みを浮かべた。


「分かった。それなら、私も手伝おう」

「本当ですの?」

 ソルは胸の前で両拳を握り、目を輝かせた。これなら、明日の締め切りには余裕で間に合うし、徹夜もしなくて済みそうだ。

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