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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第146話:責任を果たす意味と方法

 エトゥルが倒れた翌日。放課後にソルはアストルと共に庁舎へと訪れた。

「急な訪問にも拘わらず、お時間を頂き有り難うございます。オルトラン伯爵」

「いいえとんでもない。まさか、このようなところに殿下がお越し下さるとは。私の方こそ、光栄にございます」

 会議室の中で丁寧に頭を下げるアストルとソルに対して、オルトランもまた恐縮した面持ちで頭を下げてきた。


「しかし、一体何故殿下がこのようなところに? 一体、私めにどのようなご用件でしょうか?」

 オルトランの問い掛けに、アストルは小さく頷く。

「うん。実を言うと私は彼女の付き添いなんだ。君と会うのに、少女が一人でというのは、事情を知らなければ門前払いにもなりかねないし。少しでも、力になりたかったからね」

「と、仰いますと?」

 些かの困惑の色を見せるオルトランに、ソルは静かに笑みを浮かべた。


「お初にお目に掛かります。オルトラン伯爵。私はソル=フランシア。オルトラン伯爵にお世話頂いたエトゥル=フランシアが長女にございますわ」

 その挨拶を聞くなり、オルトランの顔は緊張に強張った。

「そう、でしたか。エトゥル男爵からは、かねてより自慢の娘がいるとは聞いていましたが。こんなにも見目麗しいお嬢さんがいるなら、当然だと思います。ただ、それより、気になるのは――」

 当然、気付くだろう。ソルとアストルの耳でお揃いとなっている徴を見れば。


「うん。彼女と私は、月婚の儀を済ませた仲なのだ」

「なんと」

「なんだ。知らなかったのかい? まあ、確かに私達も公にはしていないのだが。噂で聞いたことも無かったのか?」

「申し訳ございません。殿下がいずこかのご令嬢と月婚の儀をされたとの話は聞いておりましたが。そのお相手に対しては、この耳に入っておりませんでした。エトゥル男爵からも、そのような話は聞いていませんでしたので」


「いや、謝るようなことではない。さっきも言ったが、この件はあまり公にしている話ではないのだ。エトゥル男爵も、それもあってあなたには話さなかったのだろう。せいぜい、学校で少し噂になっている程度の話だよ。それも、最近は少し落ち着いてきたからね。置かれている身によっては、聞いていないのは自然な話だ。気にしないでくれ給え」

 朗らかにアストルは笑った。しかし、オルトランの額からは、蛇に睨まれた蛙の如く汗が滲む。彼は、懐からハンカチを取り出し、額の汗を拭った。

 「随分と素直な反応を見せることですこと」。と、ソルは思う。


「それで、今日私が伺ったのは。父、エトゥルと仕事についての件です」

「ああ。その。昨日の夕方での、宿舎での一件については私も仕事から戻って聞いています。私も、あのようなことになっていたとは気付いていなくて。私も、日々の仕事に追われていて、見舞うことが出来なかったんですよ。あまりにも、薄情な真似をしてしまったと思います。どうか、許してください」


 オルトランは両手を机の上に置いて、深く頭を下げた。

 これが、アストルの姿が無い状態でも同じ態度を取ってくるというのであれば、殊勝な態度だとも思えるが。そこは、確認のしようが無い。

 もっとも、その可能性は低いだろうとソルは思っているが。


「ご家族が王都にいるというのなら、すぐに知らせるべきでした。そこも、不義理だったと思います。本当に、申し訳ない。彼の様子は?」

「私が部屋に押し入ったときは息を飲みましわ。何しろ父は自分の喉に刃物を突き付けて泣いていたんですもの。精神的に落ち着くまで、静養が必要と判断致しました」

 ソルの答えに、オルトランは深く肩を落とし、息を吐いた。


「そうでしたか。彼はきっと、私のことを恨んでいるのでしょうね。勿論、君も。今思えば、追い詰めすぎてしまったかも知れない。私はただ、一日も早くここでの仕事に馴染めるように、したつもりだっただけなのですが」

 深い後悔の色を声に滲ませ、オルトランは項垂れる。

 その様子を眺めながら、ソルは用意されたお茶を啜った。表情にはおくびにもださないまま、内心冷ややかに彼を見詰める。

 彼の本心がどうであろうと、ソルとしてはどうでもいい話だった。彼を許すとか許さないとか、そんな話は眼中に無い。


「オルトラン伯爵。顔を上げて下さい。私は、オルトラン伯爵を糾弾しに来たわけではありませんの。むしろ、父が至らずオルトラン伯爵にご迷惑をお掛けして、こちらこそ申し訳ございませんでしたわ」

 そう言って、ソルは頭を下げた。

「え? あ? ああ。いや、まさか、そんな――」


 こんな切り返しが来るというのは、想像の範囲外だったのだろう。オルトランは少しの安堵をしつつ、明らかに困惑した声をあげた。

 だが、ここで糾弾をするのはソルにとって正解ではない。


 それではただ、アストルという後ろ盾を使い、無理矢理に問題を握りつぶしただけでしかない。ソル=フランシアという少女が、アストルという後ろ盾に頼るだけの少女だという評価に落ち着くのは、これから先、アストルと共に歩む覚悟を持った人間として弱みとなる。

 アストルに相応しいだけの器量を兼ね備えているからこそ、彼の隣に居ることが出来る。そういう評価を周囲に対して示さなければならない。

 それが、ソルの考えだった。


「私がここに来たのは。父の残している仕事の状況を聞かせて欲しいからです。今、どのようになっているんですの?」

「それは、何日も放置されて。あれから、やるべき仕事が回されて――」

「どんどんと積み上がっている。つまりは、そういうことですわね? 締め切りはどうなっているんですの? まさか、部署としていつまでも放置したままでいいという訳では無いんですのよね?」

 重苦しく、オルトランは息を吐いた。口をつぐむ。


「どうなんだ? オルトラン伯爵? 君達は、エトゥル男爵が出来なかった仕事をどうするつもりだというのだ?」

 真剣な口調で、アストルも訊く。


「それは、少しずつ。他の者と手分けをして。いずれ、何とか――」

 しどろもどろになりながら、オルトランは答えになら無い答えを言ってくる。

 その態度にこそ、アストルは深く溜息を吐いた。

 まあ、そんなことだろうとソルは思った。つまり、彼らは溜まった仕事を片付けるつもりは無い。その責任は部署として負うつもりは無く、いずれエトゥルに負わせてしまい追放する。彼らが、溜め込んだ仕事に取り組んで片付けるのはその後。そういうシナリオだと、ソルは推測していた。


 だが、だからこそ、ソルは助かったと思う。ここで、周到に片付けられてしまっていては、その方がソルとしては困る。

 力強く、ソルは笑みを浮かべて見せる。


「分かりました。その仕事、私が引き受けます。私も貴族の娘。父の義務は、私が果たし責任を取りましょう」

「君が? いやいや、とてもそんなすぐには。それに、学校だって。とても、現実的な話とは――」

「ええ、勿論。私一人では無理ですわ。学校も、休むわけには参りません。けれど、締め切りに間に合わせて仕事を納める必要がある。そうですわね?」


「あ、ああ」

「ですから、現実的な手段を取らせて頂きますわ」

「どうやって?」

「外部委託させて頂きますわ。私が私費で雇った人間達に、手伝って頂きます」

 ソルの答えに、オルトランは血相を変えた。


「馬鹿な。外部委託だと? 君は、ここで扱っている書類がどういうものか分かっているのか? 政治の中枢に使う書類を一体何だと思っているんだ。殿下、言わせて頂きますが、幾ら殿下と懇意にされている方とはいえ、このような馬鹿げた提案をされては困ります」

 声を張り上げるオルトランに対し、ソルは優雅に、もう一口お茶を啜った。くすりと笑う。


「何がおかしい」

 睨んでくるオルトランに、ソルは微笑む。

「失礼致しましたわ。ですが、話は最後まで聞いて下さいません事?」

「どういうことですか?」


「機密漏洩についてご懸念されるのは、当然ですわ。各地のお金の動き、人の動き、生産される穀物量や、産出される鉱物資源の量について、情報を欲しがる人間は国内外に幾らでもいますものね」

「ああ、そうだ」

「ですが、聞くところによると父に任された仕事の多くはそれらの数字を纏め上げ、整理するお仕事でしたわ。最後に、分析してその結果を報告するんですのよね?」


「何が言いたい?」

「つまり、書類に記載された数字が何の意味を持つかさえ分からなくすれば、あとは計算方法さえ手順を用意すれば、面倒で低レベルの作業は誰にでも出来てしまうんですのよ。無論、そうするためには原本を外部委託者に渡すわけにはいきませんし。その為に下拵えした部分的複製伝票は、こちらで用意しないといけませんけれどね。でも、その程度の時間なら、私は学校が終わってからでも、こちらに来て作れますわ。用意する職場では、手荷物の持ち込みと持ち出しも管理しましてよ」

 オルトランは唸った。


「オルトラン伯爵? 理想を追い続けて、現実的では無い手段を探し続けた挙げ句に仕事を残し続けることと。現実的な手段に落とし込んで仕事を片付けること。あなたは、どちらが責任感がある態度だと思う?」

 アストルの確認に。悩んだ挙げ句、オルトランは折れた。

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