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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第145話:拒絶の体制

 アシェットが用意した部屋にて。

 ソル達は、エトゥルから仕事での様子を聞いた。寝台の上で横になり、エトゥルが説明する。

「――とまあ、こんな感じだよ。すまない。どうも、上手く話を整理して話せなくて。かなり、分かりにくかったと思う。本当に、オルトラン伯にも怒られてばかりだった。つまり、何が言いたかったのか分からないって」

 恐縮するエトゥルに対して、ソルはふむふむと頷く。


「要するに、お父様は異動して、そのオルトラン伯に色々と教えて貰いながら仕事をしていたんですのね? それも、最初はオルトラン伯と雑談を交えたりするような。そんな感じだったのに、徐々に仕事の指摘が厳しくなり関係も悪化。オルトラン伯から受ける重圧に耐えかねて、お父様は参ってしまったということですのね」

「そうなんだ。いや、本当に面目ない話だけど」

 力無く、エトゥルは苦笑する。


「いいえ、私はそうは思いませんわ。それでは、お父様が倒れてしまうのも、当然ですわね」

 しかし、ソルは首を横に振った。

「それは、一体どういうことだい? ソル」

「お父様。元々いた部署では、ソレイユ地方を含む周辺地方の報告と集計、地域振興策の企画立案をされていたんですのよね?」

「ああ、そうだ」


「そこでは、問題無く働けていたのでしょう?」

「まあね。元々、知っていた情報だって多いし。以前にもやった経験だってある。前にやったときとは、色々とやり方が変わっていたところもあったけれど、それだって分かる手順書は用意されていたから」

「初めて来たときも、そうでしたの?」

「あ、ああ。そうだったよ。それこそ、そのときは全くの未経験だったから覚えることも多くて大変だったけれど。何とかやれた。担当の人が誰かとか、分かっていたから、分からないことを誰に聞けば良いのかとか」


「ですわよね? でも、それと比較して、異動した中央部署ではあまりにも勝手が違いすぎると思いませんこと?」

「それは。まあ、何度も思ったさ。もっとこう、情報が欲しいって。そうすれば、何をどうすればいいのか分かるし動きようもあるのにと。でも、郷に入っては郷に従うという言葉があるように、とにかくそこでのやり方を覚えようとしたんだ」

 エトゥルは顔をしかめた。頭痛がするのか、こめかみに手の平を当てる。


「それですわよ」

 ソルは軽く指を鳴らし、その格好で人差し指をエトゥルに向ける。

 怪訝な表情を浮かべるエトゥルに、ソルは続けた。


「お父様? 誰が何をどう担当しているのかも、最初の自己紹介では無かったんですよね? そういうことを説明したのは、お父様だけ。とにかく、オルトラン伯の下でという話でやっていくということになったんですよのね? 一方で、書類の書き方も元いた部署とは違っていたり、最新の参考資料の在処がよく分からなかったりもした。手順書も用意されていなかった」


「そうだ。まずは、少しずつ。覚えていけば良いって。最初に一気に色々と覚えるのも大変だろうからって、配慮して貰ったんだ」

 ソルは深く息を吐く。そうして、気分を落ち着けなければ、今にも怒鳴り散らしそうな気分だった。

「その一方で『全体の流れを意識しろ』っていうお説教もあったんでしょう? 書類の書き方が違うとか。情報を制限されているお父様が、どうやって与えられた情報以上のものを意識した成果物を用意出来るというんですの?」


「それは、与えられた情報以上の何が必要なのか見えていなかった俺の実力不足で――」

「そんなもの、どこの誰も分かりませんわ。例えば、何の知識も無い状態からクッキーを作るとしますわよ? そこで、材料に小麦粉と砂糖だけをレシピとして渡されて、それで作れと言っているようなもの。それ以外の材料で、何が必要なのかをどうやって思い付けるというんですの? 与えられた情報が全てだと考えるのは当たり前ですわ」

「そうなのか? いや、だけど、しかし――」


「他にも、矛盾した話は色々とありましたわ。『分からないことは何でも聞いて確認すること』と言いながら『これぐらいは自分で推測すること』という話もありましたわね? 基準が曖昧過ぎましてよ。どちらを選んでも、失敗のリスクがあるので動くに動けなくなるじゃありませんの」

「いや、確かにそれは、ストレス溜まったけれど。でも。そこは。ほら? 中央部署の常識というか、そういうものが掴めない俺が、田舎者だっただけということじゃないかな。他の貴族達は、みんな問題無くやれているんだから」


「その常識というものが、つまりは何をどういう根拠で形作られた、どういうものなのか具体的な説明をオルトラン伯に訊いたことはありまして?」

 苦しげに、エトゥルは呻く。


「ああ、恥を忍んで、聞いてみたこともある。けれど、そんな常識を聞かなければ分からないとは、とんだ常識知らずだって罵られたよ。何も言い返せなかった」

「違いますわね。それはただ、常識という言葉で曖昧に濁しただけですわ。答えになっていませんもの」

「しかし、そうは言っても、常識なんて答えようがないんじゃないか? それこそ、人や地域によって違うものなんだから。一定の基準ではあるけれど、どうしても同時に曖昧にならざるをえないというか。すまん、自分で言っていて、常識って何なのか今更ながらに分からなくなってきたよ」

 確かに、とソルは頷く。


「そうですわね。常識なんて、万人に統一した価値ではないのですから、有って無いようなものですわ。でも同時に、特定の範囲のコミュニティでは、共有されるべき基準として存在しているものでしてよ。だから、中央部署というコミュニティの外から来たお父様に、それが無いのは当たり前の話ですし。無いのだから、オルトラン伯はそれを教える義務がありましてよ。何故ならそれは、お父様にとって、その部署で仕事をするために必要な情報ですもの。それを怠るのは、全体の効率に反しますわ」

 エトゥルは呻いた。重く、長く溜息を吐く。

 そんなエトゥルに対して、ソルは更に続ける。


「他にも、聞いた様子ではオルトラン伯の説明も、一度に伝えてくる情報が多すぎるし長すぎましてよ。人が短時間の口頭説明で覚えられるのは、せいぜい5つかそこらの情報ですわ。そんな、要約もしていないものをメモも取れないような早さで説明しておいて、一度に覚えろというんですの? それで、再度聞きに来たらお説教? メモを取れるような早さで説明をお願いするのも叱責? 理不尽にも程がありますわ」

 エトゥルは項垂れる。


「済まない。ソルがそう言って、庇ってくれるのは嬉しいんだけど。俺にはもう、何が何だか分からなくなってきた。凄く、疲れた。頭が、混乱して」

 ソルは頷く。

「そうですわね。私達も、もうお暇致しますわ」


「ああ。もう、外もすっかり暗くなってしまったしな。その方がいい。お前達も、明日はそれぞれの学校があることだしな。今日はゆっくり休みなさい。俺はもう、大丈夫だ。少なくとも、もうあんな馬鹿な真似はしないから。約束する」

「絶対ですわよ?」

「分かっている。約束は、守るよ」

 その言葉に偽りが無いことをエトゥルの瞳の色から感じて、ソルは安堵した。


「でも、それなら俺は一体、どうしたらよかったんだろうな?」

 自嘲気味に、エトゥルはぼやいた。

「それは、どうしようも無かったんですのよ。中央部署に、お父様を受け入れる体制が無かったんですもの。だから、どうしようも無かったんですわ」

 寂しげに、ソルは答えた。

 相手は、エトゥルが状況を打開する方法を丹念に封じていたのだ。エトゥルは、最初から詰んでいた。


「そうか。どうしようも、無かったんだなあ」

 しみじみと呟いて、エトゥルは目を瞑った。そのまま、眠るつもりだと察して、ソル達は部屋を後にした。

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