第12話:順調な学校生活
ソルはノートを閉じた。
時刻はそろそろ寝るような時間だ。
「リュンヌ。いいわよ」
名前を呼ぶと、彼は直ぐに姿を現した。
「失礼します」
「それで? 話とは何かしら?」
リュンヌが机の上にマグカップを置く。温められた牛乳の、甘い香りが漂った。自分のために、用意してくれたらしい。
「いえ、学校生活の話ですよ。ご様子をお聞かせ願いたいと思いまして」
「ああ、そんなこと?」
確かに、学校生活が始まって数日が過ぎた。そんな折に、リュンヌからは「話したいことがある」と言われたのだが。
クラスが違うリュンヌとしては、直に話を聞きたいというのもあるのだろう。
「何も問題ないわ。順調よ」
「そうですか? それなら、いいのですが」
「ええ、勉強も前世で既に知っているような事ばかりよ。それに、このあたりの有力者の子息、子女の顔と名前は概ね覚えました。後は、人柄を探っていくだけです。何が強く、何に弱いか。それを覚えていけば、どうとでもなりますわ」
余裕たっぷりという様子で、ソルは笑みを返す。
しかし、リュンヌは顔をしかめた。
そんな彼の態度に、ソルは眉根を寄せた。
「何ですの? 何か問題でもありまして?」
リュンヌは言葉を選ぶように、こめかみに人差し指を当てた。
「いえ、ご友人とか、出来ましたか?」
「友人?」
「はい」
ソルは小首を傾げた。
「先ほど、私は『有力者の子息、子女の顔と名前は概ね覚えました』と言いましたわ。それに、そうでない輩も相手にして差し上げてます。『男爵の娘』でも、この程度の輩であれば、やはり群がるものですのね。ええ、ちゃんと『仲良く』やれていましてよ?」
ソルはマグカップにある牛乳を飲んだ。寒い部屋に温かい飲み物は、心が落ち着く。
リュンヌは半眼を浮かべた。
「それ、本当に友達って言うんですか?」
「何か違うとでも?」
リュンヌは顎に手を当てて考え込む。
が、頭を横に振った。
「いえ、上手く説明出来ないので、いいです。それと、もう一つ訊きたいことがあるのですが」
「何ですの?」
少し間を置いて、リュンヌは訊いてきた。
「気になる人は、いましたか? 少しは、そう思えそうなお相手は」
ソルは鼻で嗤った。
「そんなもの、この程度の有象無象の中にいるわけありませんわ」
「学校でしか出会って攻略出来ない相手もいるのに、可能性を狭めるというのは、あまりよくないと思うのですが?」
「くどいですわね」
以前にリュンヌが見せた攻略可能な相手。その中には、妥協出来る相手というのはいるにはいるが。少なくとも学校で出会うような男の中にはいないようだった。
そして、本命はやはり彼だ。この国の王子、アストル=レジェウス。前世の想い人に少し似ているというのもあるが、彼となら添い遂げたいと思える。
「こんな片田舎で出会う男に、私に釣り合う相手なんていませんわよ」
そういえば、同じクラスにも、攻略可能な対象として紹介されていた男がいた。だが、町から離れた村の子どもで、あまりにも見窄らしい姿をした男だった。そんなのは、最初から切り捨てている。
「そうですか」
リュンヌは大きく、溜息を吐いた。
彼にしてみれば、適当にでも誰かとくっついて貰いたいのだろうが、譲れない一線というものはあるのだ。
「では、僕から話がしたかったことは、以上です。ソル様からは、何かありますか?」
「別にありませんわ。ただ、ちょっと待ちなさい」
ソルは、ぐいとマグカップの中身を飲み干した。
そして、リュンヌに押し付ける。
「これ、ちゃんと持って行きなさい」
リュンヌは苦笑を浮かべ、姿を消した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
休み時間の校舎を一人で、ソルは彷徨く。
あちこちで、暢気に、間抜け面を晒して雑談に興じる面々。そんな彼ら彼女らの間をすり抜けていく。
不思議なもので、人が集団でいれば、誰がいつ、どんなときは、どこに行ってどんなことをするのか? そういうパターンや棲み分けのようなものが出来ていくものだ。
そして、そのパターンも観察で朧気ながらに見えてきた。
今の時間は、西校舎の端で3番町の町長の娘と、その「お友達」が集まっている事が多い。
この娘は、なかなかに見る目がある。男爵の娘と懇意にしておくということが、どのような意味を持つのかよく分かっている。早々にソルに接触し、友好的な関係を申し出てきた。無論、ソルもそれを歓迎し、関係を続けている。
それは別に、彼女だけに限った話ではないが。
後者の物陰。彼女らからは姿が見えない場所に、静かに佇む。耳を澄ませる。
「はぁ、もう疲れるわ」
「ああうん。分かる分かる。ソル様でしょ? もう、何様って感じ?」
「そりゃ、領主の娘様でしょ?」
「でもさあ。あの態度はねー?」
「私らのこと見下しまくりなのバレバレっていうかさー」
「見た目は物腰丁寧だから、文句も言えないし」
「何て言うか、大変だよねえ。町長の娘って言うのも。あんなの相手でも、印象良くしておかないと困るんでしょ?」
「まったくだわ」
そんな愚痴が、風に乗って聞こえてくる。対して、ソルは薄く笑みを浮かべた。
彼女らはきちんと、己の立ち位置、身の程を弁えて行動している。これからも「お友達」をしてくれることだろう。
そう、それでいいのだ。実に順調な学生生活だ。
確認はした。ならば長居は無用。足音を消して、ソルはその場から離れた。
リュンヌ「ソル様。足音消すの上手いですよね」
ソル「ええ、得意ですわ。色々と、前世で必要でしたから。覚えておくと便利でしてよ?」
リュンヌ「それを何に使ったのかと(半眼)」
ソル「ちなみに、猫の動きから学びましたわ」
リュンヌ「そう聞くと可愛らしいんですけどね」
ソル「心の中ではニャンコ先生と呼んでいましたわ」
リュンヌ「イメージするのがどの作品か、世代によって変わりそうですね」
ちなみに書いている人は、どちらもよく知りません。




