EX27話:父と義理息子
とある休日。
リュンヌはエトゥルと共に、店の奥へと案内された。
地下にある個室へと通され、彼らは部屋のソファへと腰掛ける。
「こんな場所が、王都にあったんですね」
「そうだな。俺も久しぶりに来る。前に来たのは、親父の名代として参勤したときの事だから。もう随分と前の話だ。その頃とちっとも変わっていない」
懐かしそうに、エトゥルはそう零した。
それ程広くはない個室だが、壁には簡素な文様が施されていたり、同じく簡素な調度品が置かれていたりして。どちらかというと日常的な空間を感じさせるような内装である。
部屋を眺めて、少し意外だとリュンヌは感じた。
「どうした? 少し、緊張しているのか?」
「そうかも知れません。何分、このような場所は初めてですから」
エトゥルにリュンヌは苦笑を返した。
「以前に、エトゥル様から教えて貰っていましたが。本当に、看板とかは無いのですね」
「そうだな。別に禁止されているという訳でもないが。あまり大っぴらに宣伝するようなものでもないからな。それこそ、知る人ぞ知る場所という訳だな」
エトゥルは頷く。
「しかし折角だ。ここなら誰の邪魔も入らない。リュンヌ。君とは一度、こうして二人きりで話をしたいと思っていた」
「何でしょうか? 改まって」
エトゥルが浮かべてきた神妙な声色と表情に、リュンヌは少しだけ身を固くする。
「正直に答えて欲しい。君はひょっとして、以前から騎士になりたかったのか?」
穏やかな口調で訊いてくるエトゥルに対して、リュンヌは当惑の表情を浮かべる。
「どうして、そんなことを?」
「いや何。今思えば、君が俺から借りた本は、騎士が出てくるものに偏っていた。それに、この王都の騎士学校への転校にも迷わず挑戦したし。それを認められるだけの剣の腕を人知れず鍛え上げていた。こうして、入学してからも落ちこぼれた様子も無く頑張っていられるくらいにね」
どう答えたら良いものか分からず、リュンヌは押し黙る。
「別に、そのことを責めようという訳じゃない。むしろ、その逆だ。もし、本当に君がそんな夢を持って、俺達に言い出せなかったのだとしたら。すまなかった。辛い思いをさせてしまっていたかも知れない」
「そんな事はありません。どこの誰が親かも分からない、孤児だった自分を引き取って、お屋敷において育てて下さっただけでも望外の幸せです。それ以上、何を望めましょう」
心の底からそう思い、リュンヌはエトゥルに訴える。しかし、エトゥルは首を横に振った。
「いや。確かに、君の言う通りでもあるかも知れない。俺達は、屋敷の主人と使用人。それはその通りだ。けれどなあ。やっぱり、一人の子供をこうして面倒見ていたら、やっぱり情が湧くんだよ。ソル達と仲良くしてくれているのを見ると、もう一人の息子か何かのように思えてくることがある。これはきっと、ティリアも同じ気持ちだろう」
そんなエトゥルの告白に、リュンヌは心臓を鷲掴みにされたような気がした。
思わず、目頭が熱くなる。
「光栄です。まさか、僕をそんな風に思って頂けていたとは」
実際、屋敷に勤めていて。またエトゥルにこうして連れ出されたり、たわいも無い雑談をしたり。本を貸してきたり。そういうところに、まるで父が息子に接しているような。そんなものをリュンヌも感じていた。
「僭越ながら。自分も、本当に父親や母親がいるとしたら、このような感じなのだろうかと。たまに、思っておりました。立場を弁えるべきだと、常々自分に言い聞かせていましたが」
実のところ、リュンヌの前世にも、そのような親子関係というものは無かった。前世の父は、そのような温かい言葉をかけるような人間ではなかった。だから尚更、彼らの温かい接し方は、リュンヌにとって効くものだった。
「そうか。そう思ってくれていて。俺も嬉しい。あと、だからこそすまないと思う。騎士になりたいという夢があったなら、その立場で遠慮させてしまっていたかも知れないとな。気付いてやれなくて、すまなかった」
「いえそんな。そんな風に言って頂けただけで、十分です」
「うん。しかし君は、それでもこうして王都の騎士学校にも入ったんだ。本当に、育ての親として嬉しいし、自慢に思うよ。それと、俺としても救われた気がする」
しみじみと、エトゥルはそう言ってくる。
「ところで。なあ、リュンヌ? お前は、ソルが殿下とお付き合いしていること、どう思う?」
「どう? とは?」
質問の意味がよく分からず、リュンヌは首を傾げた。
「別に、どういう意味でもいいさ。上手くいきそうかどうかとか。実はちょっと嫉妬しているとか。現実感が湧かないとか。何でもいい。どう思っているのか聞きたい」
「と、言われても」
しばし虚空を見上げて、リュンヌは考えた。
「上手くいくかどうかでいけば、上手くいって欲しいです。あんなにも可愛らしいというか、乙女しているソル様を見るのは僕も見ていて嬉しいですから。実際、ここに来る前に僕とエトゥル様はソル様に会ったわけですが。お話を聞いた限り、交際も順調そうですしね。このまま、結ばれる可能性は高いと思っています」
確か、この後はアストルと城内でデートだとソルは言っていた。今日は天気がいいので、先日に出来なかった薬草収集をするのだそうな。
エトゥルには言えない話だが。また今日は夜中に呼び出されて、惚気話を聞かされるに違いない。
「実は、ちょっとくらい嫉妬とか無いか? いや、相手が王太子だってのは分かってる。物凄く出来たお方だというのも分かっている。でも俺は、父親としてそこはやっぱり複雑なんだよ」
そう言って、エトゥルは少し拗ねた表情を浮かべた。そんなエトゥルに、リュンヌは微苦笑を漏らす。
「そうですね。エトゥル様のお気持ちは、僕も少し分かる気がします。僕が騎士に憧れたのも、ソル様を守りたいという思いがあったように思います。ソル様だけではなく、エトゥル様達お屋敷の人達みんなに対してですが」
そういう意味では、カンセルが一時期やっていたように、警備隊に就職するというのも一つの道かと考えていたこともある。
「ソル様にとって、僕がどういう存在かは分かりませんが。傍にいた人間として、ソル様を支えてきたとは思います。それが、手を離れるというのは嬉しくもあり寂しくもある。そんな風に思います。僕が、支えることは無いのだと。いえ、騎士学校を卒業して、もし近衛兵になれたら。この先もお守りすることは出来るでしょうし。それが僕の夢です」
照れくさそうに、リュンヌは笑う。
「そうか。それなら、いいんだ」
エトゥルは優しく言ってきた。しかしどこか、寂しげなものにも聞こえた気がして。それがリュンヌの心に少し引っ掛かった。気のせいだろうと、忘れることにしたが。
と、そこでノック音が部屋に響いた。
「お待たせ致しました。本日ご用意させて頂くのは、こちらになります」
戸を開き。仮面を被った店員が、底に小さな車を取り付けた本棚を部屋の中へと入れてくる。
「ご苦労様」
エトゥルが店員に頷く。
「それでは、ごゆるりとお買い物をお楽しみ下さいませ。私は、これにて失礼致します。お時間になりましたら、お迎えに参ります」
恭しく一礼して、店員は部屋の外へと出て行った。
無言で立ち上がり、彼らは何冊か本棚から長机の上へと持っていく。
「リュンヌ? 分かっていると思うが、予算は限られている。後悔することの無い一品を選んでくれ給えよ?」
「肝に銘じております」
彼らは目の前の本を開いた。めくるページを食い入るように、頭に焼き付けるが如く読んでいく。
なお、それらに書かれているのはいずれも、うっふ~んであっは~んでいや~んな内容だった。エトゥルとリュンヌは唸る。これらは、屋敷にあるどの秘戯画集とも、勝るとも劣らない一品のようだった。
これは、選ぶのは相当に難しそうだとリュンヌは思う。
要するに、ここは秘戯画集のお店である。品定めをするとき、知り合いに見つかったりして気まずい思いをしたり、それで弱みを握られたりということが無いように、こういうシステムとなっている。
やらないだろうなあと思っていたら、まさか再び出ることになったエロ本ネタ。
ソル「ふ~ん」
ティリア「へ~?」
リュンヌ「いや? 仕方ないでしょう。これも、男の付き合いなんですってば」
エトゥル「しょうがないだろう。だって男なんだもの!」
……仕方ないんですよ? だって、男なんだもの。
男って何だかんだで、こういうので友情を育んだりする生き物なんです。