第133話:らしくない少女達
放課後。何となく、その日はいつものメンバーで図書館に集まっても、ソルはどこか勉強に集中出来なかった。
「ソルさん? 今日は朝から一体どうしたんですか? 何か悩み事でも?」
なので、どうしても、ふとした拍子に上の空になる。そして、そんな態度を何度も見せていれば、こうしてリコッテに気遣われるのも無理はないと思う。
「ああうん。本当に、何でもないんですのよ? リコッテには、何度も言いましたけれど」
「ええ、何度も聞きましたけど」
不満げにリコッテが唇を尖らせる。彼女にしてみれば、秘密を打ち明けてくれない。友情をそんな風に蔑ろにされているように感じているのかも知れない。
その様子から、少し険悪なものを感じ取ったのか。アストルとアプリルが困ったように顔を見合わせるのが、ソルの視界の片隅に入った。
ソルは軽く嘆息する。いい加減、何も話さないという訳にもいかなさそうだった。
「分かりましたわ。でも、本当に私が悩んでいるとか、困っているとか。そういう話ではないんですのよ? ただ、気になるものを見たっていうだけで。黙っていたのは、あまり言い広めるような話じゃないと思ったから。それだけですわ」
「というと?」
「今朝、急に風紀委員達が持ち物検査をするようになりましたわよね?」
「そうだね。抜き打ちだったから、僕も驚いたよ」
「私もだ」
アストルとアプリルが頷く。
「そのとき、生徒会長も持ち物を没収されていたんですのよ」
「エリアナが!?」
アストルが目を見開いて驚く。彼にとっても、相当に意外なことだったようだ。
「ですわよねえ。私も、あの方は堅物で、そういうものは間違っても持ち込まないような人だと思っていたから。少し意外でしたの」
「ああそうだ。エリアナは、とても真面目な子だ。そんな、おかしなものを持ち込むような子じゃない」
昔からの知り合いだからだというのもあるだろうが。アストルは狼狽した様子を見せた。
それ程にまで、彼の中にあるエリアナ像とはかけ離れた真似だったという事だろう。もっとも、彼ならずとも、ソルを除いたほとんどの生徒にとっても、そうだろうが。
「そうね。私も別に、そこまで変なものを持ち込んでいたとは思いませんわ。普段なら、風紀委員も見逃していたでしょうから」
「何を持ち込んでいたの?」
リコッテが小首を傾げて訊いてくる。
「遠目で見ただけですから、よく分かりませんけれど。片翼を模した、何か装飾品みたいなものですわ。それをどうしても預けないといけないという事になって、泣きそうな顔を浮かべたというのも、らしくないですけど」
「ふうん? 確かに意外と言えば意外かも知れないけれど。会長にもそういうものが一つや二つ、あっても不思議ではないんじゃないかな?」
「まあ、そうですわね。ある意味では、エリアナにもそういう人間らしいところがあったっていうことで。それだけの話だと思いますわ」
アプリルの言葉にソルも同意する。
「それから、風紀委員の方でも? それに続く形で、修羅場みたいなものを見てしまいましたの」
「そういえば、風紀委員については、私も最近様子がおかしいとは聞くな。それと関係あるのか?」
「ひょっとしたら、関係あるのかも?」
顎に人差し指を軽く当て、虚空を見上げてソルは続ける。
「風紀委員の委員長と副委員長。確か、エドガーとスーリエって言ったかしら? その二人が、エリアナのものを預かる際に、やり過ぎじゃないかとか、そんな感じで揉めていたのよ」
「あの二人が?」
今度は、リコッテが目を丸くした。
「ええ? だって、あの二人。ソルさんは転校してそんなに日が経っていないから知らないかもですけど。仲がいいって評判なんですよ?」
「みたいですわね?」
その情報は、ソルも早々に押さえている。それなりに興味がある話ではあるが。これが何に使えるかというと、そういう類いの情報にはならなさそうだと判断して、それ以上を探るのは止めていたが。
「最近の噂だと、近頃の風紀委員のやり方ってスーリエが主導しているって聞きましたけれど。どうやらそれは、あの様子だと本当みたいですわね」
あと、風紀委員の中でも女子生徒達はスーリエの味方で固まっており、エドガーを初め男子生徒達が異を唱えても、強硬に言い負かされてしまうという状態らしい。
噂の出所は、そんな状態に疲れた男子生徒の風紀委員による愚痴だった。「俺だって辛いんだよ」とでも言って同情を買わないと、反発を訴える生徒達相手に活動は難しいのだろう。
「スーリエに対しては、エドガーもらしくないって思っている節がありそうでしたけれど。彼女に何かあったのかしらね? リコッテは、何か聞いていなくて?」
ソルの問いに、リコッテは首を横に振る。
「私にも、分からないわよ。私が知っているのは、あの子が最初は割と不良っぽい感じで、エドガー君に度々注意されては衝突していたけれど。それが段々と変わっていって。何を思ったか、風紀委員に入って。気付けば恋人同士になっていたっていう話。恋愛物語の王道っぽい話だけど。当時の風紀委員達は、明らかに意識しあっている癖に、なかなかくっつかない二人にそうとうやきもきしていたって聞くわ」
「ふぅん?」
ソルは肩を竦めた。
「でもまあ結局。私が気になっていた話っていうのは、こういう、あれこれ考えても仕方のない話なんですのよ。どうせあれが何か、エリアナにとってどんな意味を持つかなんて分からないですし。私に関係ある話でもないですし。風紀委員についても、あれこれ口出し出来るものでもないんですから。そこまで分かっていても、ついつい気になってしまっっていた。それだけの話ですわ」
「なるほどね。何にしても、ソルが困ったりしていないっていうことが分かって、私も安心したよ」
そう言ってアストルは安堵の息を吐いた。その割りには、彼もどこか、何かが引っ掛かったような目をしていたような気がしたが。
「それはそうと、リコッテ?」
「はい。なんですか?」
ずいっと、ソルは机に上半身を乗り出し、目を光らせた。
「さっきの、スーリエとエドガーの話、詳しく聞かせてくれませんこと?」
この二人の情報について、深掘りを止めたことをソルは後悔した。
こんなにも面白そうな恋バナが眠っていたというのなら、それは是非とも聞いておきたい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その晩、ソルはリュンヌを部屋に召喚した。
「――と、いう訳なんですけれど。あなたはどう思いまして?」
「いや、どう思うとか言われましても?」
リュンヌは頬を指で掻く。
「少なくとも、学校で妙なことが起きているなあとは思います。これが、誰の手によるもので、何を目的としたものかは分かりませんが、警戒はしておいた方がいいと思います。まあ、僕に言われるまでもなく、ソル様のことですから既に気を付けておられるとは思いますが」
「やっぱり、そうですわよね」
「不安ですか?」
リュンヌの問いに、ソルはしばし考える。
「そうですわね。全く不安が無いと言えば、嘘になりますわね。これが、エリアナの手で私を狙った企みか何かなら、私は何とでも対処出来ますわ。でも、エリアナの様子から見て、それはあり得ない――」
持ち物検査でスーリエが自分に対して見せた、さっきの籠もった視線をソルは思い出す。
「でも、仮にスーリエが私を狙ったとして。その理由が皆目見当が付きませんわね。私、あの子と全然接点が無いし、恨まれるような真似をした覚えもありませんわ? そういう、不確定要素がはっきりしないのは、どうにも落ち着きませんわね」
「不確定要素があるから、どう陥れられるか、予測が付かないと?」
ソルは首を横に振る。
「そんなわけないじゃありませんの? そういう不安はありませんわ。相手が誰だろうと、どんな手段だろうと。私は防いで見せますわよ?」
「だと思いましたよ」
リュンヌは半眼を浮かべつつ、納得した声を上げる。
「相手がスーリエでも同じ事でしてよ。そういう手口に対しては幾らでも予測が立ちますし、対策済みでしてよ。ただ、もしそれであの子を追い詰めることになったとして、私はどうするのが正解なのかしらね?」
不確定要素があるから、相手に対してどう接するべきなのか答えを導き出せない。それが、不安だ。
ぼやくソルに対して、リュンヌはしばし虚空を見上げる。
「ソル様は、その子をどうしたいんですか?」
「それが、分からないから困っているんですのよ?」
そう、眉根を寄せてソルはリュンヌに訴えるが。
リュンヌは何故か静かに、そして嬉しそうに笑ってくるだけだった。