第132話:持ち物検査
その日、ソルは登校するなり、眉をひそめ半眼を浮かべた。
校門が混雑している。どうやら、その様子を見るに、風紀委員達が手荷物検査をしているようだった。
「とうとう、あの子達ここまでやるようになりましたのね」
肩を落とし、ソルは嘆息した。
「順に並んで」「協力をお願いします」と言った声に従い、生徒達が列を作って並んでいる。その列にソルも加わった。
ここのところ、あんなにもチェックが厳しくなっていたというのに、それでもまだ不要なものを持ち込もうとする生徒はいるようだった。
友人同士で貸していた娯楽小説や、友人あるいは恋人に贈るつもりだった焼き菓子などが没収されている。
その様子を見ながら、「アストルにクッキーでも焼いて贈るのはよさそう」とか、ソルはそんなことを思う。ひょんなところでネタを貰えたものだ。
過去の経験から、クッキーは親密度を高めるのに大きな武器になるとソルは学んでいる。
と、ソルは目を細めた。
ソルが並ぶ列の先にいる風紀委員が自分の姿を認めた瞬間、突き刺すような視線を感じた。
気のせい? かと、ソルは小首を傾げる。栗色の長い髪を持つ、その女子生徒に対して何か恨まれるような真似をした覚えは無い。
そもそも、接点が無い。学校の中で、どの生徒がどんな立ち位置なのかを把握しておくという意味で、彼女が風紀委員の副委員長で、スーリエ=ルスコゥという名前だということくらいは知っているが。
それで覚えていた情報と比べて、何となく違和感を感じる。
そして、ソルの順番となった。
「盗難事件の防止の為、協力をお願いします。学業に不要なものは預からせて貰います。他に、財布とかも希望すれば預からせて貰います」
事務的。というよりも、もっと冷えた、感情を押し込めた平坦さを彼女の口調から感じつつ、ソルは疑問を口にする。
「分かりましたわ。預かって貰ったものは、どうするんですの?」
「責任を持って、私達が管理します。風紀委員用の部屋にある金庫に保管します」
なるほどと、ソルは頷く。
そして、おもむろにソルの手からトランクを奪おうとするスーリエに対して、その手を拒絶した。
「何か?」
スーリエが冷えた口調で訊いてくる。
「いえ。私、あまり自分の持ち物を他人に触られたくはないんですのよね。中身は指示して頂ければその通りに見せますから、それでよろしくて?」
「直接触られると、何か困ることでも?」
「逆に、直接触らないと、困ることでもあるんですの?」
ソルの問いに、僅かに気色ばむ気配は見せたが。説得力のある理由は思い浮かばなかったのか、承諾した。
ソルは近くに置かれた机にトランクを置き、指定の手順に従って留め金を外した。トランクを開いて、脇に立つスーリエに中身を見せる。
「これでいいかしら?」
「中身を取り出して貰ってもいい?」
「いいですわよ」
そう言って、ソルはトランクの中から教科書を取りだし、机の上に置く。トランクの中身は、それで空だった。
「なるほど。特に変わった物は持ち込んでいないようね。次は、簡単なボディチェックだけれど、そっちもお願い」
「分かりましたわ」
ソルがそう言うと、スーリエは手早くソルの服を何カ所か掴んだ。
「はい。いいですよ」
「ええ。ご苦労様」
スーリエに軽く労いの言葉を掛けて、ソルは教科書をトランクに仕舞った。
面倒だとは思うが、思っていたよりは早く介抱されてソルは安堵する。
"ちょっと待って! お願い。それだけは勘弁して下さいまし!"
校門を通り抜けようとしたところで、悲鳴が聞こえてきた。何事かと、思わずソルは振り返る。
「お願い。お願いだからそれだけは。スーリエ! あなたからも何とか言って下さい。こんな突然。こんな話、私聞いてなくってよ」
悲鳴の主はエリアナだった。
今にも泣きそうな顔を浮かべる彼女の姿に、ソルは驚きを覚える。
「会長。分かって下さい。学校の治安維持のためなんです」
「そんな事いきなり言われたって、納得出来ませんわ」
周囲のざわめきなど聞こえないかのように。いや、事実聞こえていないのかも知れない。エリアナは明らかに取り乱して、嘆願する。
そんな彼女に、スーリエが近付いていく。
「スーリエ? あなた、来てくれたのね。ねえ? あなたからも言って頂戴。これは私にとって、本当に大切な物なの。あなたなら分かるでしょ? だから、許して」
騒ぐエリアナに対して、スーリエは沈痛な表情を浮かべつつも首を振った。スーリエのその素振りを見て、エリアナの顔が絶望に染まる。
「ごめんなさい、エリアナ。それがあなたにとって、本当に大切な物だっていうことは分かっているよ。でも、お願い。分かって頂戴。ほんの少しの間だけ、預からせて貰うだけだから。我慢して欲しいの」
スーリエの言葉に、エリアナはがっくりと項垂れる。
「なあ、スーリエ? 流石にこれは、やり過ぎじゃないか? 君の言い分も分かるし、正しいことを言っているとは思うよ。けれどさ――」
「エドガーは黙ってて!」
スーリエの金切り声にエドガーと呼ばれた少年は目を丸くする。名前から照合するに、確か彼は風紀委員長だったはずだと、ソルは思い出す。
これまで、彼の下で風紀委員は締めるところは締めながらも、比較的穏当に学校の風紀を維持していた。それは、彼の穏やかで各個人の事情や気持ちを大事にする性格によるところが大きいというのが、もっぱらの評判だった。
スーリエもはっとした表情を浮かべた。
「ごめんなさい、エドガー。私、そんな。怒鳴るつもりじゃなくて」
「それは、まあ。うん。分かっているけど」
弱々しい声で謝罪するスーリエに対して、エドガーは苦笑を浮かべる。
「でも、ごめんねエリアナ。こればっかりは、どうしても特別扱いをするわけにはいかないの。あなたも、生徒会長なんだから、分かって?」
頼み込むスーリエに、エリアナは項垂れたまま、肩を震わせる。
そして、逡巡した後に口を開いた。
「――分かりましたわ。よろしく、お願いしましてよ」
「ええ。これは、責任を持って預からせて貰うわ。約束する」
エリアナがそこまで執着する物に興味が湧き、ソルは目を細める。
エリアナは鞄から片翼を模した、装飾品らしき物を取り出し、スーリエに手渡した。