第130話:入り込む余地
楽しかった観劇が終わってからというもの。
ソルは、不機嫌さを押し殺しながら目の前の茶番に付き合っていた。
観劇の後は、劇場の関係者達に労を労いつつ、アストルと劇の感想をゆっくりと語り合う予定だった。しかし、急に彼に入った仕事だとかで、アストルは王城に帰らなくてはいけないことになってしまった。
それだけでも残念なのだが、だったらソルも帰るかというとそうはいかない。上流階級の付き合いとして、ある意味ではアストルの名代として劇場関係者達と挨拶をしなければいけないのだ。
それだけであれば、こういう立場に生まれ育った者の義務として理解出来るし。アストルの名前を傷付けないだけの立ち振る舞いをしてみせようとも思っていた。
あれだけの劇を見せてくれた人間達であるなら、アストルと一緒にいる時間には及ばずとも、楽しい語らいが出来るものだと期待もしていた。
で、あるのだが?
これはまた、一体どういう事かとソルは落胆した。
気付けば。というか、本人達にしてみればさりげなくのつもりなのかもしれないが。ソルにとっては露骨だった。
当初の誠実な雰囲気はどこへやら、十分かそこらで、女性の関係者達は一人消え、二人消え。ソルの周囲を美形の男達が囲むようになっていた。
しかも、それらの男達が歯の浮くような台詞でソルを褒め称えるのだ。
接待のつもりだとしても、あからさますぎるだろうと思う。まさか、これが逆に残っているのがアストル一人だったとしたら、美女や美少女ばかりを彼に宛がうつもりだったのだろうか?
確かに、世の中にはこういう持て成しに弱い人間というのはいる。かく言うソルも、前世ではこういう手段を使ったクチだ。
だから、往々にして世の中にはこういう事もあると理解しているし、否定もしない。とてもじゃないが、今さらそんな潔癖なことは言えたものじゃないと思っている。
実にソル好みの容姿をして、台詞回しと素振りで囲んでくる男達と語らいながらも、ソルとしては興醒めだった。
これが、今の自分が特定の相手を意識していない人間であったならば、さぞかしこういう持て成しは、理解していたとしても心地よい気分になったのかも知れない。
しかし、流石にこれ以上は、こんな茶番に付き合い続けるのも面白いことにはならないだろう。そう、ソルは考えた。
「ねえ? そろそろ、あなた達の本気の演技というものを見せて頂けません事?」
愉しげに笑うソルの笑顔を見て、男達の表情が変わった。
それでいい。と、ソルは思う。そんな仮面は、とっとと剥ぎ取らせて貰いましょう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カーテンを閉じた薄暗い自室に、ノックの音が響いた。名乗ってくる友人の声に、エリアナは入室を促す。
「――それで? どうでしたの? あの女の様子は?」
エリアナの問いに、彼女は言い淀んだ。
その気配だけで、エリアナは結果を悟り、ベッドの上で落胆する。
「そう。分かりましたわ。面倒を掛けてしまいましたわね」
「ごめんなさい。私達の力が及ばなくて。気付かれたということは無いと思うけれど。でも、みんな頑張ってくれたのに、あの女はまるで靡く素振りがなかった。それどころか――」
「それどころか?」
「『舞台の演技は素晴らしかったけれど。こういう演技はまだまだだ』だとか言っていて。演技指導をしてきたわ。反発を試みた者もいたけれど、結局は誰も逆らうことが出来なくて。一度は引き上げた女優達も呼び出されて、稽古が始まったわ。その時の演技や上達ぶりを見て、その方があの女は楽しんでた。団員のみんなも、そっちの方がやる気が出て、段々と熱が入っていったわ」
「なるほど。劇団の人達には、無理をさせてしまったとは思っていたけれど。そこまで、足りませんでしたの」
「エリアナ? ほ、他にも理由はあると思うの」
「言ってみなさい」
深呼吸を一回挟んで、彼女は言ってきた。
「相手は、殿下よ。劇団の男達も素敵な人達だけれど。殿下と比べて、あの女にとっても、入り込む余地なんて難しかったということじゃないかしら?」
その言葉に、思わずエリアナは吹き出した。
「そうね。確かに、言われてみればその通りかも知れませんわね。殿下に心を奪われて、他の男に心が傾くのは、難しいですわね」
くっくっ。と、エリアナは口元に手を当てて笑う。
「エリアナ? 話は変わるけれど。 その? 大丈夫? まだ、眼は痛いかしら?」
「大丈夫ですわ。この調子なら、明日には学校に行けると思いましてよ」
針を刺されたかのように痛み、赤く腫れ上がった眼の状態も、大分元に戻った。だから、そんなに心配しないで。と、エリアナは友人に頷いた。上手く、笑えたとは思えないけれど。