第128話:ソルとリコッテの秘密のお茶会
その日のソルは、学校が終わるとリコッテの家を訪れた。
いつもなら、アストルやアプリルと一緒に図書館に集まるのだが、生憎とアストルは公務があるという話だった。
アストルがいないと、勉強会もいまいちまとまりに欠けるという理由から、それは無しになった。代わりに、リコッテが招いてくれたのだった。
王都の中でも、上流階級の人間達が住まう一角に、彼女たちが住む家はあった。建ち並ぶ家々の中では、比較的小さく古めかしい家ではあるが、平民階級の人間達が住む家に比べたら、遙かに立派な家だ。
リコッテに促されて、ソルは彼女の部屋へと入る。
「今日はお招き、感謝しますわ。リコッテ」
「ううん。いいんですよ。私が、ソルさんとこうして色々と話をしてみたかっただけですから」
「そうなんですの? 私、アプリルと二人きりになれる機会を邪魔してしまったかと思っていたんですけれど」
ソルの言葉に、リコッテは微苦笑を浮かべる。
「そんな事考えていたんですか? 大丈夫です。気にしないで。確かに、アプリル君と一緒に過ごすのも素敵ですけれど。それは、ちゃんとそういう時間を作れますから」
「そう? なら、いいんですけれど」
ソルは軽くリコッテの自室を眺める。クローゼットが少し多めに見えるが、それを除けばソレイユの屋敷にあるソルの自室とあまり変わりが無いように思える。
リコッテは壁に沿って置かれたソファに腰掛ける。
「ソルさんも、こっちに来て座って」
「ええ、では遠慮なく」
頷いて、ソルはリコッテの隣に座った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
お茶と菓子を持ってきたのは、リコッテの家に長年勤めてくれているという老メイドだった。
「お嬢様と、仲良くして下さい」と、嬉しそうに目を細め、深々とお辞儀をしてくるメイドに、ソルもまた笑顔で「こちらこそ、喜んで」と返した。
どことなく、照れくさそうな表情を浮かべるリコッテの気配を感じつつ、それもまたソルは微笑ましいものだと思った。
「それで? ソルさん? 今度の休日はアストル様とデートな訳ですけれど。どこまで考えているんですか?」
「え? どこまでっていうと?」
不意を突かれた質問に、ソルは目を丸くする。
「リコッテに教えて貰った、話題の演劇を見に行って。一緒の時間を過ごすつもりですけれど」
「それだけですか?」
「え? ええ?」
「それだけで、満足なんですか?」
「それは? まあ? あの方と一緒にいられるなら、それだけで私は満ち足りた気持ちになれるんですもの?」
ソルは小首を傾げる。
一方で、リコッテは安堵と呆れが混じった溜息を吐いた。
「なるほど。ソルさんは貞淑な淑女ですねえ」
「何で、そんな引っ掛かる言い方をするんですの?」
「ではつまり? 前回の初デートでは何も無かったということなんですね?」
「ぬえっ!?」
リコッテの問いに、ソルは頓狂な声を上げた。
ここに来て漸くリコッテがどういう事を聞いているのか理解した。
「なっ!? ななななななな? 何もあるわけないでしょう? まだ初デートですのよ? 雨も降っていて、用意して頂いた実験小屋でお話ししたり、ボードゲームやカードゲームしていただけですわ。だいたい、リオンが護衛に付いているんですのよ? そそ、そんな変な真似、出来るわけないでしょう?」
「あらあら、ソルさんったら真っ赤になっていますね」
「煩いですわ」
「では改めて、今度のデートではそこのところ、どう考えているんですか?」
「こ、こういう話をしたくて私を招いたんですの?」
「まあまあ、折角だからと思って?」
ソルは呻く。
確かに、女同士二人きりでもないとこういう話がしにくいものはある。リコッテにしてみても、興味がある話なのは理解出来るが。
それなりの時間を逡巡して、ソルは口を開いた。
「その。手を繋げるようには、なりたいですわね」
「キスとかは?」
「ま、まだ早いですわ。それは? アストルがそこまで求めるなら、私としても拒みはしませんし喜んで応じるつもりですけれど? あ、アストルには、絶対に内緒ですわよ? そういうのは、ちゃんと然るべきときに、そういう雰囲気になったらですわ」
「そう言いつつ、実は物凄い妄想をしていたりします?」
「していないですわっ!」
嘘である。
リコッテの問いの意味を理解した瞬間から意識してしまい、リュンヌが隠していた秘戯画集のあれやこれやのシーンが、ソルの頭の中で次々と渦巻いている。これも全部、リュンヌの奴のせいだと、彼女は怒りを覚えた。
「それじゃあ。今度はソルさんがどういうシチュエーションとかが好みなのか興味あるんだけれど。あ、ちょっと待っててくださいね」
そう言って、リコッテはソファから立ち上がり、クローゼットの一つへと向かった。彼女はクローゼットを開いて、棚の上に置かれたいくつかの箱の奥へと手を伸ばす。
そういう所に隠すものの存在に、ソルは心当たりがあった。リュンヌが使っていた、ブツの隠し方と同じだった。
「もし、嫌だったら遠慮なく言ってくださいね? 一応。あの、これはちゃんと、女の子向けですから。少しは安心して欲しいんですけど」
顔を赤らめながら、リコッテは数冊の本を抱えて持ってくる。
口では色々と言いながら、ソルも興味が無い訳ではない。いや? 別に? だから、それを目的にリュンヌの部屋を漁ったり、男性向けのそういう本だと知りつつも、じっくりと鑑賞していたつもりは無いのだが?
女性向けとなると、またどういうものになるのか?
ソルは強く興味をそそられ、ゴクリと喉を上下させた。
数時間後。
リコッテ「このヘタレ王子攻め、騎士受けはどうでしょうか?」
ソル「いいですわね。でも、こっちのショタ君総受けシチュも捨てがたいですわね」
リコッテ「分かってますねえ。では、こちらの無自覚イケオジ鬼畜攻めでチャラ男敗北ものは?」
ソル「捗りますわ」
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リュンヌ「腐ってやがる」
ソル「ホモが嫌いな女子なんていませんでしてよ?」
リュンヌ「それ、あくまでも、そういう趣味を持つ人の個人的見解に過ぎませんからね?(マジレス)」