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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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第125話:襲撃に震える夜

 それは、アストルとのデートから数日後の事だった。

 ソルはこれまで通りの、穏やかな学園生活を過ごし、これからもこんな時間が続いていくものだと思っていた。


 だから、油断していた。これまでの人生で、理解していたはずだった。こういうときこそ、目の前に落とし穴が用意されていて、落とされるものなのだと。

 学舎から、寮の自室に戻り、扉を開けた途端に、ソルは全身を強張らせた。汗が噴き出る。

 ここは、彼女の自室だ。自室ということは、招かれざるものは存在してはならない、言わば聖域に等しい。


 そんな聖域に、そいつらはいた。

 あまりにも酷い冒涜に、ソルは目眩を覚える。これが、何かの夢か間違いであることすら願った。しかし、残酷にも目の前の光景は、これが現実だと訴えてくる。


 平べったく、楕円形をした黒光りする、ソルにとっての宿敵。黒い悪魔。

 でっぷりと育ったそいつらは、ソルが確認しただけでも、床に一匹。机に一匹。更には壁にも一匹。我が物顔で聖域を這い回っていた。


「嫌あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」

 ソルは顔を両手で挟み、あらん限りの声で叫んだ。

 その声は、女子寮中に響き渡った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その晩。呼び出したリュンヌに事の顛末を説明すると。彼は何とも言えない微妙な表情を浮かべてきた。

「何ですのその顔は? 何か文句でもありまして?」

「いえ、ソル様があの虫のことを嫌っていることも、だからといって他の生徒のところに泊めて貰う訳にもいかなかったことも、重々承知しているので、特に文句は無いです。僕がここにいることで、ソル様が安心出来るというなら、その役目を果たすことも、ある意味では甲斐性なのだろうなとも思うので」


「じゃあ、何が不満なんですの?」

 ソルは目を吊り上げ、不機嫌にリュンヌに問いただす。

「もうちょっとこう、守るなら、張り合いのある相手とかじゃダメだったのかなあというか。僕が剣術を覚えた意味って、果たして何だったんだろうかとか。そんな事を思っただけです」

「何を馬鹿なことを言っているんですの?」

 ソルは半眼を浮かべ、嘲笑した。


「リュンヌ? あなた、ひょっとして剣術だけが自分の価値だとでも思っているんですの? だとしたら、とんだ勘違いですわよ?」

 その言葉を聞いて、リュンヌは笑みを浮かべる。


「まあ、確かにその通りですね。剣術というのは、僕が持つ一面でしかない。それ以外の要素が、今は求められているということなのでしょうから」

「そうですわよ。他にも、薬の実験台とか。特に吐き薬を嫌がる道化役とか。その他雑用処理とか。色々と、あなたにしか任せられない役目はあるんですのよ?」

「改めて言われると。酷くないですか? 特に薬の実験台。これ、寿命が縮んでいる気がしてならないです」


「人体には無害ですわ」

「それ、あり得ないですからね? いくら、原料に過去の知見があるからと言っても、毒と薬は表裏一体ですからね? 何の副作用も無いとか、そんなこと無いですからね? ソル様、勉強しているからよくご存じでしょう?」

 リュンヌの訴えに対して、ソルは両耳を手で塞いで、聞こえないふりをした。


「本当に、この人は」

 嘆息混じりに、リュンヌは呟く。

「でもまあ、ソル様のご要望は分かりました。要するに、ソル様が寝るまで、僕はお側にいて奴らが出てこないか見張っていればいいんですね?」


「違いますわ」

「あれ?」

 リュンヌは小首を傾げる。


「私が寝て、起きるまでの間ですわ。私が寝ている間に、奴らが出てきたらどうするんですの」

「僕に徹夜しろと? こっちもこっちで、修練で疲れているんですけど?」

「流石に、そこまでは言いませんわよ。そこの椅子に座って、仮眠を取るくらいは許しますわ」

「なるほど。それならまあ。でも、連日は勘弁して下さいよ? まあ、流石にこの有様で、奴らが再び現れるとも思えませんけど」

 そう言って、リュンヌは部屋を見渡す。


 今、ソルの部屋には黒い悪魔用の罠と、殺虫団子が大量にばらまかれている。それこそ、足の踏み場も無いくらいに。これらは騒ぎの直後に、ソルがバラン達の商会に駆け込んで、在庫から持ってきたものだ。

「子守歌でも、歌いましょうか?」

「結構ですわ。子供扱いしないで下さいまし」

「畏まりました」

 軽く顎に手を当てて、リュンヌは笑う。


「じゃあ、私はもう眠りますわ。後は、よろしく頼みましたわよ」

 欠伸をして、ソルはベッドの上で横になり、布団を被る。

「はい。お休みなさい。ソル様」

 瞼の向こうで、明かりが消えたのをソルは感じた。リュンヌが椅子に座るのを聞き取る。


「でも、ソル様。一つだけよろしいでしょうか?」

「なんですの?」

「ご事情はよく分かりますし、僕のことを信頼してくれるのは嬉しいですが。こういうのはいずれ、僕ではなくアストル王子にお願いする話だと思います。その事だけは、忘れないで下さい」

「ええ。大丈夫。忘れていませんわよ。それに――」

「それに?」


「あなたが、何冊も秘戯画集を隠し持っているばかりか、意識もほとんど無い私の唇を奪うような男だったって事も、忘れていませんわ。ちゃんと、警戒していましてよ」

「あれはあくまでも緊急措置です。ノーカウントだって、ソル様が言ったんでしょうが?」

「そうでしたわね」

 少しだけ慌てた口調のリュンヌをソルは愉快に思った。

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