第124話:初デートは雨宿り
いざ、アストルとのデート当日になると、生憎の雨だった。
季節の変わり目で、天気が安定しないというのは、ソルも知っている。しかし、よりによってこんな日に雨にならなくてもいいだろうにと、ソルは少しだけ残念に思った。
「雨は、止みそうにないな」
「そうですわね」
ソルの隣で、雨音を聞きながら、アストルが言ってくる。その声色から察するに、彼も落胆を隠し切れていない。
二人は、薬草採集という名のデートの為に落ち合った、城内の小屋で足止めをされることとなった。そして、この様子だと、恐らく雨は一日中降り続けることだろう。
「ここは、想像していたのと違って、随分と片付いていますわね」
「ああ。元々はそれほど手入れされていなくて、乱雑な状態だったと聞いているが。ソルが使うから、掃除をしてもらった。昔にここを使っていた王族が書き残した手記なんかは書庫に移してある。竈や釜、本棚のようなものだけ、ここに残してある」
「私のために、そこまでして貰って、ありがとう。アストル。嬉しいわ」
「他に、必要なもの。それとも、いらないものがあったら、遠慮なく言って欲しい。対処するから」
「そうね。思い付いたら、またお願いさせて貰うと思いますわ」
「こうなると、ソルの研究に必要な薬草とかも、集めて貰うよう頼んでおくべきだったかな」
「それも、よかったかも知れませんわね。私も、失念していましたわ」
唇に指を当てて、ソルはくすりと笑った。
ソレイユにいた頃は、視察や交渉のために、採集に時間をあまり割けなくなってからは、領民達に伝えて採集して貰ったものを買い取ったりもしていた。
こんな事も見落とすあたり、随分と舞い上がっていたものだと、ソルは自嘲する。また同時に、そんな理由に気付いて、どこか気恥ずかしくも嬉しくなる。
ああつまり、こんな自分でも、また、こんな風に人を想えるのだと。
「ソル。もしも、退屈していたらそう言ってくれ。何か、退屈凌ぎの方法を考えるよ」
「あら? そんな事を考えていたんですの? そんな心配は無用ですわ。こんな風にとりとめもない話をして。ときには会話も途切れて。何か思い付いたらまた話す。ただそれだけ。あなたと一緒にいる。ただそれだけで、私は結構、楽しいんですのよ。それとも、アストルはそうじゃありませんの?」
「まさか。そんな訳が無い」
穏やかに言いながら、アストルは首を横に振った。
「でも、リオンはひょっとしたら、退屈していないかしら?」
ふと、ソルは少し離れたところに立つリオンに声を掛けた。
城内とはいえ、敷地内には茂った森もある。そういった所に行くとなれば、迷う可能性もある。また、有ってはならないことだが、人気の無い場所に襲撃者の類いが潜んでいるという可能性も有り得る。
そういった用心として、リオンが護衛に付いてきていた。
「私なら大丈夫ですよ。ソル様。殿下とソル様が仲睦まじくされているお姿を見ているだけで、飽きませんから」
笑みを浮かべながら、リオンは答えてきた。
「そう? ならいいんですけれど。あ、そうそう。そういえば私、あなたにも聞いてみたかったことがあるんですのよ?」
「何でしょうか?」
リオンは小首を傾げる。
「あなたが、私達の作った化粧品をここで知り合った女官に頼んで試して貰っているって。そう、カンセルから聞いているんですけれど? 今、どうなっているんですの?」
「どうなっている? とは?」
「その女官との仲ですわ。進展はありましたの?」
ソルの問いに対し、リオンは顔をしかめた。
「あら? まさか、破局したんですの? 悪いことを聞いたかしら? ごめんなさい」
「いえ。そういう訳ではありません。そもそも、私と彼女はそういう仲ではないと思うので」
「そうなの?」
「はい。その通りなのですよ。ソル様のご期待に沿えなくて、申し訳ありません。良き友人として、お付き合いさせて頂いているとは、思いますが」
微苦笑を浮かべながら、リオンは謝罪してきた。その回答に、ソルは少し残念に思う。
「ほう? リオンの中ではあれが良き友人。なのか?」
ソルが横目を向けると、アストルは半眼をリオンに向けていた。
「な、なんですか殿下? その含みのある言い方は。俺達は断じて、そんな疚しい付き合い方はしていませんから」
「そうやって、君達が分かりやすく動揺する程度の付き合いになって、どれだけ経っていると思うんだ。いい加減、観念しろと言いたい」
ほほう? と、ソルは目を光らせ、アストルへと身を乗り出した。
「アストル? その話、詳しく聞かせてくれません事?」
「ソル様っ!?」
リオンの悲鳴が小屋の中に響く。
止まない雨音の中で、彼女らはリオンの恋を肴に盛り上がった。