第121話:エリアナ=ジェルミ
2025/09/09
イラストを入れました。
ソル達が通う学校も休み期間が終わり、新学期が始まることとなった。気候の関係で、ソルがそれまで通っていた学校よりも、開始が早い。
もっとも、ソレイユ地方の学校はその分、夏の休み期間が短いのだが。
ソルは、アプリルやリコッテのいるクラスへと編入されることとなった。欲を言えば、アストルと同じクラスになりたかったのだが、クラスは担任教師の都合から、学年が代わっても大きく入れ替えられることが無く、ソルを受け入れられる余裕があるクラスは、そこくらいしか無いのが理由だろう。そう、アプリルやリコッテから聞いた。
「この春から、皆さんと一緒に学ぶ転校生が来ました。アプリルと同様に、ソレイユ地方の出身です。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」
如何にも教育の経験豊富そうな、温和な好々爺然とした担任に紹介され、ソルは教壇からクラスメイトに頭を下げる。
クラス中から、好奇の視線が集中しているのをソルは感じた。
特に、男子生徒だ。女の子の転校生となると、好奇心はいたく刺激されるらしい。曲がりなりにも上流階級の子息のはずだが、この反応は見ていて、かつて共に学んでいたクラスメイト達と大差無いように思えた。
そして、少なくない割合の女子生徒は、そんな男子生徒達を冷ややかに見ていた。
ソルは、にこやかに笑う。
「ソル=フランシアですわ。先生にご紹介頂いた通り、ソレイユ地方から参りました。アプリルとも、元々はクラスメイトで、共に切磋琢磨した仲でしてよ。どうぞ、私とも仲良くして下さると、嬉しいですわ。よろしくお願い致しますわ」
ゆったりと、気品を感じさせる仕草で、ソルは頭を下げる。
軽い拍手と共に、ソルは迎えられた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
転校した生徒に対する通過儀礼という奴だろう。
休み時間になるなり、早々にソルはクラスメイト達に囲まれた。色々な事を訊かれる。
ソレイユ地方での生活。当時のアプリルとの関係。最近話題の、ソレイユ地方製の化粧品については、ソルが興した事業によるものだと知れると、相当に驚かれ、また称賛を浴びた。
お試しで、ということなのだろうが、注文も入った。それについては、バランに伝えて融通が利くか確認すると答えた。
ただ、リコッテも使用しているのを知らなかったのかというと、それがソル達の仕事による物だと知っていたのは数人のみ。そして、アプリルからの贈り物だと知っていたのは、リコッテを除けば一人もいなかった。
どうやら、リコッテが曖昧に隠していたことで、彼女が極秘ルートか何かで何とか入手出来たものだと認識されていたようだ。まかり間違っても、あのアプリルからの贈り物などということは無いだろうと思われていた。
ここでも、この男はそういう認識なのかと思うと、ソルには面白かった。でも、確かに、あの偏屈で奇特な感性の少年に、そんな甲斐性があるなどとは、思い付かないだろうと思った。
しかし、それ以上に耳目を集めたのは「月婚の証」である赤い耳飾りだ。ソルが既にそれを身に付けていることに、結構な割合の男子が落胆を隠せなかった。「お生憎様」と、ソルは内心で彼らに伝える。
相手の男はどんな男なのか? いつから付き合っているのか? 相手のことをどのように想っているのか? 月婚の儀の様子はどんな風だったのか? これもまた、質問は尽きなかった。
ソルは出来る限りのことをは答えたものの、「アストルと付き合っている」という事だけは、恥ずかしいからもうしばらくは秘密にしておきたいと誤魔化した。質問者達からは、相当に食い下がられたが、やがて根負けして諦めてくれた。
どうせ直ぐにばれる話だとは思うが、そのしばらくの間だけでも、秘密を持っている優越感に浸りたかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
放課後。ソルは早速、アストルと待ち合わせている図書室へ向かおうとしたものの、担任教師に呼び止められる。
「生徒会?」
どういう事かと、ソルは首を傾げて訊くものの、詳しい要件については彼も伝えられていないようだった。一緒に行こうとしたアプリルやリコッテにも訊いてみたが、そういう事は無かったらしい。思い当たる節が無いと。
ただ、アストルを待たせても悪いので、事情を説明するように彼らに頼み、ソルは生徒会室へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何これ? と、ソルは半眼を浮かべる。
生徒会室に入るなり、冷えた空気を彼女は感じ取った。
「よく来てくれましたわね。ソル=フランシアさん。私は、生徒会長のエリアナ=ジェルミ。歓迎しますわ」
癖の無い長く艶やかな黒髪と、青灰色の瞳を持つ少女が名乗りを上げた。
「ええ。何でも、私に御用だと伺ったので」
でも、これはとても歓迎と呼べる雰囲気ではないだろうとソルは思う。
エリアナと名乗った彼女は、部屋の奥で一際立派な机に着いていて、その脇に並んだソファには、様々な役職を担う生徒達が座っている。
上から見下ろせば、ソルを食らわんと大きく開けた口のような形を彼女らは作っていた。それが一様に、目が笑っていないのだから、威圧感が強い。故に「歓迎」などとはとても思えなかった。
もっとも、別の意味で「歓迎する」という意味なら、その通りなのかも知れないが。
「それで? 私に用とは、何ですの? 生憎と、人を待たせているので、あまり時間を取られると困ってしまうのですけれど」
「それもそうですね。なるべく、手短にいきましょう」
エリアナは薄く笑みを浮かべた。
「ソル=フランシアさん? あなた、その耳が示している通り、月婚をしていらっしゃるのね?」
「ええ、その通りですわ」
「お相手を教えて下さるかしら?」
「それは、ちょっと?」
秘密を堪能したい。ソルは目を逸らして、誤魔化す素振りを見せた。
そんな彼女に、エリアナは吐き捨てるように嘆息した。
「アストル=レジェウス王太子殿下。ですわね?」
冷えた声色で、エリアナは正解を言ってきた。ソルは僅かに目を細め、エリアナに向き直る。
「どうして、お気づきに?」
「あなたがその耳飾りを付けて来たように、あの方も耳飾りを付けて来ました。早々に、噂になっているんですのよ? 今はまだ、そこまで広まってはいないようですけれど」
「驚きましたわね。生徒会というのは、生徒の恋愛事情なんてものも、情報収集の対象としているんですのね?」
皮肉を込めて、ソルは言ってやる。
「別に? 私達も、いちいち、野次馬のように誰それが付き合っているだのどうだのという話を追ったりはしませんわ。ただ、他ならぬ王太子殿下の話ともなれば、まるっきり気にしないわけにもいきませんわね。この私も貴族。この国に忠誠を誓い、国政の中枢を担うジェルミ公爵家の娘としては」
なるほど。と、ソルは合点がいった。
遅かれ早かれ、こういう話はあるだろうとは思っていた。存外、早かったとは思うが。
「要するに、エリアナ様はどこの馬の骨とも知らない田舎貴族の娘が、本当にアストルの月婚相手として相応しいのか、彼の健やかな学校生活を送る妨げにならないか。それが気掛かりだということですのね?」
「アストル?」
これは、エリアナの声ではない。生徒会の別の少女が発した声だ。はっきりと、怒気を孕んだ声だった。
その少女以外からも、声は出さずとも、強く批難する雰囲気が滲み出ている。
もうちょっとは、こういうのを隠す努力しなさいよとソルは思う。
「あの人からも許しを得ているんです。お互いのことを名前で呼び合おうって。その方が、より親密に感じられるからって」
「そうですか。なら、結構です。ただ、あまり人前ではされない方がいいと思いましてよ。余計な敵を作りたくは、ないでしょう?」
「それはそうですわね。では、私にどうしろと?」
ソルが訊くと、エリアナは優しげに微笑んだ。
「ええ。そこで提案です。あなた、生徒会に入りません? 悪いようにはしませんわ。聞けば、転入試験でも非常に優秀な成績を修めたそうですわね。生徒会にとっても有益な人材となってくれると期待していますの。生徒会に入れば、私達が後ろ盾となって、そんなつまらない敵からあなたを守ってみせます。殿下に相応しい淑女になれるよう、サポートも致しますわ」
エリアナの提案に、ソルは少しだけ考えてみることにした。
リュンヌ「流石に、12話の頃とは違うんですね」
ソル「く、黒歴史を思い出せるんじゃありませんことよ(赤面)」
リュンヌ「それで、生徒会から呼び出しって、今度は何をしたんですか?」
ソル「言い掛かりも甚だしいですわ。まだ何もしていませんわよ?」
リュンヌ「『まだ?』 これから、何をする気なんですか?」
ソル「あなたねえ!」