第117話:リコッテ=シルデン
昼食を挟んで、そこからまたしばし話して、予定時間を大きくオーバーしてソルはアストルと別れた。この別れをソルは名残惜しく思った。
王城の門前で、エトゥルやリュンヌに対しても別れる。エトゥルは同僚となる別の貴族と共に。リュンヌはリオンと共に、それぞれのこれから住むところへと向かった。
ソルは馬車に乗って、アプリルとその恋人と共に、学校の寮へと向かう。到着したら、彼らに学校について簡単に案内して貰う予定だ。
「久しぶりだね。ソル。元気そうで、何よりだよ」
にこやかに、アプリルが笑って言ってくる。
「久しぶりですわね。アプリル。あなたも、元気そうで何よりですわ。でもあなた、ひょっとしてアストルに対してもそういう言葉遣いをしているんですの?」
「しているよ」
それが何か? と、言わんばかりの口調で返してくるアプリルに、ソルは大きく溜息を吐いた。本当にこいつは、変わっていないようだ。
「じゃあ、他の生徒に対しても、そういう口調なんですの?」
「そうだね。そうなる」
「今通っている学校って、あなたを除けば、ほとんど貴族や裕福な家庭の子が通っているのではなくて? そんな調子で、大丈夫なんですの?」
「最初は、結構絡まれたかな。アストルと一緒に行動することが多くなってから、そういう事も無くなったけど」
「あなたの、その世渡りを全く意識していないかのような態度は、本当に、一体どこから出てくるんですの?」
小首を傾げるアプリルに、ソルはもう、苦笑いを浮かべるしか無かった。
「ソルさん。アプリル君は、以前からこうだったのですか?」
アプリルの隣に座っている少女が、聞いてくる。
「失礼。念のため、あなたの名前を伺ってもよろしいかしら?」
ソルが訊くと、灰色味が強い髪を持つ少女は、小さく頷く。
「私の方こそ、申し遅れました。私は、リコッテ。リコッテ=シルデンと申します。アプリル君の同級生で、学校が始まったら、ソルさんと一緒の学校に通う者です」
「ああ、やっぱりあなたがリコッテなんですのね。アプリルが書いて送ってきた手紙から、そうだと思っていましたけれど。私も、自己紹介が送れましたわね。ソル=フランシアですわ。よろしくお願いしますわ」
「はい、よろしくお願いします。ソルさん」
柔らかく微笑んで頭を下げる彼女を見て、ソルはふと顎に手を当てる。
ソルの視線に気付いて、戸惑ったようにリコッテは首を傾げた。
「あの? ソルさん。私が、どうかしましたか?」
「いえ? あなたがどうっていう話ではないのですけれど」
もう一度、ソルはリコッテを軽く眺める。
「何がどうして、あなたのような子が、よりにもよってアプリルと恋人になるのか不思議に思ったんですのよ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
少し硬くした声色で訊いてくるリコッテに対して、ソルは軽く笑って、首を横に振る。
「誤解させてしまったら、ごめんなさい。決して、不釣り合いだと思っているわけではありませんわ。むしろ、同郷の友人として、アプリルを想ってくれていることは素直に嬉しくてよ。特に、アプリルは周囲と衝突しやすい性格だと私は評価しているから、彼の中身を理解して想う子が現れてくれたっていうのは、ホッとしましたわ」
「ソル? それだと、まるで僕のことを変人か何かのように言っているように聞こえるんだけど?」
「自覚なさい」
不満の声を上げるアプリルに、ソルはぴしゃりと言い放った。
「だから、少し不思議だったんですのよ。アプリルを好きになるような女の子って。どんな人なのかって。アプリルから送ってきた手紙には、あなたに対する惚気がたっぷりと書いてありましたけれどね」
「アプリル君が?」
「ええ。あなたに、私達が作っている化粧品をプレゼントするために送ってきた手紙と、そのお礼の手紙ですわ。でも、そのほとんどが、化粧でより綺麗になったあなたがどうのこうのと。そんな内容でしたわよ」
「そ、そうだったんですか」
真っ赤になって、リコッテは俯く。そんな彼女の姿を見て、ソルはくっくっとほくそ笑んだ。
「あなた。可愛い反応をなさいますのね」
そんな彼女に、ソルは好感を覚える。
「だろう? リコッテは可愛いんだ」
「お黙り」
すかさず興奮した声を上げるアプリルに対して、ソルはにべもなく言い放つ。
「聞かせて貰っても、よろしくて? あなた達、どちらから交際を申し込んだんですの? 私が知るアプリルは、そんな真似が出来るとはとても思えない朴念仁ですし。あなたのような可愛らしい上流階級の子が、アプリルに惹かれて、本気でお付き合いをするに至ったというのなら、どこがどういう流れでそうなったんですの?」
ソルの印象としては、リコッテは儚げな雰囲気を纏った、いかにも深窓の令嬢といったものを感じている。ソル自身は、彼女がアプリルと釣り合っていないとは微塵も思っていない。それでも、こんな少女が片田舎の貧乏農家の息子と交際していると知れば、身分の差などから問題視する人間は少なくないだろう。むしろ、その方が普通かも知れない。そう、ソルは考えている。
「それは、私の方から言いだしたんです」
「そうなんですの? アプリルの出自も知った上で?」
「はい。学校で噂になっていましたから」
リコッテは頷いた。
「何が、切っ掛けなんですの?」
「何がっていうか――」
リコッテははにかむ。
「アプリル君って、いつも真っ直ぐなんです」
「知っていますわ」
「はい。他の人達に絡まれても、アストル王子に対してもいつも全然態度を変えなくて。誰に対しても同じ接し方で。それが、彼の誠実さの表れで。それが、凄いなって思ったんです。私だったら、挫けていたと思うから。それで、気になって目で追って、近くで学べるものもあるかも知れないって思っていたら。そう、なってしまったんです」
「僕もさ? 流石に驚いたんだよ? こんな僕のどこにリコッテみたいな子がって。最初は、何かの冗談だって思っていたんだ。リコッテも、どこかよそよそしい態度に見えたし。でも、それでも付き合って欲しいと言われたのは確かだったし、なら僕に出来る精一杯で応えたいって思ったんだ」
「はい。そんな風に応えてくれるアプリル君が、私は嬉しくて。好きになっていったんです」
「なるほどね」
この二人については、アストルからも色々と聞いている。妬けるほどに熱い仲なのだと。
「なら、参考までに、普段どんな風にお付き合いしているのか、教えてくれませんこと?」
「はい、いいですよ。喜んで」
笑って、リコッテは頷く。
「でも、私の方からも、アストル王子とどんな話をしていたのか。教えて下さいね? ソルさん」
「ええ、勿論ですわ」
ソルは大きく頷いた。