第115話:王都到着
約半月の時間をかけて、ソル達一行は王都へと到着した。
ソル達が住んでいた屋敷の二倍ほどの高さを持つ壁が、街をぐるりと囲んでいる。そして、その壁が囲む土地も非常に広く、地平線の彼方まで途切れていなかった。
これは、ひょっとしたら前世で過ごした世界の王都よりも立派なものかも知れない。ソルは素直に感嘆する。
身分証を提示し訪問理由の説明を門で済ませ、壁の中に入ると、ソルがこれまで過ごしていた故郷よりも遙かに都会的で洗練された建物が建ち並んでいた。
舗装された道を馬車や人力車が行き交い、その脇では生活感に溢れながらも、それでいてどこか品や清潔感を感じさせる衣服を身に纏った人達が歩いている。
「ここは、相変わらずだなあ」
「お父様が、前に来たときも、こうだったんですの?」
ソルは、馬車で隣に座っているエトゥルに訊いた。
「そうだ。確か4年前だったかな。王都にどれだけ通いやすいのかにもよるから、喚ばれるのはもうあと数年は無いと思っていたんだけどなあ」
あまり気乗りしない口調で、エトゥルがぼやく。
各地方の領主は、概ね5年から10年程度の感覚で王都に喚ばれ、そこで1年ほどを過ごす。その間に、それまでの各地のこれまでの状況や今後の展望について報告する。また、同時に中央の情勢を共有するためにも、諸々の仕事を手伝うことになっている。
情報を共有しやすい、王都から近隣の領地。あるいは、来るのが手間で変化に乏しい辺境の領主だと、喚ばれる間隔は割と空くことが多いため、5年も経たないうちに喚ばれることになったというのは、エトゥルとしては想定外だった。これまでの例から考えると、ソレイユ地方の領主はほぼ10年の間隔だった。
「やっぱり、私達が薬や化粧品を作って売り始めたことも、お父様が喚ばれた理由かしら?」
「もしかしなくても、それもあるだろうね。一番の理由は、ソル。お前を招くついでにという事なんだろうけど。何しろ、この数年で結構大きく変わってきたからなあ。大企業の次期社長が注目してくるくらいだし」
エトゥルは大きく溜息を吐いた。
「この旅に出るときからそうでしたけど。お父様、浮かない顔ですわよね。何かそんなにも心配なことでも?」
「いや? 別に心配というわけじゃないんだけど。俺、根っからのソレイユの人間なのか。あんまり王都って居心地良くないんだ。仕事ではもっと格上の領主の人達にも囲まれて仕事するわけだし。前も、そんな悪い人達はいなかったんだけど。気後れするんだよなあ。胃が痛い」
「気分を落ち着けるお香と、胃薬を差し上げますから、それを使って下さい」
「うん」
やれやれと、ソルは肩を竦めた。
「もし許されるのであれば、事業の件は私の方が当事者なのですから、説明が必要なときは私も同席した方がよろしくて?」
「そうだね。その時はお願いするかも知れない。助かるよ」
そう言って笑顔を浮かべる父の姿を見ながら、ソルは「これは同席しないとダメね」と判断した。恐らく、エトゥル一人でもこなすことは出来るだろうが、不安は残る。
「でも、本当に明日からは、離れて暮らすことになるんですのね」
「そうだな。同じ王都で暮らすことにはなるけれど。俺は領主向けの共同宿舎に。ソルは学生寮に。リュンヌは王都の騎士士官学校の方の学生寮に移ることになる。今日が、同じ宿で寝泊まりする最後の日だ」
ソレイユ地方からフランシア家一行が来たことは、既に門番を通して王城へと伝えている。宿で一拍して、翌日の午前に登城してアストル王子と挨拶をする。その際、ソル達と知己であるアプリルやリオンも同席することになっている。
その後は、ソルはアプリルとその恋人に案内されて学生寮に向かう。リュンヌはリオンの案内で騎士士官学校へと向かう。エトゥルは、王都にいる間は同僚となる人間に案内されて共同宿舎へと向かうことになっている。
と、エトゥルはソルの頭に手を乗せ、軽く撫でてくる。
「お前のことだから、そうそう無いと思うが。寂しくなったら、いつでも言いなさい。飛んで駆けつけるから」
「もう。そんな、小さな子供じゃないんですのよ?」
とは言いつつも、ソルはその手を払いのけようとはしなかった。大きく温かい手の平の感触は、心地いい。
「でも、そうですわね。私の学校や、お父様のお仕事が休みで都合が付くときは、ときどきは会うというのもいいかも知れませんわね」
「そうだな。だが、その一方で、お前は殿下とデートに出かける休日の方が、多くなるんじゃないか?」
「あら。確かにそれもそうですわね」
「だろう?」
二人で、笑った。
「そういえば、お父様はお母様をどんな風にデートに誘っていたのかは、聞いたことがありませんでしたわね。どうでしたの?」
「えっ!? 何だ突然? そういう話は、ティリアの奴から何度も聞いているんじゃないのか?」
にぃっと、ソルは悪戯っぽく笑った。
「ええ。何度も聞いていますわよ。でも、今日はお父様の視点から見て、何をどう考えていたのかを知りたいんですのよ。参考までに」
「やれやれ。参ったな」
エトゥルは照れくさそうに、頭を掻く。
「分かった。じゃあ、宿に着いたら教えてあげるよ」
この両親は、エトゥルが恥ずかしがり屋だったせいで、最初から上手くいっていたとは言えなかった。ティリアからの惚気話を聞く限り、ソルにはそう判断することしか出来ない。
けれど、それでも二人はときに衝突もしながらも、こうして一緒になっている。
多分、自分とアストル王子とも、最初からすべてが上手くいくとは限らないだろう。そう、ソルは思っている。
だからこそ、父の話を聞きたいと思った。アストル王子と一緒に、彼らのような関係を築くためにも。