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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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EX25話:この雪が解けるまで

 この日は、ソルはセリオを屋敷に招いていた。

 ソルはセリオに自分が知っているクッキーの焼き方を教え、セリオはソルに彼女が知るマドレーヌの作り方を教える。少しでも、お互いのことを覚え、思い出すことが出来る様に。

 焼き上がった菓子を持って、二人はソルの部屋で歓談する。菓子は小さな机に置いて、二人はベッドに並んで腰掛けた。


「流石はソル様。お上手ですね。このマドレーヌ。美味しいです」

「そういうセリオの方こそ。私が教えたクッキーを見事に再現していますわ」

 お互いに、菓子作りについては覚えがあるが、その経験は見事に活きた。二人は菓子の出来に満足し、互いを褒め合う。

 また、分量的には二人の分だけを作るというのも難しいので、残りは家族に差し入れしている。


「でも、本当にソル様。王都に行ってしまわれるんですね。しかも、王子様とお付き合いして、行く行くは結婚して王妃様になられるんですよね? ソル様ってやっぱり凄いって思います」

「本当にそうなるかは分かりませんわよ。まだ、肖像画を見て頂いただけに過ぎませんし。いざ、会って頂いたら、期待と違ったって思われてしまう可能性だって、ありますもの」


「そんな事、絶対にありませんよ。王子様がソル様に会われたら、本当に素敵な人だって思うに決まっています」

「だと、いいのだけれど」

 恥ずかしそうに、ソルは頬に手を当てて笑った。


「でも、こんな事を言ってしまうと良くないのかも知れませんが。やっぱり、私は少し寂しいです。ソル様には、幸せになって欲しいですけれど」

「そうね。私も、寂しいですわ。でも、だからこそ、こうしていられる時間を大事にしたいって思いますの。決して、忘れることが無いように。なるべく、あなたと会える時間も作りますわ」

「そうですね。雪が解けて、ソル様とリュンヌさんが旅立たれるまでの間は」


 二人は頷く。

 長く、いつまでも続くと思っていた冬も、終わりが近付いている。相変わらず雪は降っているが、その頻度と量は少しずつ減り、寒さの和らぎも感じることが多くなっていった。


「そういえば、リュンヌさんの剣術の方は、どうなんですか? この前、カンセル様っていう騎士様と試合をするって聞きましたけど」

「それなら、勝ち越したらしいですわよ? 一緒に行ったルトゥが証言しているから、多分本当でしょうね」


「ああ、やっぱり。あれはリュンヌさんの話だったんですね? うちのお客さんからも、そんな話を聞いたんです。警備隊に勤めているお馴染みさんが、母さんにそんな事言っていて。カンセル様も、物凄く強いのに、あんな歳でカンセル様から勝つことが出来る少年がいるなんて、信じられなかったって」

「本当に、驚きですわよね」

 両腕を組んで、ソルはしみじみと頷いた。


「ひょっとしてソル様。ご存じなかったんですか?」

「いえ。決してそういうつもりは無くて。薄々、強いんじゃないかとは思っていたんですのよ? 私だって、悪漢からリュンヌに助けられたことはありますし? でも、どうしてもそういうイメージが結びつかないんですのよね」

 以前には、リオンに対して勝てるはずも無いと言ったこともある。そのときは、リュンヌはかなり機嫌を損ねていたが。そのくらいには、当初の印象としては想像付かなかった。


「何がそんなに、ソル様の中でリュンヌさんをそういうイメージにさせるんですか? やっぱり、いつも一緒におられると、色々と見えてきてしまうっていうことなんでしょうか?」

「そうかも知れませんわね。私にはどうしても、いくら成長して立派な殿方になったとしても、愚図で泣き虫で甘えん坊だった子供の頃のイメージが拭い切れないというか。そういうところがありますの」


「なるほど。そういうことも、あるのかも知れませんね。私は、そういう出来の悪い弟みたいに思っていた男の子が、いつの間にか格好良くなっていたって気付かされるシチュエーションとか、ちょっと憧れますけれど」

「私も、そういう憧れは全く分からないっていう訳ではないつもりなのですけれどね」


 例えば、ルトゥのような少年が、筋肉もりもりのマッチョメンにならないまま、己を磨いて一途に想いを伝えてきたとしたら、ソルも心が揺れ動くものがあると自覚している。けれど、リュンヌに対してだけは、まずそうはならないと思っている。

 最初から、彼にだけはそういう選択肢が存在しないと明言されていることだが。


「それに、私の心は殿下のものですわ」

「それもそうですよね」

 確かに。と、セリオは頷く。


「アストル王子。本当に素敵ですよね。優しそうで、気品に溢れていて。本当に、物語に出てくる王子様そのものっていう感じで。ソル様をきっと幸せにしてくれるって思えます」

 ソルの机の上に立てかけられた、彼の肖像画を眺め、セリオはうっとりとした声を出す。


「ええ。私も、そう思いますわ」

「王都に着いたら、王子様のこと私にも教えて欲しいです」

「勿論。必ず手紙を書いて送りますわ。約束します」

「もし、何かありましたら、今度は私が相談に乗ります。お話を聞くことしか出来ないかも知れませんけれど」

「ふふ。そうですわね。そのときは、頼みますわ。頼りにしていますから」

 でもきっと、惚気ばかりの内容になってしまうのではないかと、そんな事を我ながら心配している。


 と、不意にノックが鳴った。

 何事かと、ソルとセリオは顔を見合わせる。


「どうぞ。なんですの?」

 ソルが返事を返すと、僅かに戸が開いて、ユテルが顔を覗かせた。

「あ、あのっ! 本当に突然、すみません。こんな事言うのも、無理を言ってしまっているかもだけど。セリオ先輩さんが来ているって聞いて。あのっ! 僕は、姉さんの弟のユテルって、言います」


「何ですのユテル? 突然。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。何をまた、そんなにも緊張しているんですの」

 呆れた声を出すソルの隣で、セリオが首を傾げる。

「ええっと。ユテル様? 私に何か、御用なのでしょうか?」

「はい。そうです」


 ソルは嘆息した。

「いいから、そんな顔だけ出しているんじゃなくて、部屋に入りなさい。挙動不審にも程がありましてよ。そんな態度だと、余計にセリオを怪しませてしまうじゃありませんの」

 何をこの子は、いつにも増して変な事になっているのかと、ソルは訝しむ。

 恐る恐る。ユテルはソルの部屋に入った。二人の前で、直立不動の姿勢を取る。


「僕はその。セリオ先輩が。マドレーヌ。そう、マドレーヌが好きなんです。それで、あの。出来れば、もっと焼いて欲しいんです。クッキーも、居間にあった分とかを食べてしまって」

 そこまでユテルが言うと、セリオは納得がいったと、両手を胸の前で叩いた。


「ああ! あなたがユテル様なんですね。ソル様からお話は伺っています。うちの店で出しているマドレーヌが好きだって。セリオです。いつも、ソル様にはお世話になっています」

 セリオはベッドから立ち上がり、腰を曲げて深く頭を下げ、ユテルに挨拶をした。


「それと。失礼ですが、見間違えでなければ、最近はお店の方にも顔を出されていなかったでしょうか?」

「え? あ、うん。覚えてたんだ。実はそう、だよ」

「そんな話、私は全然聞いてませんでしたけど?」

 顔を真っ赤にして俯くユテルに対して、ソルは半眼を浮かべる。


 と、不意に気付いた。

 にたぁ。と、ソルはユテルに対して頬を吊り上げ、笑った。そう。つまりは、これまでも散々、セリオの店のマドレーヌを強請っていたことも。そのくせ、頑なに一人で買いに行こうとしなかった理由もそういう事だったのかと。ソルはよく理解した。いつの間に、一人で買いに行けるようになったのかは気付いていなかったが。

 そんなソルの気配に気付いたのか、ユテルはびくりと体を震わせる。


「ふ~ん? そう? そうなのねユテル? つまり、あなたはセリオの焼いたマドレーヌでお代わりが欲しいっていうことなんですのね」

「そ、そうだよ。姉さん。実はそうなんだ。研究していると、頭を凄く使って、甘い物が欲しくなるんだよ! そういう事なんだよ!」

「うんうん。確かに、そうですわよねえ。分かりますわあ。私も、そういう事はありますものぉ」

 自然と、ソルの語尾が上がった。


「あの? ソル様? どうして急にそんな上機嫌なお声を?」

「いいええ? なぁんでもないですわよお。さ、セリオ? 悪いんですけれど、もしよければ、ユテルのためにもう一度お菓子を作ってくれません事? 勿論、私も一緒に作りますわ」

「ええ、喜んで」

 にっこりと微笑んで、セリオは快諾する。


「ユテル様。申し訳ありませんが、もう少しだけ、待っていて下さい。ソル様から教えて頂いた美味しいクッキーと、マドレーヌをご用意させて頂きます」

「ありがとう。よ、よろしく頼むよ!」

 礼を言うなり、ユテルは踵を返してソルの部屋から飛び出していった。


「あんなにも楽しみにしてくれるなんて、嬉しいです」

 上機嫌で笑いながら、そんな事を言っているセリオを脇目に、ソルはほくそ笑んだ。この雪が解けるまで、色々と楽しめそうだ。

ソル「ねえセリオ。あなたって、鈍いって言われることありません?」

セリオ「鈍い。ですか? そうですね。確かに、我ながら鈍くさいとは思います。でも、人の気持ちには敏感なつもりです」

ソル「えっ!?」

セリオ「えっ!?」

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