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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【最終章:王太子編】
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EX24話:剣を持つ意味

 その日は、リュンヌはルトゥと共に街の道場へと向かった。

 彼らが道場に着くと、既に何人か、大人の男達が中にいた。それぞれ、一心不乱に剣を振っている。ここを訪れることは、伝わっているはずなので、本来部外者であるリュンヌ達は、彼らに咎められたりはしない。


 彼らに会釈して更衣室に向かい、リュンヌは備えられていた防具を装着する。これらは、いずれもくたびれていた。ふと、リュンヌはここの懐事情を考えてしまう。

 互いに一言も交わすこと無く、リュンヌとルトゥは更衣室から戻り、軽く体を動かしていく。


「みんな。おはよう」

 と、唐突に道場に快活な声が響き渡った。

 入り口に、カンセルが立っている。今、到着したのだろう。その手には、外で外した短めのスキーが抱えられていた。大通りなどはともかく、そうでない場所では除雪が追い着いつかずこちらの方が便利なのだ。


「おはようございます。カンセルさん」

 カンセルと同じく、快活な声でルトゥが彼に返事を返した。その態度に、リュンヌは微苦笑を浮かべる。

 ルトゥと同じとまでは言わないが、爽やかな声が道場のあちらこちらから返った。挨拶を交わさない者も、カンセルに対しては親しげに手を振っていた。彼らは、警備隊でありカンセルの元同僚達だ。退職して騎士になってからも、カンセルはときどき、こうして道場に訪れては旧交を温め、剣術の稽古をつけているという話だった。


 そこで、興味を持ち彼らは寒いというのに道場へとやって来たという訳だ。正直言って、彼らから向けられる好奇の視線がむず痒い。そう、リュンヌは思った。

 そんなリュンヌは、静かに深くカンセルに頭を下げる。

 彼もまた、リュンヌに対して静かに頭を下げた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 準備運動をして体が温まってきたところで、リュンヌとカンセルは互いに木剣を構え、向き合った。

 王都の騎士士官学校への転校に向けて、本当にそれだけの力量がリュンヌにあるのか? リオン以外の人間からの確認も必要だろうということで、カンセルにその役目が下った。


 「これ、相当に張り切っているよな」と、リュンヌはカンセルを見ながら思う。曲がりなりにも王太子から頼まれた仕事であるということ。そして、ルトゥとの決闘で立ち会って貰ったときから、一度戦ってみたいという願望を薄々と感じていたのだ。

 というか実際、秋頃はソルの護衛で彼女と共にカンセルのいる村に訪れる度に、試合の申し込みを躱すのに苦慮していた。

 しん。と、音一つ無い静寂が道場に広がる。


「始め」

 審判の合図と同時に、カンセルが木剣を打ち込んでくる。

 カァンと、甲高い音が響いた。


 と、次の瞬間。リュンヌの前でカンセルの目が大きく驚愕に見開かれる。

 がくりと、リュンヌの脚が膝から崩れ落ち、片脚立ちのような格好となる。不意に、あるべき抵抗を失ったことに対し、カンセルは僅かに前につんのめる。

 その隙をリュンヌは見逃さない。片脚立ちのまま、木剣を振り回してカンセルの胴を薙いだ。


 勝負は一瞬で決まった。

 それを見ていたギャラリーから、どよめきが湧く。カンセルの知り合い達は、カンセルの強さについてはよく知っていただろう。リオンとの戦いを見ても、彼がカンセルの後輩であり王都の騎士団に入団するほどの男だと知れば、その結果は納得がいっただろう。

 しかしそんな、彼らにとって圧倒的な強さを持つカンセルだからこそ、彼がこうして負けることがあるなどというのは、にわかには信じがたかったに違いない。


「今、何が起きた?」

「分からん」

「剣は、最初はまともに受け止めていたよな? あれ、並の人間なら剣と腕を叩き落とされると思うんだけど?」

「だよな? 俺もそんなだったし」


 彼らの声を聞きながら、実際そうだろうなと思う。カンセルの一撃はとてつもなく重い。リュンヌは剣の根元で受け止め、堪えたが。受ける場所が半分くらいの場所だったなら、まずほとんどの騎士見習いでもそうなっておかしくはない。


「流石だな」

 そう言って、カンセルは白い歯を見せた。その笑顔は、獰猛な肉食獣のそれにしか見えない。

 それに対して、リュンヌは無言で立ち上がり、再び剣を構えて見せた。今日の試合はあくまでもリュンヌの実力を確認するためというものであり、一度の勝負では終わらない。

 カンセルもまた、再び構えた。


「始め」

 審判の声と同時に、今度はリュンヌが仕掛けた。

 リュンヌの剣が、カンセルの剣の切っ先へと触れる。そして、そのままカンセルの剣はリュンヌの剣がなぞるに従って揺れた。

 カンセルが作らされた隙は、たったそれだけだった。

 そして、たったそれだけで、リュンヌは剣を返してカンセルの左肩へと剣を打ち込んだ。


 再び、道場にどよめきが湧く。

 リュンヌが使ったのは、曰く巻き技だ。剣というものは、例えばこれが片刃の剣だったとすると、刃のある方からの力には強く耐えることが出来るが、そうではない方向から力を加えられて、固定することには弱い。それを利用して、相手の剣を崩し、作った隙を突いて打ち込むというものだ。

 技によっては、大きく相手の剣を弾き飛ばすこともある。そんな、派手な技もある。


 剣術をやっている人間なら。特にカンセルのような男が知らないはずは無く、注意はしていただろうが。それを鮮やかにリュンヌは決めた。

 静かに、大きくリュンヌは息を吐いた。精神を落ち着け、集中する。


 リュンヌは、剣を構えた。

 カンセルも剣を構える。

 ただし、今度のカンセルの構えはこれまでとは違う。これまでは、基本通り正中線に対して剣を立てていたが、今度は右肩へと大きく剣を寄せて立てた。

 これは、カンセルは防御を捨てたと、リュンヌは考えた。


「始め」

「ふんっ!」

 裂帛の気合いと共に、渾身の一撃がリュンヌに対して打ち込まれる。

 その一撃を、リュンヌは正面から受け止め、堪えた。


「はあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 だが、そこからカンセルは止まらない。

 何度も何度も、強引に息つく暇もなく剣を叩き降ろしてくる。

 豪雨のような連撃に、リュンヌは歯を食いしばった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 試合を終えて荒く息を吐きながら、リュンヌは更衣室で装備を外していく。

「リュンヌ。俺からの確認結果だが、何も文句は無い。合格だ。そう、リオンと殿下には手紙を書いておくよ」

「そうですか。そう言って頂けて、安心しました。有り難うございます」


「曲がりなりにも、俺だって王都の近衛騎士団に挑戦したんだけどな? それで、20戦やったうちの13回勝っておいて、謙遜にしてもその態度は正直傷付くぞ?」

「すみません。僕も、必死だったものですから」

 カンセルは大きく溜息を吐いた。


「ただ、これは致し方ないが。体力と筋力の不足は否めないな。まあ、これは転校してしまえば、否応なしに鍛えられるだろうから、俺も問題視していないが」

「ですね。それは、本当に痛感します」


 肩で息をつくリュンヌに対して、カンセルはまだ余裕を見せている。それに、3本目はあのまま押し切られて負けたが。その戦いによる、腕のダメージや体力の問題から、試合を重ねる毎にリュンヌが勝ち星を挙げる確率は落ちていった。

 道場の方からは、ルトゥのかけ声が響いている。彼は今、カンセルの元同僚達との試合をしている。


「なあ。リュンヌ。少し、教えて欲しい」

「何でしょうか?」

「俺は、剣というのは誰かを守るために手に入れる力だと考えている。だから聞かせて欲しい。君は、誰を守るために、そこまでの剣術を手に入れたんだ?」


「そういう意味なら、フランシア家の人達ですよ。それ以上でも、それ以下でもありません。僕は生まれてから、あの家の人達に大きな恩義がありますから」

「そうか。なら、あと一つだけ教えて欲しい。君は王都に行く。そして、やがてソル様がアストル王子と結ばれ。君が学校を卒業したら、そのときはどうするつもりなんだ?」


 カンセルの質問に、リュンヌは天井を仰いだ。

「そのときは、そのとき考えます」

 素っ気なく、リュンヌは答えた。カンセルからの、物言いたげな視線は無視して。

【男の子達の必殺技】

カンセル「(左半身を引いて、剣を突き出し右手をその切っ先に添えて突く構えをしている)」

リュンヌ「(右手で剣を逆手に持って、左半身を前に出した構えをしている)」

ルトゥ「(膝を大きく曲げて上半身を落とし、居合いの構えをしている)」

ソル「あなた達、真面目にやりなさいっ!」

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