EX23話:箱庭の運命
リュンヌは剣術の他、勉強にも打ち込むことになった。
剣術もそうなのだが、王都の騎士学校の転入に際し、試験はあるもののそれは現状の力量を確認するという意味合いが強い。なので、どんな成績であろうと転入そのものは許されることになる。
が、問題はその後だ。曲がりなりにも転入した以上は、ドロップアウトすることはリュンヌには許されない。そういう日々が待っている。もしも、リュンヌが学校に相応しいだけの力量に満たないならば、教官達はどんな手を使ってでも力量を満たせるようにするだろう。
「万が一にも、そんな恥晒しな真似は許せない」「そうなったら、結局苦労するのはリュンヌ本人」ということで、ソルは直々にリュンヌに勉強を教える役を買って出た。
リュンヌ本人としては、彼女がそう言ってきたときに渋い顔を浮かべたのだが。それで、拒絶は出来なかった。
ルトゥの方も、本人の努力の甲斐があって大分勉強が追い着いてきた。冬が明けて学校が再開されれば、晴れてこの地の学校に転入と言う事になる。言い換えれば、そっち方面でのソルの手が空いてきたわけである。
「こう言ってはなんですけれど。思ったよりは、手が掛からなさそうで安心しましたわ」
居間で寛ぐソルに解答を採点してもらったところ、彼女はそう言ってきた。
ただし、その言葉の内容とは裏腹に、声色ははっきりと「つまらない」と言っていた。
「それはまあ。僕もソル様には及ばないまでも、この家の恥にならない程度の成績は取れるように頑張ってきたつもりですし」
「この調子なら、もっと難しい問題にしてもいいのかしら?」
「どうあっても、その手にした鞭で僕を叩きたいという意思しか感じられないのですが?」
半眼を浮かべるリュンヌの前で、ソルは無言のまま、満面の笑みを浮かべてきた。ぺちぺちと自身の手の平を鞭で軽く叩いている。
「王都から送って頂いた教材以上のものを出して、それが解けないから罰だみたいな真似したら、本当に怒りますからね?」
「分かっていますわよ」
本当に残念そうに、ソルは嘆息する。二人きりでなければ、ソルもこういう態度は見せないし隠すが。
ちなみに、王都からは教材の他に、アストル王子のスケッチも送られてきていたりする。それを見て、ソルは大層はしゃいでいた。
「とはいえ、まだまだ理解が甘いところはありますわね」
「精進します」
「ええ、ちゃんと教えて差し上げますから。きちんと理解なさい。しかし、軍事関係のような専門性のある分野は私でも知識は追い着いていないところはありますけれど。そちらも、大丈夫そうですわね。その理由について、詳しく聞くつもりはありませんけれど」
「ええまあ、僕も全くの未経験という訳でもないので」
曖昧にリュンヌは笑みを浮かべた。
「何にしても、あなたを王都に連れて行く名分を用意する手間が省けて良かったですわ。私も、殿下に機会を頂く云々はともかくとして、そろそろ王都に転校しようとは思っていたけれど。それをどうしたらいいのか、決めかねていたんですのよね。でもひょっとして、あなたをここに残していても、人目に付かなければ王都まで召喚出来たりしたのかしら?」
「さあ? それはどうなんでしょうね? でも、確かこの世界のイメージ元となった遊戯では、僕のようなナビキャラも王都編では何だかんだと付いていくことになっているので。どんな形にしろ、僕もソル様に付いていくことになったと思いますよ」
「"裁定を下す者"による介入とか、そういう感じかしら?」
「ええ。そういう感じです。運命と言えるほど、拘束力があるものでもないと聞いていますが」
なるほど。と、ソルは頷いた。
「ところで、王都編って、何かしら?」
「攻略可能対象の一覧で、明らかに王都とか、別の地域に行かないと出会えなさそうな人もいますよね? 元ネタの遊戯では、特定の条件が成立するとそうやって舞台となる場所ごと移動するらしいです。それで、王都を舞台にすると王都編と呼ばれるようです」
「そうやって聞くと、全部"裁定を下す者"の手の平の上で踊らされたような気になって、面白くないわね」
ソルは嘆息した。
「ですが、全くの見当違いな真似をしたらこうはならないので。この結果は、ソル様のご尽力が引き寄せたものですよ」
「だと、いいんだけれど」
リュンヌの言葉に、ソルは少しだけ表情を和らげた。
「ここに転生したときは、なんでこんなところにって思ったものでしたけれど、いざ離れる事になると思うと、名残惜しく思えるものですわね」
しみじみと、ソルは呟いた。
「色々とありましたからね」
「そうね。色々とありましたわ」
「そして、王都に行っても、同じように色々とあるんでしょうね」
「そうね。それもそれで、楽しみに思いますわ」
二人は雪の降る窓の外へと視線を向けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一面の白が包む空間で。
とある世界では"裁定を下す者"と呼ばれる存在。その一人が佇んでいた。
"裁定を下す者"の前には、《箱庭》と名付けた世界の光景が浮かんでいた。とある世界の遊戯を模して用意した簡易世界だ。
《箱庭》の中で、ソルと名付けられた少女と、リュンヌと名付けられた少年が歓談している。
「ソル。ここまでに至った結果は、間違いなく君の行動の結果だよ」
"裁定を下す者"は、ここまでを経過観察していて、この結果を好ましいものだと判断していた。
より良い世界を創り、より良い世界を育て上げるには、より良い魂が必要だ。
世界は育てば育つほど、同時に複雑となり、魂には質と数が要求される。そして、世界の開拓に対する、魂の消耗も激しいものとなる。
だから、効果的な魂の修復と教育が必要なのだ。
認知行動療法による、痛んだ魂の修復方法。そして、それに適した世界の模索。他の魂が、この世界のソルと常に同じ結果を辿るとは限らない。だが、ここまでの実験結果は、"裁定を下す者"の期待に応えていた。
「ソル。もし君が、この世界を居心地がいいと思うのなら、どうあれ真剣に生きることを勧めるよ」
決して聞かれることの無い忠告を"裁定を下す者"は呟いた。
所詮。この《箱庭》は簡易世界。揺り籠のようなものだ。ソルとリュンヌを除いた魂も、まだ低位のものに過ぎない。故に、彼女が結果を残せなければ、実験は失敗ということでこの世界は放棄されてしまうのだから。