EX21話:君が笑ってくれるなら、僕は――
2025/09/09
イラストを入れました。
秋も終わりが近付いて、寒く厳しい冬がソレイユ地方に訪れようとしていた。
冷たい雨が、黒く厚い雲から降り続いている。
屋敷の廊下から、窓を通してソルは外を眺めていた。
「いったい、何を見ているんですか?」
そんなところをリュンヌは見掛けて、彼はソルに声を掛けた。こんな時期に外を見ても、面白いものなど何も無いだろうにと、不思議に思った。
「別に? 特に何かあるっていう訳ではないですわ。ただ、こうして外を眺めて、色々と思い出しながら考え事をしていただけですわ」
「考え事ですか?」
ええ。と、ソルは頷く。
「本当に、この地方のこの時期の雨は冷たいわね。それに、風も本当に冷たい」
「そうですね。本当に、寒くなってきました」
「陰気なこの空を見ていると、前世を思い出しますわ」
遠い目を浮かべながら、ソルは言った。
「あの頃も、私はよくこうして城の外を見ていましたわ。あの地方も、ここ程ではないにしても、雪が降って重たい雨がよく降る。そんな場所でしたわね。裏の森も山も、針葉樹がほとんどで一年を通して色彩にも乏しい。そんな土地でしたわ」
「そんな場所だったのに、よく外を見ていたのですか?」
リュンヌが訊くと、ソルは苦笑を漏らした。
「きっと、そんな場所だったからでしょうね。生き延びるために、邪魔者を次々と消してきた私だけれど。それでもあの城の居心地が良くなることはありませんでしたわ。だから私はどこか、あの城の事を牢獄のように感じていましたわ。あの城の中でしか生きられないことを知りながらも、外の世界に憧れていましたの。だから少しでも、その世界にあるかも知れない自由を見たくて、こんな風に窓から外を眺めていたんですの。ときどき、子供じみた空想に耽ったりもしましたわね」
そう言って、ソルは自嘲気味に笑った。
「空想ですか。どんなことを?」
「それを訊きますの? まあ、恥ずかしいけれど、いいですわ。本当に、子供じみた空想。いつか、白馬に乗った王子様が、私を閉じ込めるこのお城から救いに来てくれないかっていう。そんな、おとぎ話にありきたりの空想ですわ。滑稽でしょ?」
小首を傾げて訊いてくるソルに対し、リュンヌは真っ直ぐに視線を向けた。
「おかしくなんか、ありませんよ」
そうだ。おかしくなんかない。リュンヌは心の中で繰り返す。
「ソル様の胸中を考えれば、僕にはそれが、おかしいなどとは思えません」
はっきりと、リュンヌは断言する。そんな彼女の心の内を聞いて、リュンヌの胸は激しく痛んだ。
リュンヌは、思わず歯を食いしばっていた。それで、心から胸を痛めていることが伝わったように、ソルはリュンヌに笑みを返した。
「そう。そう言ってくれて有り難う。少し、嬉しくてよ。でも、そんな空想は所詮空想。待っているだけで、そんな王子様は現れませんでしたわ。だから、私は本物の王子を手に入れることを選びましたの。結末は、ああなってしまいましたけれどね」
寂しげに笑いながら、ソルは自身のお腹を撫でた。
「でも、それからも。こうして今生をここで生きることになっても、なかなか恋は思うようにいきませんわね。気になった殿方もいましたし、私を想ってくれた殿方もいましたわ。結局、お付き合いや結婚には至りませんでしたけれど」
「それを悔やんだり。不安に思ってらっしゃるのでしょうか?」
リュンヌの問いに、ソルは首を横に振った。
「そういう気持ちが全く無いと言えば、嘘になりますわね。でも、私はこれらの経験から、少しずつ学んだこともあると思うんですの。だから、さほど憂うつもりはありませんわ。この窓の外を見ていて、前世の私と重ねて考えても、そう思いますもの」
そんなソルの言葉に、リュンヌもまた笑みを零した。
「それでも、やっぱり考えてしまいますわね。意中の殿方の気を惹くには、どうすればいいかしら? 何か、魔法のようないい手でも無いものかって思ってしまいますわ」
ソルは嘆息を吐いた。
「一つだけ、ありますよ」
「えっ!? 何ですのそれは?」
まさか、本当に答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。ソルは目を丸くした。
「笑顔です」
「笑顔?」
リュンヌは大きく頷いた。
「大輪の花が咲くように、明るい笑顔を浮かべるんです。どんな男も、それだけできっとソル様に夢中になります」
リュンヌの言葉に、その意味を噛み締めるように、ソルは彼を見詰め返す。
そして――
「ぶふっ!」
彼女は口に手を当てて、大きく吹き出した。
「どうして、笑うんですかっ!?」
「ごめんなさい。だって、リュンヌったら『笑顔です』だなんて、そんな気恥ずかしいことを大真面目な顔して言うんですもの。本当に、真剣な顔して」
ソルに言われて、リュンヌは憮然と顔をしかめた。
その様子が余計に面白かったのか、ソルはより一層、楽しげに笑う。
「まったく。本当にこの人は」
「本当に。ごめんなさいね」
ぼやくリュンヌに、ソルはまだ笑いながら謝罪を返してくる。
そんなソルを眺めながら。でも、今のようにそんな笑顔で笑ってくれるというのなら、どんな相手を想おうと、きっとその相手と結ばれることになります。そう、リュンヌは思った。
「おお、ソル。それに丁度良い。リュンヌもここにいたのか」
今度はエトゥルが彼らを見付け、寄ってきた。
「お父様。私達に何か御用ですの?」
返事をするソルの隣で、リュンヌも恭しく頭を下げる。
「うん。実はその。かなりとんでもないことになったというか。驚かないで聞いてくれよ? 俺も正直、現実感湧かない話なんだ」
興奮と困惑が入り交じった表情を浮かべるエトゥルに対して、ソルは首を傾げる。どういうことか? と、彼女はリュンヌにも視線で訊いてくるが、リュンヌにも訳が分かるはずが無い。彼は、首を横に振った。
「ソル。お前の肖像画を王都に送っただろう。覚えていると思うが」
「ええ、覚えていますわ。あれが、どうかしたんですの?」
エトゥルは髪を掻きながら、答える。
「あれから何も音沙汰が無くて、どうなっているのか気になったから王都に問い合わせたんだ」
「それで?」
「どうやら、アストル殿下が気に入ったらしく。ずっとそのまま肖像画を占有していたらしい。それで、ソル。殿下は一度お前と会ってみたいと仰っている」
「何ですって? アストル殿下が? 私を」
エトゥルは大きく頷いた。
「それどころか、アプリル君や、お前を賊から助けたリオンとも懇意にしているそうだ。それから、ベリエ君に殿下も肖像画を描いて貰って、それをこちらに届けるとも仰っている。もうすぐ冬だから、届くのはしばらくかかりそうだが。ともあれ、殿下は彼らからも、君のことはよく聞いているそうだ」
「そんな」
ソルは両手を口に当て、息を飲んだ。
「そしてリュンヌ。君にも話がある。どうやら、リオンの推薦で、君にもその気があるなら王都の騎士士官学校への編入という話がある」
「僕にですか?」
「そうだ。リオンが言うには、君には是非挑戦して欲しいそうだ」
「分かりました」
「うん。話は以上だ。ゆっくり考えて、答えを聞かせてくれ」
どっと疲れが出たと言わんばかりに肩を落とし。そう言って、踵を返し遠離っていくエトゥルの背中をリュンヌとソルは見送る。
「でゅふ❤」
「そういう笑顔だけは、絶対に人前に見せちゃダメですからね?」
キツく、リュンヌはソルに言い聞かせた。
毎年恒例になっていますが。12月は休載期間となります。新年からは新章です。可能なら、少しだけ12月にも投稿するかも?
予定通りなら、最終章・王太子編なのですが、前章として一部をそこから切り出すかも知れません。
リュンヌ「このタイトルの意味が分かる人、年齢層がバレますね」
ソル「まさか? リュンヌ? あなたの前世の正体って」
リュンヌ「――っ!?」
ソル「犬だったんですの?」
リュンヌ「ンな訳ねえだろっ!」