EX19話:フランシア家の行く末
フランシア家の執務室。
話がある。と、エトゥルはティリアを招いた。居間ではなく執務室に喚んだのは、これが子供達には聞かせたくない内容だからだ。
「あなた。お話しとは、一体何でしょうか?」
「うん。すまない。どうしても君と一度、相談しておかないといけないと思ってね」
「相談ですか?」
「ああ、今後のフランシア家の行く末に関わる。大事な相談だ」
静かに頷くエトゥルの前で、ティリアが少し緊張した面持ちを見せる。
エトゥルは深く溜息を吐いて、話を切り出した。
「正直言って悩んでる。子供達の将来とか、家督の相続とか。どうしたものかなと」
「まあ、そうよねえ」
悩ましい問題だと、ティリアも頬に手を当てて首を傾げた。
「みんな良い子だよ。父親として、元気にこんな良い子に育ってくれて嬉しく思うよ? でもさ。だからこそ、どうしたものかなこれ」
「そうなのよねえ」
エトゥルは頭を掻いた。
「慣習から考えれば、やがて俺はユテルに家督を譲ることになるし、そのつもりだった。少し引っ込み思案だったりもするけれど、頭は悪くないし、他人を思いやる心も持ってる。それこそ、君のような子にでも来て貰えたなら、領主としての仕事も立派にこなせると思っていたしね」
「あなたも、大概内気で恥ずかしがり屋でしたものね」
苦笑交じりで言ってくるティリアに、エトゥルは呻く。
「仕方ないだろ。俺の近くに同じ年頃の女の子がいなかったことも、それで慣れていなかったことも、よく知っているだろう。それに――」
そこで、思わずエトゥルは口をつぐんだ。当時を思い出し、顔を赤くする。恥ずかしくて仕方がない。あの当時に積み重ねた数々の黒歴史は、葬り去れるものならすべて葬り去ってしまいたいくらいだ。
「それに?」
そんなエトゥルの反応に目聡く気付いて、ティリアは「にまぁ」と唇を吊り上げた。彼女の期待の視線に、エトゥルは折れる。
「ああ。うん。君のような可愛い子が来てくれるとは思ってなかったからな」
「『可愛くて胸の大きな女の子が来てくれるなんて』じゃないですか? 私の胸ばっかり見ていたくせに」
「だから、それはそういうつもりじゃなかったって何度も言ってるのに!」
むしろ、エトゥルとしては、そうはならないように、かなり気を付けていたくらいだ。逆に、その存在感に逆らうように視線を逸らし続けたことこそが、彼女にその武器を自覚させてしまったのかもと疑っている。
何にしても、言っても聞いてくれないので、エトゥルは弁明を半ば諦めていたりする。彼は嘆息した。
「ともあれ、話を戻そう。ユテルのことだけど。バラン君に一人で商談を挑み、投資を勝ち取るくらいに成長してくれた。我が子ながら、決意した男の成長っていうのは目覚ましいね。あの様子なら、きっと出来た妻に頼り切りなんて格好にならずに、領主にもなれるだろう」
「でも、今度は王都へのお誘いが来ているのよね?」
「それだよ」
エトゥルは唸る。
「父親としては、ユテルが望むのなら王都に行くのを止めたくない。それに、その方があの子にとっても見聞が広がるし、世のために才能も活かせる。いいことだと思うんだ」
「そうよねえ。私も同じ気持ちよ」
ティリアも同意し、頷いた。ちなみにユテルには、自分の気持ちに従い、どうしたいのかを考えなさいと答えている。
「でも、そうなるとユテルがこの地に留まってというのは難しい話かもしれないのよね」
「そうなんだよなあ。とすると、ソルかヴィエルに頼むことになるんだろうけど」
「ソルも、本当によく出来た子なのよねえ」
まったくだとエトゥルは頷く。
領地のあちこちへと足繁く通い、事業を興し、しかも少しずつではあるが、ほんの数年で販路を王都にまで広げるくらいにソルは優秀である。頭脳も明晰で、まるで非の打ち所が無い。
「ここまで優秀だと。逆に、こんな片田舎の領主なんて器に収まってくれるのかというのが心配になるんだよな。才能を活かしきれずに腐ったりしないかって」
「あの子に誰かお婿さんに来て貰うとしても、私達が思い当たる節になりそうな人達だと。釣り合わないって思っちゃうのよねえ。親の欲目かも知れないけれど」
「そうなんだよ。ソルを前に卑屈にならずにいられるかって思うとね。これも、何となくなんだけれど、あの子はそういう勘が鋭くて、相手からそういう気配を感じたら直ぐに興味を失ってしまいそうな気がする」
「あの子が見初めるような相手がいるのなら、それならそれでいいとも思うのだけど」
とは言っても、本当にどこの馬の骨とも知れない相手だったら、エトゥルとしても認めるつもりは無いが。
だからこそ、ソルに対しては格上の家柄に目を止めて貰えればと願った部分はある。だから、彼女には肖像画を描いて王都へと送った。
「となると、やっぱりヴィエルかなあ」
エトゥルにしてみれば、ヴィエルも十分にこの地を切り盛り出来るだけの才覚は期待出来る子だと考えている。学校の成績も、トップクラスではないものの、ソルの影響なのか徐々に上位に食い込んでいるし。何より人と繋がる才覚には優れている。佳い男を婿に迎えれば、必ずやこの地を守ってくれる頃だろう。
しかし、今度はティリアが難色を示した。エトゥルは小首を傾げる。
「ティリアからは、何か問題が?」
「ええ。あなたは気付いていないのかしら? あの子、近頃ルトゥ君に懐いているのよね」
それを聞いて、エトゥルは頬が強張るのを自覚した。
「それは、どういう意味でかな?」
「どうもこうも? ほら? ソルがリュンヌをしょっちゅう連れ回しているでしょ? 護衛を兼ねて。勿論、リュンヌにはヴィエルやユテルの面倒も見て貰っているわけだけれど」
「まあ。年齢が近いのと、ソルのビジネスの関係もあって、一緒にいることは多いね」
とはいえ、ソルとリュンヌの間に色恋沙汰の雰囲気は全くエトゥルは感じていない。どちらかというと――
「そう、それ。ソルを護衛するリュンヌって、ときどき姫を守る護衛騎士みたいなところがあるじゃない?」
「確かに」
ティリアの言葉に、二人が見せる姿は、それだとエトゥルは思った。
「そういうのが、ヴィエルにとって憧れで、ルトゥ君にお願いしているのかもって思っているんだけど」
「まあ、実際。俺達も、ルトゥ君にもお願いしているところはあるしなあ。リュンヌ一人に任せるのも、大変だろうし」
それに、そういう意味でもルトゥには来て貰って助かっていたりする。それが、エトゥルの素直な心境だった。
「でも、それがつまり? ヴィエルにとってはそういう感じに収まり切らなくなっているかも知れないと?」
「ひょっとしたら。何だけれど」
エトゥルは頭を抱えて突っ伏した。
「ええ? そんなの、どうすればいいんだよ」
「もしそうだとしたら、引き裂くしか無いのかしら?」
エトゥルは呻く。
「ルトゥ君は、良い子だよ。でも、家柄がなあ。あんまり、そういうのでどうこう言いたくはないけど。でも、ヴィエルの気持ちを考えたら、無理矢理引き裂くって訳にもなあ」
「じゃあ、どうします?」
しばし悩んで、エトゥルは答えを出した。
「もうしばらく、二人については様子を見よう。せめて、僕の気持ちとしては、ルトゥ君がどこまで立ち直って、ヴィエルに釣り合えるだけの箔を付けられるようになるか。かなあ。それ次第だと思う」
「そのうち、二人にもお互いをどう思っているのか訊かないとダメみたいね」
「そうだね」
取りあえず、それまでにもしもルトゥがヴィエルに何か不埒な真似をするようなら。決して容赦はしないとエトゥルは誓う。あと、二人をよく見張っておこうと思った。
「あとは、ソルの肖像画についても何の音沙汰も無いのは気になるし。今後の方針をどうするかという意味でも、一度王都に連絡を入れてみるのがいいのかもな」
「そうですね」
肖像画が無事に王都に届いているということは、アプリルから手紙を貰ったソルから聞いている。しかし、そこからここまで音沙汰が無いというのも、エトゥルにしてみれば不思議な話だった。
彼自身、田舎の領主であることは自覚していて、この分野の話には疎い方だとは思っているし、地方貴族故の軽い扱いを受けている可能性だって考えている。しかし、それでも、見込みが無いと肖像画が送り返されることや、どこの誰が預かっているのかも連絡が来ないというのは、あまりにも知己から聞いた話とは違っていると思った。
ソル「お父様も、所詮は胸ですか。そんなに大きな胸が好きなんですのね?」
エトゥル「違うっ! だから、そんな蔑んだ目で俺を見ないで!」
リュンヌ「分かりますよ。エトゥル様」
エトゥル「慈愛の目も止めてっ!?」
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ルトゥ「あの? リュンヌ? ちょっと相談が」
リュンヌ「何ですか?」
ルトゥ「最近、エトゥル様の僕に対する視線が滅茶苦茶恐いんですけど。何か聞いていませんか?」
リュンヌ「いいえ。全然知りません」
ルトゥ「そうですか」
リュンヌ「でも、僕から一つアドバイスがあります」
ルトゥ「何ですか?」
リュンヌ「頑張れ~。負けるな~。力の限り生きてやれ~」
ルトゥ「僕、どこかに飛ばされるんですか!?」