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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第六章:青年実業家編】
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EX18話:バランの縁談

 久しぶりに実家に帰り、バランは居間で寛いでいた。

 明日からは当分、各地から集められた各情報を分析し、今後の計画を考える日々が始まる。その束の間の休みだ。だから、バランはただ静かに、何も考えることなく、ずっと目を瞑っていた。


 人によっては、それならずっと寝室に籠もって寝ていればよいではないかと思うかも知れない。しかし、バランは、それをやると生活リズムか崩れたり、かえって疲れを感じることに繋がる気がしていて。そういう真似は彼はしない。


「バラン。休んでいるところすまないが、少し、いいかな?」

 居間に足音が二人分。何事か有ったのかと、バランは目を開けた。視線の先には、彼が予想した通り、両親がいた。二人がバランに近付く。

「どうかしたんですか? 父さん。それに、母さんまで」

 意識が飛んでいたつもりはないが、それでも軽くうたた寝のような具合ではあったのか。バランは頭が少しぼうっとしているのを自覚した。おかげで、気の抜けた返事を返してしまう。


「ああ。実は、お前に直接話をしないといけないことが出てきたんだ」

「何でしょうか?」

 バランが訊くと、父親は少し困ったような表情を浮かべた。


「前々から、お前の意向を聞いていたから、それとなく避けるようにはしていたんだが。お前の縁談の話が出ていてね」

「また、そういう話ですか」


 両親には、自分の目に適う相手と添い遂げたいと言っていた。。だから、他人の目利きと言える、縁談の紹介というのは、バランは断るようにしていたのだ。いや、正確に言うと最初からそうだったわけではない。最初は都度、紹介される度に応じるようにしていた。しかし、その度に、彼女らが自分ではなくその背後にある財産や人脈の方に関心を持っている節を感じて、幻滅したのだった。


 そして、話が持ち上がる度に人脈を壊さないよう配慮しつつ断るのが面倒に感じたのだった。

 一方で、ソルには高価なルビーのブローチで釣ろうとした自分に、バランは自嘲する。そのブローチは従者の手で返されてきたが、それも当然だと思う。


「お前の気持ちは分かっている。私達だって尊重したい。しかし、今度ばかりは断るのが難しくてね。お前がいない間、何とかして先延ばしにしていたんだが」

 そう言ってくる父と母の顔は悩ましげだった。彼らも、努力はしてくれていたのだと、バランは思う。


「分かりました。では、会うことにします」

「いいのかい? 本当に?」

 バランの返事に、彼の両親は目を丸くする。


「いいも何も。それを頼みに来たのでしょう?」

「いや、しかしだ。こうもあっさりと受けてくれるとは思わなかったから。なあ、母さん?」

「ええ」

 不思議そうにお互いの顔を見合わせる両親に、バランは苦笑する。確かに、こんな反応されても仕方ないなと。バランは過去の自分を思い出す。


「ちょっと、私も色々と思うところがあったので。今は少しだけ、そういう気分なんです」

 失恋を癒やすのは新しい恋だ。などと思えるほど、バランは恋愛経験は無いと自覚している。何しろこれでずっと、金を追いかけるだけの日々で、他のことには目もくれなかったのだから。

 ただ、本当に新たな出会いになるとまでは期待していないものの。世間話のようなものでも出来るなら、気が紛れるかも知れないと考えた。


「しかし今度は、どこから出てきた話だというのですか? お相手の女性は、どなたなのですか?」

 両親の答えに、今度はバランが目を丸くした。

 紹介元はこの国の中枢にかなり近い人物からであり、また紹介された相手もこの国で名高い商会の令嬢だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 見合いの場所は、王都の近郊にある、紹介元の大貴族の屋敷にて設けられた。

 本当に気に入らなければ、遠慮なく断らせて貰う覚悟をバランは決めているが。それでも、流石にここまで周到に囲い込まれると、追い詰められた気分になる。


 紹介元にはそんなつもりは無いのかも知れないが、少々無粋な真似ではないかとバランは感じた。

 案内された屋敷の一室でバランが待っていると、程なくしてバランと同じ年頃の女性が、従者と共に部屋に入ってきた。


 バランは席を立ち、彼女らに会釈する。彼女もまた、彼と同じように会釈を返してくる。

 バランは、見合い相手の肖像画を思い出す。あの絵からは、彼女の持つ凜とした明るい存在感を盛っているというか、そういうものを表現しすぎだと疑っていたのだが、そんな事はなかったと恥じ入る。あの絵を描いた画家はまさしく天才であり、これから数多くの名声を得ることだろうと考え直した。

 彼女は、バランに対して、小さな丸テーブルを挟んだ向かいの席に座った。バランもそれを見届けて、着席する。


「初めまして。バラン=マーシャンと申します。今日は、よろしくお願いします」

「アシェット=グランソンです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 彼女が今日、着ているのは華美なドレスの類いでは無い。どちらかというと、女性近衛兵の礼服から更に装飾を減らしたような印象を受ける服装だった。しかし、そんな服装だからこそ、実用性と優雅さが彼女を引き立たせる。そんな風にバランは感じた。


「あの。不躾ですみません。早速ですが、一つ、試して欲しいものがあるのですが。よろしいでしょうか?」

「試して欲しいもの?」

 小首を傾げるアシェットを前に、バランは傍らの給仕に目で合図をする。それに応じて、給仕は小皿をテーブルの上に置いた。


「クッキーですか?」

「はい」

 興味深くクッキーを見詰めるアシェットに、バランは頷く。


「ご存じないかも知れませんけれど。実は私、クッキーにはかなりうるさい方なんですよ?」

「そうなんですか?」

「ええ。そうなんです」

 くすりと笑いながら、アシェットはクッキーを一つ摘まみ、その口の中に入れた。ゆっくりと、値踏みするように味わってくる。その評価がどうなるのか、バランはそこはかとなく緊張した。


「これ、バランさんの手作りですか?」

「ええ。お恥ずかしながら、その通りです」

「でしょうね。この味は、王都のどの店のものとも違いますから」

 納得だと、アシェットは頷く。


「お口に合いましたでしょうか?」

「お店には出せない味ですね。これは。失礼ですけれど、バランさん。普段からこういうことはされていないでしょう? 砂糖が足りていないし、少し焼き過ぎだと思います」

「お恥ずかしながら、その通りです。これまで、数えるほどしか焼いたことがないので」


「でも、私は嫌いじゃないですよ。売り物にはならなくても、バランさんの気持ちがこもっているような気がして」

 そこまで言って、アシェットは怪訝な目を浮かべた。


「あの? 実はバランさんって元々、私のことを知っていたとか。そういうつもりで、このクッキーを用意したんでしょうか?」

 彼女の質問に、バランは首を横に振る。


「いえ、とんでもない。本当に初耳です」

「あら、残念。ひょっとしたら、肖像画を見てそれくらいに夢中になってくれたのかもって思ったんですけれど」

 悪戯っぽく笑う彼女に、バランは思わず赤面する。本当に、そんなつもりは無かったのだが、そう思われても仕方がない真似だったかも知れないと思った。


「なら、どうしてこれを?」

「先日まで、ソレイユ地方の貴族の方と商談をしていたのです。そちらの方に出して頂いたお手製のクッキーが、思いの外胸に刺さりました。その味には遠く及びませんが、自分もまたこういうものが好きで、大事にしたい人間で。それを伝えたいと思いましたし、あるいは、反応からどういう価値観の女性か窺い知れるかと思ったからです。あとは、話を切り出す切っ掛けになるかと」


「つまり、あなたにとって、このクッキーは私とあなたの相性を量るための試金石だったという訳ですね?」

「そのとおりです」

 バランは頷き、白状した。

 それを見て、愉快そうにアシェットが笑う。


「本当に、奇遇ですね」

「と、いうと?」

 今度はバランが首を傾げた。


 アシェットは従者に目配せをする。それに応じて、従者も部屋の入り口に視線を向ける。入り口から、バランが頼んでいた者とは違う給仕が入ってきた。

 給仕が、丸テーブルの上に、持ってきたクッキーを置く。


「これは?」

 驚きながら、バランはアシェットに訊いた。

「私も、同じ事を考えていたんですよ。といっても、これは我が家に代々伝わる方法ですけれど。まさか、本当に同じ事を考えてくる人がいるだなんて、思いもしませんでした」


「頂いても?」

 「ええ、どうぞ」とアシェットは頷き、促してくる。

 バランはアシェットが用意したクッキーを口に運んだ。

「何て事だ」

 思わず、バランはその場に固まった。


「何故だ? 失礼ながら、これは、本当にアシェットさんが作ったものなんですか? どうしてあのクッキーがここに? いや、微妙に味は違うけれど。凄くよく似ている」

 困惑を隠せないバランに、アシェットも神妙に頷く。


「そうなんですか? なら、ひょっとしてその貴族の人。ご家族に商家の方から嫁いできた人いないでしょうか?」

「いえ、そこまでは知らないです。訊いたことがないので」


「そうなんですね。でも、もしそうだったら、我が家も古い家ですから。遠く分かれた家に伝わって、巡り巡ってということがあったとしても、不思議ではないかも知れませんね。本当に、そこまで伝えてくれていたというのなら、当家の血を引く者として嬉しく思いますけれど」

 感慨深げに、アシェットは頷いた。


「バランさん。もし、よろしければあなたがソレイユ地方でされたお仕事というのが、どんなものだったのか教えてくれませんか?」

 あれは、仮にも見合い相手に話していいものかとバランは迷った。

 しかし、興味深げに訊いてくるアシェットに対して。バランは彼女からは逃げられる気がしなかった。逃げる気も、起きなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 居間で唸りながらソルが手紙を読んでいると。リュンヌが側に寄ってきた。

「また、妙な表情していますね。ソル様」

「煩いですわね」

 自分でも、どんな顔をしていいのやらと悩みながら、ソルは頭を掻いた。


「今度は、どうしたんですか?」

「バランから手紙が届いたんですの」

「へえ? 何て?」

 ソルは嘆息する。


「ほとんどは、ビジネスに徹した内容ですわ。あと、ユテルの投資についても、厳正な社内審査の結果、応じてくれるそうね。学校を卒業したら、改めてユテルの身の振り方については話あった方がよさそうですけれど」

「それは、よかったですね。と、言いたいですが。身の振り方とは?」


「ユテルの才能については、専門家から高い評価を得たらしいのよ。それで、もし本人にその気があるのなら、そっち方面の学問を学びに王都に来てはどうかと書いてあるわ。でも、あの子もこの家の長男ですしね」

「なるほど。難しい問題ですね」


「まあ、すべてはあの子とお父様、お母様の話し合い次第でしょうけれど」

 ちなみに、もしユテルに何か言われたら、ソルは自分の未来は自分で決めろと返すつもりだ。


「あと、結婚することになったとか書いていますわ」

「え? 誰が?」

「バランがよ。何でも、それまで気が乗らなかったけれど、見合いで思いの外意気投合したんですって」

「それもまた、お目出度い話ですね」

 良き哉と頷くリュンヌに対して、ソルは半眼を向ける。


「私も、あれが片付いてホッとしているんだけど。何かこう、こうもあっさりと結婚されると、釈然としないですわね。いくら、私には全然そういう気が無かったとしても」

「妙な表情はそのせいでしたか」

 納得したように、リュンヌはぼやく。


「それから、親戚に商家の出身者はいないかって。それも、クッキーの焼き方を代々子供に伝えてきたような。って、訊いていますわね」

「何でそんな事を?」

「さあ?」

 母ティリアが商家の出身で、父エトゥルと仲良くなった切っ掛けが、実家で教わったクッキーだったとソルは覚えている。それと、何か関係あるのかと思った。


「あともう一つ、気になることが書いてありましてよ」

「何ですか?」


「『商人としての勘ですが。近々、ソル様の身にも大きな転機が訪れるかも知れません。念のため、覚えておいて貰えれば幸いです』ですって。でも、意味深な割に他に何も書いてないんですのよ。何ですのこれは?」

「随分と、あの人らしくない内容ですね」

 それから数日間、ソルとリュンヌは悩み続けた。そして結局、悩んでも仕方ないということで、深く考えないことにした。

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