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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第六章:青年実業家編】
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EX17話:夢のために

 その日、ソルがリビングで一服していると、ユテルが神妙な顔を浮かべて近付いてきた。

 緊張した足音と気配にソルは素早く気付き、少しだけ警戒した視線を彼に向ける。流石に、ここでいきなり隠し持っていた刃物で襲いかかってくるとか考えない程度には、彼のことを信頼しているが。


「姉さん。頼みがある」

「頼み?」

 珍しいこともあるものだと思った。ソルとしても、決して仲が悪いつもりはないが、性別の差もあるのか、この弟は普段あまり絡んでは来ない。

 なので、どちらかというと、ソルの方が彼に何かを依頼する方が多い。薬やら何やらを開発するための器具とか、そういうものを頼んでいる。無論、開発費として相応の額を支払った上でだ。


 その開発費が足りないとか、値上げでもしてくれということなのだろうか? 確かに、ソルの事業にとって彼の貢献は大きなものだ。その貢献に比べれば。という思いが、彼の中で渦巻いていても不思議ではない。

 だとしたら、どうしたものか? ソルは、幾ばくかの値上げは応じてもいいとは思う。変に臍を曲げられても面倒だ。かといって、あまり甘やかすのもよろしくないわけで。

 現実的に、どの程度までなら応じられそうか、ソルは計算していく。


「しばらく、道具作りの依頼を断らせて欲しい。あと、僕に商談を教えて欲しい」

 予想と違った答えに、ソルは軽く肩透かしを食らったような気分を抱いた。

「急にどうしたんですの?」

 ソルが訊くと、ユテルは頷いた。


「僕が長く考えてた『馬車の事故を減らす』方法。そのアイデアが固まって実験にも一区切りが付いた。だから、これから本格的にその実用化に向けた試行錯誤の段階に移りたいんだ」

「だから、私から新たに何かを依頼されても、そっちに割く時間は取れないということ?」

「悪いけれど、そうなる」

 疑問の一つは理解出来た。


「なら、商談というのは?」

「今、姉さんとビジネスをする為だけれど。バランさんもここに来ている。僕はこれをバランさんに売り込んで、出資を引き出したい」

 ユテルの考えに、ソルは顔をしかめた。よりによって、バランの奴に? と。


「何でそうなるんですの? お金が必要なら、私も手伝いますわ。家の外の人間に頼むより、よっぽどいいのではありませんこと?」

 しかし、ユテルは首を横に振った。


「姉さんの気持ちは嬉しい。けれど、今回ばかりはそれはしたくない」

「どうして?」

「僕は姉さんに甘えてしまうかも知れない。姉さんもどこかで僕が思うように結果が出せなくても甘やかしてしまうかも知れない。僕は、僕の考えや技術というものが、バランのような商売人にも通用するだけのものか挑戦してみたい。厳しい世界に晒されて、それでも生き残れるものかどうかを確認したいんだ。そうでもしないと、僕はずっと、殻を破れない気がしている。僕は、この夢は僕の力で掴みたい」


「お父様やお母様には、相談したのかしら?」

「勿論したさ。その上で、姉さんにも相談して、協力して貰うといいって」

 だからここに来たのかと、ソルは納得する。

 どうして、この弟を止めてくれなかったかと、ソルはエトゥルとティリアを軽く恨んだ。


 とはいえ、ソルがバランに抱く個人的な感情を知らない両親にしてみれば、ユテルの頼みを歓迎する気持ちも分かる。彼らにしてみれば、ユテルは何かと工作室に籠もってばかりで、内気な面が強い息子だ。それが、己の殻を打ち破り、外の人間と渡り合おうとしていく姿勢を見せたのだ。後押ししたくもなるのだろう。

 ソルは嘆息した。


「まあ、いいですけれど。私がこれまでユテルに頼んでいたことも、それこそバランに相談してみれば何とかなるかも知れませんし」

 その仕事の質と値段が、希望に見合うものならありがたいのだが。と、ソルは懸念しつつ。


「でも、問題は商談ですわね。これまで、何度もあなたの言う『馬車の事故を減らす』方法とやらがどんなものか聞いてみたけど、全然分かりませんわ。せめて、それが分かるように説明出来ないと、話になりませんわよ」

「うん。分かってる。つまり、僕が言いたいのは、従来、暴走した馬を止めるとしたら――」

 そこで、ユテルは固まった。


「またですの?」

 ソルは半眼を浮かべ、額に手を当てた。

 これが、ユテルの欠点である。職人や研究者には、普段は目の前の仕事にしか目が向いていないせいか、口が上手くないものが多いというのはソルも聞いたことがある。そして、ユテルはかなりその傾向が強かった。貴族らしからぬ性格をしていると、ソルは思うが。


 こういう点で見れば、アプリルはかなりマシだったのだろうとも、ソルは思う。彼の性格も別な意味では十分に問題ではあるのだが。

 ただ、話を聞いてみるに、ユテルも考えが無いから話せないわけではないと、ソルは理解している。むしろ、その逆だ。伝えたい情報が山ほどあって、それを一気に説明しようとして、口で目詰まりしているような状態なのだ。


「協力はしますけど、結果は保証しませんわよ」

「うん。よろしく頼むよ」

 どうしたものかと、ソルは虚空を見上げた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 それから約一週間後。

 ソルの目の前には、心なしか疲れ切った表情を見せたバランの姿があった。ユテルに頭を下げて踵を返し、屋敷を後にする。


 彼の背中を見送りながら、ソルは内心ほくそ笑んだ。彼がくたびれる様を見るのは、心地が良い。そこまで追い詰めたユテルを褒めてやりたい。

 そのユテルも、出せるものをすべて出し切ったのか、バランの姿見えなくなるとその場にへたり込んだ。


「お疲れ様。手応えはどうでしたの?」

 その日は、ソルのフォローも無い。ユテルは一人でバランと相対したのだった。

「分からない。本社に持ち帰って、審議しないことには答えは出せないって。そこで、今日は終わったよ」

「そう」


 この数日、ユテルは頑張ったとソルは思う。

 説明したいことを全部一気に言おうとするから、言葉が詰まるのなら、予め情報を整理するために一度それらを全部紙に書き出せとやったら。そのときは分厚い紙の束を用意してきた。

 重要なところをその中から絞り込めと言っても、全然絞り込めない状況から、根気よく話を纏めていった。


 何だかんだで、ヴィエルにも理解出来るレベルまで落とし込んだのは、彼の情熱の賜物だろう。

 いざ、話そうとしたら舞い上がってしまうものを何度もソルと商談の練習を繰り返した。

 それに付き合ったソルも苦労したし、今まさに、彼女は自分で自分を褒めていたりする。


「ただ、あの人はどこがどういう話なのかを確認しながら聞いてくれたから、僕も話しやすかったよ」

「『核心部分』は、ちゃんと秘密にしましたわね?」

「したよ。だから、王都の技術公開局に申請した以上は、勝手に真似するのは難しいと思う」


「申請が認められれば、ですけれどね」

「うん。分かってる」

 へたり込みながら、ユテルが顔をソルに向ける。


「姉さん。本当に、手伝ってくれてありがとう」

 そう言うユテルの顔は、数日前に比べて少し大人っぽくなったように、ソルは感じた。

ユテル「っ!? くそっ! まただ」

ソル「何で、少しずつ説明しようとしたら、今度は舌を噛むんですの?」

ユテル「何から話そうか考えたら、言葉が口に出ない。口に出そうとしたら、今度は舌の動きが思うように追い着かない。完全なデッドロック状態だ」

ソル「ええ。ああ、はい(疲れ切った目)」

リュンヌ「ユテル様って。恋愛でも、告らせようとしてあれこれ悩んで自滅を繰り返しそうですね」

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