第113話:予想外のデート
創星日。学校も休日の昼過ぎに、バランはソルの元へと訪れた。
「デートですの?」
「はい。あまりお時間は取らせません。少しの間、ご一緒に街を散策するだけですから」
屋敷の前で、恭しく頭を下げて頼み込んでくるバランの姿に、ソルは拍子抜けした。少し、予想と違ったように思える。
ここで、彼がどう出てくるかという、明確なイメージというものもソルには無かったのだが。それでも、漠然としたものからも外れていた。
「ソル様?」
傍らで「どうするんですか?」といった視線を送ってくるリュンヌに、ソルは小さく笑みを浮かべた。「安心なさい」と、伝わればいいと思う。
「いいですわ。本当に、長い時間にならないなら。それと、人目に付かないところに連れて行こうとしないというのでしたらね」
「勿論です。商店街を軽く見て、通りを抜けた先の広場に向かうだけですから」
「分かりましたわ」
とすると、広場で約束した贈り物でも取り出そうという腹づもりかも知れない。
予想の裏切り。ソルは初めて、この男に対して興味を抱いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
商店街は、いつも通りだった。そこそこの買い物客が集まって、賑わいを見せている。
「ソル様は、セリオちゃんのお店とは別に、この商店街にお気に入りのお店というのはありますか?」
「言っておきますけれど。セリオの店も、特別贔屓にしているとか、家の名前や財力を使って推すという真似はしていませんわよ? そこは、治める者として公平、公正にしていますわ」
「分かっていますよ。そこは、セリオちゃんからも聞いていますから。あの子も、ソル様のそういう公平なところを尊敬しているようですから」
「そ、そうなんですの」
実を言うと、ソルにしてみればセリオの店をあからさまに特別待遇していないのは、少し心苦しかったりしていた。しかし、そんなところが彼女にとって好印象だったと知って、安堵した。
それと、彼女は庶民であれど、貴族との縁を利用しようとしない、誇り高い娘なのだと、改めて思い直した。
「照れているんですか?」
「煩いですわね」
屈託の無い笑顔を浮かべてからかってくるバランに、ソルは軽くむくれて見せた。何だか、調子が狂うと思いながら。
「それで? 話を元に戻しますが。ソル様のお気に入りとか、ありますか?」
「秘密ですわ。元々、贈り物もあなたが私という女をどこまで理解出来ていたのかを見定めるための課題でしてよ? 私が何を気に入っているのかを当てるのも、当然課題になりますわ」
「なるほど。それもそうですね」
しばし、バランは顎に手を当てて考え込む。
そして、人差し指を立ててきた。少し、芝居がかった仕草にソルは思えた。
「じゃあ。私が気になったお店に寄らせて貰います」
「何でそうなるんですの?」
またもや、彼の思いもしなかった提案に、ソルは目を丸くする。
「どうせなら、私という男のことも少し知って頂きたいと思ったからです」
「勝手ですわね」
だが、正直だとも思った。ソルは微苦笑を浮かべる。
「ダメでしょうか?」
「いいえ。好きになさい」
「それでは――」
突然にバランから手を掴まれ、ソルは一瞬、悲鳴を上げそうになる。
目を白黒させながら、彼に引っ張られるままに進んだ先は、小さな雑貨屋だった。それも、食器や壺のようなものをメインに売っている店だ。
「ここですの?」
「はい」
ソルは小首を傾げた。正直言って、如何にも庶民な店構えであり、特別な価値があるものが並んでいるようには見えない。
「陶器の類いが好きだったりするんですの?」
「いや? そんなことはないです。色々と見て、それなりに審美眼は養われたと思いますけど。でも、陶器ってその土地ごとに特色や歴史があって、そこは面白いと思います。好きな人は、やっぱりはまるんでしょうね」
「まあね」
「私がちょっと気になったのは、これです」
「どれですの?」
彼らは店の端の方へと寄っていく。そこには、本当に安っぽい出来の、小さな陶器細工が置いてあった。細工は花を模したものや、動物を模したもの、生活小物を模したものなど、様々だ。
「こういうのが、実は場所によっては売れると思ったとか?」
「いえ、全然?」
真顔で首を横に振るバランに、ソルの肩から力が抜ける。
「でも、こういうものって土産物に丁度良いんですよ。旅先でこういうのを見掛けて、ちょっと気に入ったら実家に送っています。それで、家に帰ったら眺めて、ここはこんなところだった。ああいうことがあったって思い出すんです」
「思い出の証っていうことですの?」
「そうかも知れません」
この男に、そんな一面があったのかと。ソルにはそれも、以外に思えた。あるいは、気付こうとしなかったのかも知れない。そんな風にも思えた。
ふと、バランは陶器細工の一つを摘まんだ。バラの細工だ。
「それがどうかしたんですの?」
「ああいえ? ソル様が好きな花って。何だろうって考えて。そうしたら、バラとかお似合いだなと」
ソルは面食らった。
「バラはお嫌いですか?」
「そんなことは、ありませんわ」
ソルは、ベリエとの一件を思い出す。バラは、一番思い入れがある花と言っていいだろう。
「では、こちらを贈らせて頂きます」
彼を止めることも出来ないまま、ソルはバランからバラの細工を買って贈られる。そのついでにと、バランはユキソウを模した細工を買っていた。ユキソウは、ここら一帯ではよく見掛ける植物だが、それ故に記憶に残ると言っていた。
以前に贈られた、遙かに高価なルビーのブローチは不愉快なだけだったが。こんな小さな陶器細工を贈られて感じたものは、どう判断すればいいのかと、ソルは悩ましく感じた。
果たしてこれは、「本当に自分を喜ばせることが出来る贈り物」として、カウントしてしまっていいものなのだろうか。
ソル「各地で買って集めたお土産の小物ねえ。殿方って、こういうのを集めるの、本当にお好きですわね」
バラン「お父上やリュンヌ君も、何か集めていたりするのですか?」
ソル「……ええ、まあ(エロ本を)」
エトゥル&リュンヌ『どこかで、酷い誤解をされている気がする』
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厳しいところを抜けたので、そろそろ以前のペースに戻れたらいいなと思います。
※脇で、迫り来る小説大賞の締め切りを見ながら。




