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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第六章:青年実業家編】
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第112話:彼女が望む幸せ

 帰宅してから一時間後。

 寝台の上で、ソルは荒くなった息を整える。そして、しこたま殴りつけた枕を脇に置いた。これで、ようやく少しは気分が晴れた。


「リュンヌ。来なさい」

 寝台の縁に腰掛ける形に体勢を変え、ソルはリュンヌを呼んだ。間を置かず、リュンヌが彼女の目の前に姿を現す。


「うわぁ」

 途端、彼は顔をしかめてきた。

「何が、『うわぁ』なんですの」


「いや、取り繕う必要が無くなると、また凄い顔しているなって思ったので」

「これでも、大分落ち着いたんですのよ?」

「なら、いいのですが」

 リュンヌは苦笑を浮かべた。


「ちなみになのですが。ドゥオーレ商会の動きも含め、バランの本当の狙いはソル様だった。ということでよろしいのでしょうか? そこ、気になっていたもので」

 リュンヌが訊くと、ソルは舌打ちした。


「何でそこで、舌打ちなんですか? 外れていたってことですか?」

「いいえ、その通りですわ」

「じゃあ、何で?」


「あなたに、お仕置きで吐き薬を飲ませられなくなったからですわ」

「だから、本気で止めてくれって言っているでしょう!? こんな事で、飲みませんからねっ!?」

 強い口調で、リュンヌは拒絶してくる。ソルは唇を尖らせた。


「で、話を戻しますけれど。バランの狙いがソル様だったというのなら、ドゥオーレ商会に情報を渡し、誘導したのもバランということですね?」

「物証は掴めていませんけれどね。でも、まず間違いないでしょう。このタイミングになってドゥオーレ商会が出てくる? バランの動きを見張っていたにしては、ここまでの彼らの動きは、静か過ぎますわ。私達が視察していた町や村で、彼らの姿を見掛けたという話も聞いていない」


「普段見掛けない人が訪れたら、確かに目立ちますものね」

 田舎故に人の出入りが少なく、見慣れない人間に対しては閉鎖的で警戒心が強い傾向がある領民の間で、そういう話が浮かび上がらないというのは、考えにくい。


「そして、バラン達の中に裏切り者がいるとしたら。何よりもまず先に、バランをこの地から離れさせるように働きかけることでしょうね。バランも、特別な感情でもない限りは、別の地にビジネスの為に移動することに抵抗は無いはず」

「それが、バランにはどうやら特別な感情が湧いていたようだと」

 リュンヌがぼやくのと同時に、ソルは大きく嘆息した。


「ねえリュンヌ? あなた、確か最初に会ったときに言いましたわよね? 『選択肢さえ間違えなければ、ここではイケメンに愛されまくり人生間違い無しの一生を送ることになる』って」

「ええまあ。はい。言ったと思います」


「仮に、私がここでバランと結ばれる決断をしますわ。確かにあの人は、あの人なりに精一杯に私を愛そうとすることでしょう。あの人の財産を考えれば、大貴族にも等しい生活を送ることが出来る。色々と、ビジネスをやってみるのも生き甲斐になるのでしょうね。客観的に見れば、あの人も容姿は整っている方です。端から見れば、それはきっと、誰もが羨む幸せな一生なんだって思いますわ」


「でも、それはソル様の望む幸せではないということでしょうか? 相手がバランだから」

「ある意味では、その通りですわ」

「それは、どういう意味でしょうか?」

 少し逡巡して、ソルは続けた。


「私がもしも、本当にあの人と結婚したとして。それでも、幸せだと思ってしまうようになるのかっていう話ですわ。神々の計らいだか何だか分かりませんけれど、そういうもので、絶対的に私はそう考えるようになったりしてしまうものなんですの? 私は、必ず、絶対に幸せになれるんですの?」

 ソルの問いに、リュンヌは首を傾げた。


「何だか、幸せになりたいのかなりたくないのか、分からないこと言われているような気がします」

「私だって、自分が何言っているのか分からないわよ。滅茶苦茶な事言っていると思いますわ」

「でも、少しは言いたいことが分かる気がします。ソル様は、ご自身の意思でご自分の望む形の幸せを手に入れたい。そういう事なんだと思います。神々の思惑とか、そういう介入は抜きにして」

 リュンヌの言葉に、ソルは頷く。


「でも、そういう話については、僕は何も聞かされていないので分かりません。だから、僕の考えを言います。結局は幸せって、ソル様の考え次第で決まるものではないでしょうか?」

「私次第?」


「ソル様が望む幸せが、ソル様の本当の幸せ。つまりは、全部ソル様が決めるものだっていうことです。そして、その幸せの維持のためにソル様が何一つ努力せず、相手からの愛情を貪るだけなんて結婚生活が上手くいくとも思えませんし、そういうのを神々とやらがソル様に望んでいるとも思えません。そんな、受動的に決まるものではないと思うんですよ」

「それを聞いて、私は安心すれば良いのか、不安に思えば良いのか分からなくなるわね」

 ソルは苦笑を浮かべた。ただ、幸せを自分で決めることが出来るというのは、気が楽になった。


「じゃあ、もう一つ気になったことあるんですの」

「何でしょうか?」

「もしも私が、この世界で誰かを殺してしまったら、どうなりますの?」

 にたり。と、ソルは唇の端を吊り上げて、訊く。

 リュンヌの顔が凍り付いた。


「馬鹿なことは考えないで下さい。そんな事をすれば、今度こそ、きっと、ソル様の魂はどうしようもなく救いが無い話になります」

「でしょうね」

 リュンヌの答えに、ソルも同意する。


「でも、殺すこと自体は可能なのね?」

「ソル様っ!」

 リュンヌが睨んでくる。その顔は、今にも泣き出しそうな。そんな顔に、ソルには思えた。彼のこんな顔には、心が痛むのと同時に、どこか安堵を覚える。つくづく、自分という女は性根が歪んでいると、そうソルは思った。

 少しの間、ソルはそんなリュンヌの顔を眺める。


「安心なさい。流石に、前世と同じ過ちは繰り返しませんわ」

 ただし、答えによってはただでは済まさないつもりだ。それこそ、その為には結婚という手段すらも、使うかも知れない。その覚悟をソルは決めた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日、バランは宿の寝台の上で夢を見ていた。仕事のために動く気にはなれなかった。元より、この地で残した仕事というのも、ほとんど無いのだ。

 眠っていたわけではない。ただ、目を瞑ってソルを妻に迎えた後の未来に耽っていただけだ。


 その夢の中で、二人は何不自由のない暮らしを送っていた。国中を飛び回りながらも、各地の景観を楽しみ、旅情を楽しみ、煌びやかな装飾や美食を楽しみ、ビジネスを協力して進め、人々の生活を豊かにし、彼らの笑顔を眺め、そういう事にささやかな喜びを覚える。

 その夢の中で、彼女は大きなルビーのブローチを身に付けていて。それはとてもよく似合っていた。


 そんな、幸せな未来をバランは夢見ていた。

 しかし、それには『ソルを本当に喜ばせることが出来る贈り物』が必要となる。


「やはり、あの人は。私によく似ているという事なのかも知れないな」

 寂しげに笑って、バランは何を贈るか決意した。

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