第111話:謀略と本音
静かに、ソルは息を整える。
既に怒りで頭がどうにかなってしまいそうではあるが。ここから先の会話は、間違っても感情的になってはいけないのだと、彼女はそう理解している。
「どうして、そういう話になるんですの?」
だから、ソルはバランから情報を引き出すことを選択した。
「確かに、突然にこのような申し出。ソル様を困らせてしまうものだとは、分かっております。戸惑われるのは、無理もないことだと思います。ですが、私には他にソル様の事業をドゥオーレ商会から守る方法が思い浮かばないのです」
「私が、バランさんに嫁げば、ドゥオーレ商会をどうにかするための、お金の融通が付く。そういことですの?」
ソルは顔を上げて、バランに視線を向けた。
その視線の先で、バランはとても真剣で、また同時に不安げな表情を浮かべていた。伸るか反るかの大博打を打っている。そんな顔だ。
そんな表情に、ソルは見覚えがある。過去に何度も見た顔だった。
「その通りです。先ほど申し上げたとおり、私個人で自由に出来る財産や資金には限りがあります。しかし、婚約者や伴侶のためとなれば、まだ融通は利きます。私が結婚した暁には、家の中でもより大きな力を持った存在とするために、譲り受けられることになっている財産があるのです。当てはあります」
「でも、そんな話。あなたのご両親が許すと思いますの」
「説得してみせます。必ず。実を言うと、我が家もドゥオーレ商会に手痛い目に遭わされた過去があるのです。ソル様の境遇を伝えれば、両親も好意的になってくれることでしょう。いえ、ドゥオーレ商会を抜きにしても、ソル様は素晴らしい事業家です。これまでされてきたことを説明すれば、ソル様の素晴らしさを理解してくれます」
「つまり、商人としての価値観で見ても、私という女を妻に迎え入れることは、大いにメリットが期待出来る。そういうことですの?」
ソルがそう訊くと、バランは呻いた。
「打算的な言い方になってしまい。申し訳ありません。同じく商人である両親には、やはりこういう話は抜きに出来ないと思うので」
ソルは軽く嘆息する。
「まあ、いいですわ。私も貴族の身ですもの。背中に背負っているものがある以上は、能力が求められるということくらい、理解していますもの」
むしろ、打算が全く無いという方が、信用ならない。そう、ソルは思っている。この結婚を申し出た動機が少しは理解出来て、そういう意味では安堵したくらいだ。
「しかし、ソル様の手腕だとか。この地の事業的な価値とか。そういう話を抜きにしても。私は。これは、私の勝手な想いではあるのですが。私は、ソル様が愛するこの土地が好きです。ソル様も。その、僭越な言い草ではありますが。見目麗しく、賢く、優しい。そんな素晴らしい女性だと思っています。ですので、ソル様の事業も、この地も。守りたいという想いがあるのです」
熱を混め、真摯な口調でバランは訴えてくる。
こんな風に言われたら。自分でなければ、心が揺れ動いてしまう女というのもいるかも知れない。ソルはどこか遠く、そう思った。
だがソルは胸中で「嘘吐き」と彼を罵る。彼の本音がどんなものか、透けて見えるから。
「でも、私はバランさんの事をよく知りませんの。バランさんも、そう言って頂けるのは嬉しいですけれど。私のことをどれほどご存じなのか、分かりませんわ」
「では、月婚だけでも結んでは頂けないでしょうか。お互いを知る時間が無かったというのであれば、これからの時間を捧げます。何に代えても、ソル様を幸せにしてみせます。先日に、ソル様は預かるだけと仰っていたルビーのブローチも、改めて差し上げます。足りないのであれば、それ以上のものを用意してみせます」
強い決意と覚悟で、バランは訴えてきた。
眉一つ動かさず、ソルは「臆病者」と彼を胸中で罵る。
しかし、自分に彼を罵る権利など無いことも、ソルは理解している。だって、今の彼は、かつての自分の姿なのだから。
それ故に思う。もう、覚悟を決めるべきだと。
「バランさんのお気持ちは、分かりました」
「では――」
一瞬、バランの表情が輝くが、ソルは即座に遮る。
「ですが、今の私には直ぐにそのお気持ちを受け取ることが出来ません。とはいえ、バランさんのお気持ちを無下にすることも出来ません」
「と、いいますと?」
「バランさんは、あとどれくらいこの地にいられますの? 前々から不思議だったのです。バランさんの様な立場の人であれば、もっとお忙しく、あまり長く一箇所に留まれないのではありませんこと?」
ソルが訊くと、バランは気まずそうに目を伏せた。
「仰るとおりです。実は、会社には無理を言ってここに留まっていました。でも、それももう限界で、猶予はあと数日というところだと思います」
「となると、お互いを知る時間というのも、限られるという訳ですわね」
「はい」
バランが認めるのを見て、ソルも頷く。
「では、こうしましょう。バランさん。その数日の間に、私に何か。そう、私を本当に喜ばせることが出来る贈り物を贈っては頂けませんこと? それで、私を喜ばせることが出来たなら、バランさんがこれまで見てきて、私という女をどのような女なのかを分かってくれたのだと思い、あなたの気持ち、申し出を受け入れます」
「ダメなら。私はあなたという人を分かっていなかった、見る目が無い男だったと判断して断る。そして、ドゥオーレ商会とも一人でやり合おうということですか?」
「ええ。そうなりますわね。でも、一つ訂正させて貰いますわ」
「何をですか?」
「私は、一人ではありません。私を支えてくれる、頼りになる人達が何人もいますもの」
ソルがそう答えると、バランは目を閉じ、深く頭を垂れた。
「ご尤もです。失礼致しました」
「それでは、私達もこれで失礼しますわ。ご機嫌よう。あなたの答えを楽しみに待っていますわ」
ソルとリュンヌはバランの元から立ち去り、屋敷の中へと消えていった。
ボツタイトル ※前のサブタイトルに被るのでボツ
【狙われた令嬢】
リュンヌ「成金に狙われた令嬢とか、何だか官能小説っぽいですよね」
エトゥル「分かる」
ソル&ティリア『ふ~ん? あなた達、そういうのがお好きなんですのね?』
リュンヌ&エトゥル『いやその、これは違うっ!?』
・分からない話
バラン「私と、結婚して下さい!」
ソル「何でそ~うなるのっ!?」
バラン「えっ!?」
リュンヌ「えっ!?」
ソル「言ってみただけですわ(赤面)」
こんなネタ、今の若い人達、分っかるかな~? 分っかんねえだろなあ~。
書いている人もよく知らんけど。