第108話:寄ってくるもの
その日、ソルは居間で手紙を読んでいた。文面を追っていく視線と、薄く浮かんだ笑みは、冷ややかなものだった。
「何か、お気に障るようなことでも書いてあったのですか? 随分と、つまらなさそうな顔をされているように見えますが?」
傍らに立つリュンヌが訊いてくる。
「そうね。今度はドゥオーレ商会からの手紙ですわ。一度、商談をさせて頂きたい。そう言っていますわね」
「商談というと? やっぱりあれですか? バランと同じく、化粧品や薬の類いのことでしょうか?」
「その通りですわ。まったく、どこから嗅ぎ付けてくるのやら」
ソルは軽く肩を竦める。
「でもまあ。つまり、バランの商売敵っていう感じなのですかね? どういう企業なのかは、ソル様ご存じなのでしょうか?」
「企業の規模と主な事業くらいは? そのうち必要になるかも知れないって、この国の主だった企業については、アプリルに調べて貰いましたの。あくまでも、一覧として見られる程度の情報ですけれどね。ある意味で、アプリルには王都に行って貰ってよかったかも知れませんわね」
「思いっきり便利に使っていますね。お礼とか、ちゃんとした方がいいですよ」
「私がそういう貸し借りに五月蝿いのは知っているでしょ? 言われなくても、そこはちゃんとしていますわ。報酬は先に提示していますもの。彼女向けに、化粧品のセットと。アプリル本人向けに疲労回復とかの薬を渡していますわ。評判も上々ですわね」
「それはよかったです」
「企業規模については、この国の中でも五指の中に入りますわ。元々は四大企業だったところに、バランのところが急進的に食い込んできた形ですけれど。まったく、そんなことすら、こんな片田舎では情報を得るのに苦労しますわね。事業内容についても、互いに被っているところは多いようですわ。特に、投資とコンサルタント業の分野では」
「お互いに反目し合っていそうですね」
「でしょうね。だから、こうしてバラン達の横から掻っ攫おうとしてきた。そんなところでしょう」
「ソル様。モテモテですね。良いことじゃないですか? 上手く立ち回れば、バランよりも好条件でビジネスが出来るかも知れないってことでしょう?」
「本当に、そうだったらいいんですけれどねえ」
如何にも期待してないといった態度で、ソルは天井を見上げた。
「何か問題でも?」
訊いてくるリュンヌに対し、ソルは心底呆れたと鼻で嗤った。
「あのねえリュンヌ? 確かに、ドゥオーレ商会がバランの奴よりも良い条件を提示して、尚且つビジネスパートして信用に足る態度を示してくれたなら、それはいいことですわ。私も、無理にバランと手を結ぶ必要は無い。むしろ、手が切れて万々歳ですわね」
「そうはならないと?」
「そうはならない可能性が、残っているっていうことですわ。しかも、その可能性は決して低くはない。いつの時代も、新規開拓される枠というのは、そう多くは無い。ビジネスはシェアの奪い合いよ。そう考えると、バラン達にシェアを奪われ続けている企業というのが、どれほどのものかというと、疑問が残りますわね」
「なるほど」
「しかも、規模はバランのところと同規模か下手すればもっと大きい。こうなれば、私達の意向なんて無視して、化け物が目の前で取っ組み合いを始めて、散々に振り回してくることにもなりかねませんわね」
「それはまた、面倒ですね」
「だから、手放しで歓迎は出来ないんですのよね」
ソルは軽く嘆息した。
「それで? なら、ソル様はどうするおつもりなんですか?」
「どういうつもりなのか、話だけはするつもりですわ。返事を返したら、ものの数日でこっちに来られるようですし」
「そうなんですか?」
「こんな辺境でもない限り、ちょっと大きな街なら、全国に支店があるみたいですもの」
「バランの方は?」
「成長がここ近年の話だから、まだそこまでは網羅出来ていないようですわね」
「そういう意味では、連絡の取りやすさで考えるとドゥオーレ商会の方が一歩リードしている。ということかも知れませんね」
「まあ、それは言えるかも知れませんわね」
果たして、この話がバランの耳に入ったとして。その時彼はどのように動くのか?
ソルにはそこが、気掛かりに思えた。出来ることなら、期待を裏切る真似だけはして欲しくないものだと思うが。