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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第六章:青年実業家編】
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第106話:か細い期待

 その晩、ソルの自室にて。

「また、正ヒロインが絶対にしちゃいけない顔してますね」

「煩いですわね」


 リュンヌに言われるまでもなく。ソルは自分が今どんな顔をしているのかは自覚している。鏡で確認する気は無いが、一目で不機嫌と分かる顔に違いない。

 そして、このところ、こんな展開が続いているのはソルも自覚している。


「今度は、何があったんですか?」

「別に。大したことではありませんわ。ただ単に、私が私に腹が立っているだけ」

 心底忌々しげに、ソルは溜息を吐いた。


「バランの投資計画ですけれど。少しだけ飲んでみようと思いますわ。計画そのものは確かなものですから。どこか、適当な集落に対して実行し、様子を見ますの」

「なるほど。実際の結果がどうなるのかは、分からないものですからね。そこをお試しということで慎重に話を進めようという感じですか。確かに、いきなりあんな大がかりな計画を進めるというのもリスクがありますからね。現実的な落としどころだと思います」


「そうですわね。不自然ではない。口実としては、悪くありませんわ」

「不機嫌なのは、それが理由ですか? どんな思惑にしろ、あの男の提案を多少なりとも飲むことにしたのが、気に入らない。そういうことでしょうか?」

 リュンヌの問いに、ソルは頷く。


「ええ。全く以てその通りですわ。こんな、見え見えの罠に引っ掛かるような、素直な一手を返さなければいけないというのが、気に入りませんわ」

「どういう意味です?」

 眉をひそめるリュンヌに対して、ソルは目を細めた。


「リュンヌ? あなた、人を騙す手口については、知っていまして?」

「いえ? そういう知識には疎いです」

「そうね。あなた、そういう人だものね」

 ソルは唇を釣り上げて嘲笑した。もっとも、リュンヌがこういう男だからこそ、信用もしている。


「やり方は単純ですわ。まず最初に、大きな儲け話を持ちかけるんですの。そして、この儲け話は安全確実だと相手に思わせるんですの」

「それだと、普通は恐がって乗ってこないのでは?」

「ええそうよ。そして、それこそが期待通りの動きですの」

「どういうことです?」

 首を傾げるリュンヌに、ソルは説明を続ける。


「次はね? その儲け話に対して小口の枠を用意するんですの」

 そこまで説明すると、リュンヌも察したのだろう。納得したような表情を浮かべた。

「なるほど、その小口の話を撒き餌にするわけですね」


「そういうことですわ。その撒き餌に食い付いた獲物は、その利益に喜びますわね。『この話に乗って良かった』って。と、同時に欲を突っ張らせてこうも思うようになっていく。『惜しいことをした。あのとき、もっと大きく話に乗っていれば』ってね。本人にその気は薄くても、騙す側は様々に言って、さも巨額の利益を取り逃した。残念なことをしたと思わせる」

「そうやって、獲物が大金を大口の話に突っ込んできたところで、それらをすべて釣り上げ、頂くという訳ですね。えげつない」


「本当に、単純な理屈で引っ掛かるものかって思うでしょう? けれどね、騙す側というのはこういう筋を巧みにカモフラージュしますわよ?」

「流石に、僕も実際の手口がそのまんまテンプレート通りに行われるとは思いませんよ」

 リュンヌは人差し指を立てた。


「でもまあ? つまり? ソル様はそこまでお考えの上で、それでもバランが巻いた撒き餌に食い付くような選択をすることにしたということになりますね? それは、確かにソル様にしてみたら気に入らないのはそうだと思います」

「でしょう?」

 ソルは唇を尖らせる。


「ただ、同時に分からないです。なら、どうしてそこまでお考えの上で、そんな真似をしようと思ったんですか? やっぱり、何かあったんですか?」

 陰鬱に、ソルは息を吐いた。


「今日の放課後。セリオの家に遊びに行ったら、バランと遭遇しましたの。セリオの家のパン屋については、投資をして無理矢理大きくするつもりは無いって言っていましたけれど。それは、投資をすることで、あの店の良さを殺すことに繋がることを見通しての話でしたわ。商人としての顔を捨てて、そんなことを言っていましたの」

 そしてそれこそが、あの男の素顔のように。そんな風に、ソルには思えたのだった。


「つまりは? バランはお金を追うよりも大切なものを知っている? そう、ソル様は考えたということですか?」

「まあ、そんなところですわね。だから、本当にそうなのか、少し確認してみたくなったんですわ。本当に、ただの気紛れみたいなものですけれど」


 苦笑交じりに、ソルは肩を落とした。

「本当に、私はどうかしていますわね。下手な好奇心は身を滅ぼす。それが分かっているのに、こうしてあの男をここに呼んで、あまつさえ撒き餌に食い付こうとしている」

 俯いたまま、ソルは自分の身を抱く。


「リュンヌ? 生まれ変わってここに来たときは不満を言ったけれどね? 何だかんだで、私は今のこの生活が気に入っているんですの。なのに何だか、破滅願望に突き進んでいるような気がして」

 恐い。

 けれど、その一言だけは、ソルは言い出せなかった。


「ソル様」

「何ですの?」

 ソルが少しだけ目線を上げると、その先でリュンヌは跪いた。

「あなたは、私が守ります。ソル様が想える人と結ばれるその日まで。ですから、ご安心下さい」


 あなたに何が出来るんですの?

 そう、ソルは思ったが、口には出さなかった。少し経済やらなんやらの説明をしたぐらいで居眠りしてしまうようなこの男に、こっち方面での力は期待出来ない。しかし、それを今言うのは野暮というものだろう。


 リュンヌも、そういうつもりで言ってきた訳ではないということくらいは、ソルにも分かる。

「そう。ありがとう」

 ソルは不思議と、少し不安が和らいだ気がした。口元が、緩む。

ソル「せめて、初歩的な経済理論と法律くらいは理解して貰えると、あなたもちょっとは頼りになるですけれどねえ(クソデカ溜息)」

リュンヌ「数日徹夜コースの講義はちょっとじゃないと思います」

ソル「講義1時間で寝落ちするくせに」

リュンヌ「しかも、オタク特有の早口で捲し立てられても、さっぱり頭に入りませんってば」

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