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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第六章:青年実業家編】
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第104話:バランのソレイユ地方投資計画

 その晩、ソルの自室にて。

「また、正ヒロインが絶対にしちゃいけない顔してますね」

「煩いですわね」

 リュンヌに言われるまでもなく。ソルは自分が今どんな顔をしているのかは自覚している。鏡で確認する気は無いが、一目で不機嫌と分かる顔に違いない。


「それで? 今日は何が気に入らないのですか? 先日もそうでしたが、気に入らないのに、あんなににこやかな笑顔を浮かべてお話が出来るっていうのは本当に凄いと想います」

 リュンヌの揶揄に、ソルは唸り声を上げた。彼に言われるまでもない。この状況はつい先日とまんま重なっている。


「あの男が提案してきた、ソレイユ地方の投資計画ですわ」

「それが何か問題が? 僕には、特に引っ掛かるものは感じなかったんですが。良く出来た投資計画だと思いますよ。いやあ、本人も言っていたとおり、仕事に熱が入っていたんでしょうね。概案とはいえ、視察からあれを数日程度で纏め上げてくるとか、大したものだと思いますよ」

「ええ。そうですわね」

 リュンヌの評価に、ソルは舌打ちする。


「本当に、忌々しいくらいに良く出来ていますわ」

「一緒に説明を聞いていた、エトゥル様やティリア様も興味津々という具合でしたからね」

「あの二人も、性根が素直なのは結構ですけれど、そういうところは足元を掬われないか不安ですわね」


「僕が見た限り、あの方達もそこまでお人好しではないし、現実主義ですけれどね。そこは、バランの計画の出来と説明が確かだったからこそだと思います」

 リュンヌの言葉に、ソルも無言で同意した。


「実際。あの人はよく見ていますよ。ソル様の事業の良いところも、不足しているところも。的確に見抜いています」

「そうですわね。人材を無理なく、無駄なく効率的に使うこと。作業が属人的にならないようにしたり、仮に彼らに病気や何か問題が起きたとしても、それで全体として事業を回し続けられるような体制作り。ここには拘っていたつもりですわ。そこをああも称賛してくるというのは」


「考えれば、当たり前のことではあるけれど、実現するのは難しい。そうも、あの人は言っていましたね。だからこそ、実現しているソル様は凄いのだと。実際、僕もそこは凄いと思いますよ。人間、目先の利益とかに流されて、ついついそこはおざなりになってしまいがちですから」

「でも、そこを疎かにすると、こういうものは足元から崩れるんですわ。だから私は、リスクは徹底的に潰すんですの。盤石の構えで、立ち続けるためにも」

 逆に、前世でも攻めるときは相手の隙としてまずそこを探した。あるいは、隙を作らせた。


「常々。ソル様も仰ってますものね。あと他にも、バランはこの地方の産業について調べてましたね。ワインについても興味を持ってましたし」

「でしたわね。あれを見付けてくるとは大した嗅覚ですわ。お父様がそこで食い付いたんですのよね。あれが、好物な人ですから」

 ソレイユ地方では、長い冬の産業としてベリー系の果実を使ったワインを造っている。とはいえ、材料もあまり手に入らず、卸先も開拓出来ていないので、細々と造っているに過ぎない代物だ。冬の仕事は、生活のために優先される他の仕事が多いというのもあり、人手の確保も難しい。


「でも、実際美味しいですからねあれ」

「それは、認めますわ」

 水の質がいいのだろうか。あの味は前世で飲んでいた高級ワインにも引けを取らない出来だというのが、ソルの評価だ。

 エトゥルも、可能なら買い占めたいと思っているようだが、流石にそれをやると民の反感を招きそうなのでそれは自重している。


「それで、ソル様の事業の問題。というか、発展させるために必要な課題ですね。これは、大量生産を可能にするための、開拓。人員の増員。評価制度の制定と運用。人材の教育。販路の開拓。こんなところの訳ですが、そこに必要な投資金額の見積もりと用立て方法。実施計画と現実的に落とし込んでいるように思います」

「そうね。全くもって見事なものだわ」

 ソルが嘆息すると、リュンヌは肩を竦めた。


「それで? 話は最初に戻りますが。ソル様は何を懸念されているのですか? 気に入らないっていうのは、つまりはそういう事なのでしょう?」

 リュンヌの問いに、ソルは頷く。


「その通りですわ。こんな事言うのも難癖かも知れませんけれどね。これは、出来が良すぎるんですの」

「というと?」

「この話をこのまま素直に飲んで、その通りにやればまず間違いなくこの地方は豊かになりますわ。私の事業も軌道に乗って、大きくなりますわね」

「はい」


「そして、私達はあの男に逆らえなくなるかも知れない」

「つまりは、どこかで梯子を外されるリスクがある? それをソル様は恐れているということですか」

「そんなところね。味方である限りは頼もしいけれど。もしも、敵に回ったら。やはり、厄介ですわね」

 ソルがそう言うと、リュンヌは顎に手を当てて、しばし虚空を見上げた。


「何というか、少し意外ですね」

「何がですの?」

「いえ? ソル様が相手を客観的に見積もるお方だというのは承知しています。しかし、先日も似たようなことを仰っていましたが。バランが敵に回ることを恐れているんですよね? ある意味では高評価というか。ソル様をしてそう言わしめるって、そんな人なかなかいないんじゃないかって思ったんですよ。ソル様なら、恐れることなく蹴散らす立ち回りくらいしてくれそうなものだって思っていたので。そんなにも、バランって敵にすると手強い相手なんですか?」


「あの男の経済力と人脈がどんなものか、少しは分かって言っているんですの?」

「正直、あまりピンときていません」

「馬鹿っ!」

 ソルは髪を掻き毟った。


「じゃあ、例えば戦うことになったとしますわよ? こっちが10人かそこらの寄せ集め兵力で、5万や10万の正規軍を相手に出来ると思いまして? つまりは、そういうことでしてよ」

「ああ、それは無理ですね」


「でしょう? せいぜい、数千人くらいが限界でしてよ! 経済的な領域の話でだけど!」

「それも大概おかしいっ!」

 興奮した口調で言ってくるリュンヌに対し、ソルは真顔を浮かべた。


「でも、私はそれくらいなら前世でやりましたわよ?」

「マジですか? それはそれで、興味深いんですけど?」

「何言っているんですの? 前に話して差し上げたら、あなた途中で寝てしまったじゃありませんの」


 ソルが言ってやると、リュンヌは「ああ」と呻いた。

「すみません。あれは話が専門的すぎて全然付いていけませんでした。夜遅かった上に、兎に角話も長かったので」

 ふん。と、ソルは鼻を鳴らした。


「まあでも、それだけ力の差があるんじゃ、確かにソル様も恐れを抱くのは仕方ありませんね」

 正直、一時の好奇心で彼を招いたのは失敗だったかも知れないと、ソルは後悔している。

「でも、だから分かったでしょう? あの男を敵に回した場合の恐ろしさが」

「まあ。言いたいことは分かりましたが――」

「何ですの?」

 まだ分かっていないらしいリュンヌの様子に、ソルは不機嫌に眉を吊り上げる。


「ああいえ。これはあくまでも僕個人の感覚ですが。あまり、そんな心配はしなくていいように思いますけどね」

「何でですの?」


「こう言うと、怒るかもしれませんが。僕は何となく、バランってソル様と同じものを感じるんですよ。ビジネスに対する考え方もそうですが。だからですかね? 僕が、彼をそこまで警戒する気になれないのは」

 そんなリュンヌの言葉に、ソルは俯く。

「だから、警戒しなくちゃダメなんですのよ」

 その呟きが、リュンヌに届いたかどうかは分からないが。

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