第100話:王都の商人
祝! 本編100話!
今回から、青年実業家編となります。
ただ、この章だけちょっと、場合によっては話の差し替えとか投稿遅れとか出てくるかも知れません。
色々と肝になると考えている章なので。
それは、秋も訪れつつあるある日のことだった。
居間のソファに座りながら、ソルは口をへの字に曲げ、腕を組んで唸っていた。
「一体何を悩んでいるんですか?」
お茶と茶菓子を持ってきたリュンヌに訊かれる。
「お父様達からまだ聞いてないんですの?」
「何をですか?」
その返答から察するに、やはりまだ聞かされていなかったらしい。
「これですわ。読んでみなさい」
そう言ってソルはリュンヌに手にした手紙を渡した。リュンヌはソルの傍らに立ったまま、それを読んでいく。
「アプリルからの手紙にもありましたけど、私達が作った化粧品が王都で密かに評判になっているようですわね。それで、その話を聞きつけた商人が、取引させて欲しいと言ってきましたの。それで、直にこちらに来て話をさせて欲しいという内容ですわ」
「へえ? いい話じゃないですか?」
手放しで浮かれた声を上げるリュンヌに、ソルは舌打ちした。
「バラン=マーシャン」
「は?」
ソルは目を細めて続ける。
「その商人の名前。プロフィール画面を見なさい。そこに、そいつの顔と名前が載っていますわ。年齢は23歳。若くして傾きかけた実家を立て直し、それどころか更に富を築き上げたやり手の青年実業家ですわ」
「へえ? ああ? 僕も今、確認していますけど。うん、お金持ちで男前で、いやなかなかいないんじゃないですか? こんな優良物件。流石は乙女ゲー。何が問題なんですか?」
「何もかも」
「え?」
ソルの不機嫌な返答に、リュンヌは首を傾げる。
「今まで言ってきませんでしたけれど。何かね? どういう訳か、この男だけは、一目見たときから虫酸が走るんですのよ」
「ええ~?」
困ったような声を出すリュンヌに対し、ソルは鼻を鳴らした。
「いや本当に、何がそんなに気に入らないんですか?」
「ですから、何もかもですわ。理屈じゃありませんの。今すぐ、黒い悪魔殺しを食わせてやりたいくらいに」
「そんなにですか」
乾いた笑いを漏らすリュンヌ。ソルは大きく頷く。
ちなみに、黒い悪魔殺しとは、殺虫薬の商品名である。あの黒くて平べったくカサカサ動き回るあの虫によく効くのだ。
「じゃあ、この話はどうするんですか? お断りするんですか?」
リュンヌの問いに、再びソルは顔をしかめる。
「ああ、なるほど。つまりはそこで悩んでいるんですね」
納得したと、リュンヌは肩を竦める。
「まあ、実際にビジネスで考えると悪い話ではないですからね。ここのところ、供給に対して需要を広げるのが難しくなってきています。特に、流通ルートの確保や確認という意味で。前に、ソル様も仰っていましたけれど、そこを任せられるような人がいるとかなり助かります。特に、王都に売れるとなるとブランド価値の上昇も期待出来ますし」
「ええ、その通りですわ。私も、分かっていましてよ」
「ですねえ。ソル様の個人的な感情と、ビジネス的なメリットをどう考えるかというと。悩ましい話ですね」
「そうなんですのよ」
ああもう。本当にどうしたものかと、ソルは嘆息する。
「エトゥル様やティリア様には相談されたりしたのですか?」
「相談も何も? まず、この手紙はお父様達と一緒に確認しましたわ。私が始めたことだから、最終的な判断は私に任せるっていう話になりましたわ。手伝いが必要なら、手を貸してくれるとも言ってくれましたけれど。でも、二人とも、どちらかというと乗り気でしたわね」
「まあ、それもそうですねえ。ソル様が始めたこととはいえ、それでこの土地の新たな産業みたいな感じになってきましたし。エトゥル様としても、期待しているのでしょう」
「そうなんですのよねえ」
これでもう何度目か分からないが。ソルは溜息を吐く。エトゥルの期待を裏切りたくないという感情も、勿論ある。
「リュンヌは、どうしたらいいと思いますの?」
「僕も、エトゥル様達と同じ意見です。ソル様のお好きにすべきだと思います。こういう話は、他人の意見ではなく自分が下した決断でなければ納得出来ないと思いますし」
「やっぱり、あなたもそう言いますわよねえ」
ぼやきながら、ソルはお茶の入ったカップに手を伸ばした。
「僕がわざわざ言うようなことではないかも知れませんが。ソル様にとっての優先順位を整理して、そこから考えるとよろしいかと思います」
「そうね」
いつか、リオンにも伝えた方法だ。後で、自室でそれらを紙に書き出して整理し、そこから考え直してみよう。
「個人的には、直にあったもいないのにソル様をそこまで苛立たせるとか、どんな男なのかというのは興味ありますけどね」
「あなたねえ」
苦笑いを浮かべるリュンヌに、ソルは唇を尖らせた。