EX15話:彼女への贈り物
人間の悩みというものは、突き詰めるとすべて対人関係の悩みということに行き付くのではないだろうか?
アプリルはそんなことを考えつつ、今日も図書室を徘徊する。
この図書室には、数多の英知が蓄えられている。とすれば、アプリルが直面している難題についても、何らかの解答やヒントが見付かるのではないか? そう、彼は期待している。
しかし、なかなか思ったような答えは見付からない。ある意味では、それもそうかも知れないと思う。何故ならこれは、古今東西、人類が挑み続けては、ある者は勝利し、ある者は敗北してきた難題なのだから。
唯一絶対の正解など、期待出来るものではないだろう。
「最近思うのだが、アプリル? 君は一体、何を考えてそれらの本を読んでいるのだ?」
放課後の図書室で、アストルが半眼を浮かべて訊いてくる。
「何かおかしいかな?」
アプリルが訊くと、アストルは頷いた。
「普通。そういう本は、君のように顔をしかめたり、頭を掻いたりしながら読むものじゃないと思うぞ? それに、一体何をメモしているんだ?」
「女性に対する贈り物として、成功に導いたと思われる品々だよ。ここから、傾向を探っている」
そう答えると、アストルは首を傾げた。
「今度は、そういったテーマで、文学の研究でも始めるつもりか? しかし、君の興味はもっとこう? 歴史や社会学、そして数学や自然科学といった分野に寄っていたと思うが? 人々の暮らしを豊かにするための知識を求めているのだろう?」
「そうだね。確かに、そう言われると僕らしくはないのかも知れない」
「何かあったのか?」
「いや、これから起きる話だよ。しかし、僕はどうしても、成功させなければいけない」
「ふむ? それで? 研究の状況は? 見た感じ、あまり思うように進んでいないように思えるが?」
アプリルは溜息を吐いて、頷く。
「うん。なかなか思うようにはいかないみたいだ。やはり、どうしてもこう? 女性の心に響く贈り物となると、それなりの価値が求められるようだね」
「まあ、確かにその傾向はあるかも知れぬな」
「しかし、それだと僕の参考にはならないんだよ。もっとこう? 僕にも手が出せそうで、尚且つ女性の心を打つような贈り物でないと。でも、そういうのがなかなか見付からなくて」
本当に、どうしたらいいのかとアプリルは頭を抱えた。
「ああ、それは本当に難しい問題だな」
腕を組んで、アストルが同意し、頷いてくる。
「だが、私からも一つ言わせて欲しい」
「何だい?」
「そういう、文学小説をどれだけ漁っても、君の望む答えは見付からないんじゃないか? 神話や幻想小説にまで手を出して。そんなものに出てくる宝物でも贈るつもりか?」
アストルの残酷な指摘に、アプリルは呻く。
「分かっている。確かに、そうかも知れない。けれど今の僕には、他に方法が思い浮かばないんだ」
そう言うと、アストルは呆れたように嘆息した。
「私は常々、君を賢い友人だと思っている。けれど、ときどき、凄い馬鹿なんだと思うことがある。今がまさに、そのときだ」
「何だって?」
アプリルはアストルを軽く睨んだ。ほぼ底辺と言ってもいい平民が、正真正銘の王子様にこんな態度を取るのは不敬極まりないと思うが、これまでの付き合いで、彼が本当にそういうものを気にしない質だというのは理解している。
「要するにあれだろう? リコッテに贈るプレゼントに悩んでいるんだろう?」
図星を突かれ、アプリルは呻く。
「まあ、気持ちは分からなくもない。恋人に贈る品を考えるのは、実に悩ましいものだ」
うんうんと、アストルは頷く。
「しかし、だからといって、文学小説に答えを求めるというのは流石に無いと思う」
「仕方ないだろ。かといって、彼女に直接訊くわけにもいかないんだ。僕も、自分が朴念仁だという自覚はあるけど、流石にそれくらいは知識として知っている」
「うん。君がそれを知っていたのは、せめてもの救いだと思う。だが、悩んでいるなら私に相談してくれてもよかったじゃないか」
そう言って、アストルは唇を尖らせた。
「それは僕も、何度も殿下に相談しようかとも思ったさ。けれど、こんな個人的な悩みを相談するというのもどうかと思ったし。それに、恥ずかしかったんだよ」
「水くさいことを言うな。私と君の中だろう。君のおかげで、私がどれだけ助けられていると思うんだ?」
本当にこの方は、いい人だとアプリルは思う。彼のような人と友人になれたことが、この上なく嬉しい。
「そうか。そう言ってくれると、助かるよ。では、殿下は僕に何か、アドバイスを頂けないでしょうか?」
「うむ」
鷹揚に、アストルは頷く。
「要するにだ。私が考えるに、肝心なことは如何に相手を想っているのかということを伝えるということではないか? つまりは、物品の価値というものは、それを表現するための一属性に過ぎない。品が高級であれば高級であればよいなどという理屈は無い。如何に品が高級だろうと、そこに想いが込められていなければ、何の意味も無いのだ」
「まあ、確かにそうだと思うよ? それに、だからこそ、昔から花束は女性に贈る贈り物としてお約束だとも思うし」
「なら、それではダメなのか? 花束なら、君の懐でも賄えるだろう? リコッテも、そこは理解してくれると思うぞ?」
アプリルは首を横に振った。
「ダメだ。それだと、とても僕の気が済まない。僕は、この学校に来て、右も左もよく分からなかったときから彼女とお付き合いさせて貰って。本当に、どうして僕なんかに告白してくれたんだと思ったよ? 何かの冗談か、悪戯だと思ったよ。けれど、沢山お世話になって、支えて貰ったんだ。感謝してもしきれない。本当に、好きなんだ」
アプリルは心情を吐露する。そんなアプリルをアストルはにやにやと、実に楽しげに眺めていた。
「お熱いな。全く、羨ましい」
「からかわないでよ。僕は、真剣にそう想っているんだ」
「分かっている。すまない。君がリコッテを大切に想っていることはよく知っている。でも、そうだな。だからこそ、男の見栄や矜持というものも生まれるということか。ならば、まずその熱い想いを直接伝えてみてはどうだ?」
「そんな? いや? でも何を言えば?」
「さっき、私に言ったことをそのまま言えばいいんだ。深く考えなくていい」
「まあ。分かった。しかし、それに加えて、やっぱり何か、彼女が喜んでくれそうな贈り物は贈りたい。それなりの値段で、かつ僕の懐でも手が届きそうなもの。そして、彼女の好みに合いそうなもの」
「逆に、条件が絞られるのなら、答えも絞られるのではないか? 確か、リコッテは服や装飾品の類いが好きではなかったか?」
「うん。おかげで、僕も大分ましな格好をさせて貰えるようになった」
初デートが、アプリルを如何にそれなりの見た目にするかという目的の買い物になったのは、いい思い出だ。
「でも、彼女に似合いそうな服となると、やっぱり厳しくてね」
「それなら、化粧品ならどうだ? 他には、ハンカチとか」
「なるほど。それくらいなら、まだ何とかなるかも?」
少し、希望が見えてきた気がする。やはり、こういう話は相談しておくべきだったと今更ながらに、アプリルは思った。
「ただ、それでもどんなものが良いのか、やっぱり分からないんだよなあ」
「それなのだが、一つ気になる話を聞いた」
「というと?」
アストルは人差し指を立てた。
「リオンの奴がな? 言っていたのだ。どうも最近、ソレイユ地方製の化粧品が女性達の間で密かに人気らしい。ソレイユ地方にいる、奴の先輩から、評価を聞きたいと送られた化粧品を知り合いの女性に試して貰ったところ、お世辞抜きでとても高い評価を得たとか。しかし、王都までの販路は無いため、入手手段は限られ、品薄だとも言っていた。希少性や特別感を出すには、使えるのではないか?」
「その話、詳しく聞かせてくれないかな?」
アプリルは身を乗り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
お茶を嗜みながら、ソルはアプリルからの手紙を読んでいた。
「ご機嫌ですね?」
「そう見えますの? まあ、アプリルも元気そうでなによりですわ」
アプリルが久しぶりに手紙を寄越したと思えば、恋人への贈り物に化粧品を贈りたい、なので、ソルが作らせている化粧品を買わせて欲しいと書いてあった。
そして、様々な化粧品を送って、その返事を読んでいるのが、今である。
仮にも、少しだけとはいえ想いを寄せてきた女に送る手紙かと思うが、それはそれで吹っ切れているということ、いい思い出として完結したという意味で、いいのかも知れないと思う。
ソルにも、未練は無い。彼に感じているのは、友情だけだ。
「それで? 上手くいったんですか?」
「みたいですわね? 見なさいこれ?」
そう言って、ソルは傍らに立つリュンヌに手紙を向ける。
「うわぁ」と、リュンヌは呻いた。
「私への感謝に続いて、恋人の惚気がたっぷりと書いてありますわ。あの男、賢いとは思っていますけれど。相変わらず、ときどき、とてつもない大馬鹿ですわね」
「変わってないですね」
リュンヌも苦笑を漏らす。
「あれ? でもあと、他にも気になることが書いてありませんか? アプリル、ソル様を描いた肖像画を見たんですね。どこで見たのかは、とある人の切なる希望で秘密だって書いてますけど」
「そうね。どういう事なのかしら? 取りあえず、あれが無事に王都に届いていたっていうことは分かって、そこは安心しましたけれど」
あと、ソルがとても綺麗になったとも書いてあった。その後に、またリコッテとかいう女に対する惚気が続いてはいるが。
「とある人って、誰なんでしょうね?」
「さあ?」
ソルとリュンヌは、首を傾げた。
アストル「というかだ。女性の攻略指南書とかを参考にはしないのか? 流石に、学校の図書室にはそんな本は無いが」
アプリル「読んでも、真似出来ないと思う。それに、下手な真似するとドン引きされる気がする」




